七日目 「魔術を構築するための能力に関する限りなく基本的な説明について」

 昨日は小包を、ミハエルと唯のいるウィークリーマンションへと送った。今ごろ届いているだろう。

 時間が経てば忘れるはずの夢は、日増しに現実味を帯びてくる。何度も見続けた夢が、次第に現実と混同してしまうのと同じ気持ちだ。元が現実なのだから仕様がないと、里見も自分の中では諦めかけていた。

 里見が唯に送ったのは、昔から使っていた魔術用のナイフだ。

 愛用の品物だったが、里見には持っていても効力を発揮しないものだった。

 里見は、自分の家の中でも、飛び切り魔術の才能がなかった。だから、原則として、里見家に伝わる魔術を使うことはできない。高名な魔術師を幾人も輩出した里見家でも、極稀にそういったものが生まれるらしい。里見はそういわれて、つまりのところ、自分が役立たずだと宣告されたのと同じだということを知った。

 言われたのは、魔術を学んでから二年目、八歳の頃である。

 半ば除け者扱いされながらも、彼女はその道を完全に諦めはしなかった。魔術師の家系としての血がそうさせたのか、魔術という神秘への知識欲か、とにかく彼女は自分ができる魔術を探していった。

 そして、唯一といってもいい自分の特性を活かして、家の資料を探し回って、自分が使いこなせそうな魔術を見つけた。

 日本には伝わっていなかった魔術体系だったが、里見はそれを里見家に伝わる魔術のもっと根本的な位置を占めていることを知り、高校を卒業するとともに家から飛び出して、当時から知り合いであって、人前での使用すら制限されている、陰気な魔術師としての生活に飽き飽きしていた穂波と共に使節へと加入した。

 実際には、使節の管理部と、その隷属的機関に成り下がっているロイヤルソサイエティが保管している魔術に関する膨大な資料を探ることであった。

 幾年かの時間を経て、彼女はその魔術を正確に探り当てた。

 彼女が持っている資質は、非常にこの魔術に適していた。その資質と、里見家で培ってきた学問的な魔術を組み合わせて、彼女はこの魔術を完成させていった。

 教えるものもいない魔術に対して、里見は優秀な成績を上げていった。だが、その魔術自体は発展性の低いものであったため、魔法士としては歓迎されたが、魔術師として彼女を評価する者はいなかった。

 魔術とは、先へ進むための方法の一つではなくてはならないのだ。

 魔術を行うために必要とされているものは、エーテルという元素である。濃淡や質の差こそあれ、エーテルはどこにでも存在する。どこにでもあり、何にでも作用し、誰にでも見えるというわけではない、抽象的な存在である。

 エーテルは大まかにいって三つに分類される。

 一つは、大気中を漂う空間エーテルである。最も活用されやすく、そして最も消費されにくい存在である。本来は、細かく種類わけがされているのだが、それを見極めるのが魔術師としての才能の第一歩である。

 あとの二つは総称して魂魄と呼ばれている。自身に存在する意識の力である。魂と魄に対しての区分けについては、各々考えの差異があり、一つの解答を導き出されていないのが現状である。

 空間エーテルと魂魄、主に表層の意識を司る機能としての魄を融合させて、自己を高め、真理に到達するのが魔術である。

 空間エーテルは、その膨大な量にも関わらず、常に『他者』であるため使用が限られ、大きな魔術を実現することができない。

 魂魄は、『自己』であるため魔術へと転換しやすいのだが、内臓量に個人差があり、魂魄だけを使用すると空になるまでの時間が早すぎる。更に自己の確立のための存在しているものであるから、空にすることは、意識、肉体の昏倒、消滅にも繋がりかねない。

 優秀な魔術師とは、魂魄の質と量が優れ、空間エーテルを上手く操る人間だけがなれるのである。

 里見は、そのうちの一つ、魂魄を使用する機能が、最初から欠落していた。

 これでは、『魂魄を最小限の依り代として、空間エーテルを最大限に扱う』という現代魔術の方法論としての基本的な考えから言って、彼女がエーテルを行使する魔術を行うことができないとされる。火種に当たる能力がないでは、空間エーテルを使うこともできない。

 その代わり、この不完全な魔術師は、空間エーテルを見極める能力に特化していた。

 だが、魂魄を使用できないのであれば、里見に魔術は使えない。

 見えるだけで使えない、というジレンマを持つ辛さを、彼女は幼少から味わっていた。

 そこで里見は考えた。

 全く魂魄を使わずに、空間エーテルだけを使用する魔術を覚えればいい。

 普通の魔術師なら笑い飛ばすような命題ではあったが、幼い彼女にとっては、辿り着いたただ一つの結論だった。

 真剣に、誰の力も借りることなく、一人で蔵に閉じこもり、魔術に関する書物を読み漁った。

 現代にはその手の魔術は残っていないとされていた。常に効率性を重視した魔術体系において、利用価値の低いものから高いものへと移行するのは当然の結果であった。

 だが、彼女は失われた魔術を復活させることに成功した。それが空壁魔術という失われた魔術の一種だった。

 その能力を活かして、彼女は使節の中でその名実を高めていった。

 周囲の魔術師から、何も生み出さない、人に依存する異端と囁かれながら。

 最弱の魔術師にして、最強の魔法士と侮蔑と畏敬を混ぜられながら。

 そして彼女は今に到る。

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