六日目 「夢に関した諸現象に対する数々の適応策について」

 まず始めに、爆発音があった。

 ハンターが砲撃を開始したのだ。彼らは近接戦闘では異種には及びもしない。砲撃による直接的なダメージも期待していない。あくまで遠距離から、敵の撹乱を狙う。

 次に火の手が上がった。

 砲撃の一部が残存した家々に直撃をしたのだろう。煙が立ち込めようとしている。

 まだ怒号は聞こえていない。

 それは私が遠い場所にいるからで、配置についた騎士達は戦闘を始めているかもしれない。こちらが有しているのはパルチファルの騎士達、善戦をしてくれるはずだ。彼らが食い止めている間に、彼らの援護を受けている魔法士達が指定の場所に向かっている。

 パルチファルの目的は彼らの護衛、安全な誘導にある。

 大丈夫、作戦は成功する。

 トレヴィに言われたことを反復する。

 死は私よりも遥かに、中心地にいる人間に目を向けている。

 他人の命が、私にかかっているのだ。

「私達も行くわよ」

 村の入り口よりも数百メートル離れた、ようやく森が開け始めた場所で立ち止まる。

「薫、ケモノを出来るだけ、攻撃よりもこちらを感づかせないように。ヒエロは薫の制御を補佐して」

「わかったよっと」

「了解」

 薫が手に持っていた十数枚の布を取り出し、まとめて詠唱をする。図と文字で記されたそれは、ヒエロの手製である。エーテルが見えず、一つも魔法を使えない魔術師のヒエロは、薫の後ろに立ち、薫の背中に手を当てる。エーテルを消費している薫の負担を減らすためだ。

「我が手足となれ」

 大きく息を吸い込んで、薫が布を落とす。

 魂の代理となる布を中心に、薫から流れ込む魄を吸収する。大きなボールのようなそれらは、ゴロゴロと転がりながら敵地へと消えていく。

「トレヴィ、エーテルの状態は?」

 大気中に含まれるエーテルを見極める能力は、他の魔法士と比べても自分も高い。

 しかし、それを遥かに凌ぐ実力を彼は持っているのだ。

「問題ありません。作戦を実行するのには充分な量があるでしょう」

「フロムグリフォン、全部隊状況を知らせよ」

 一瞬の間があり、順に連絡が入る。

『フロムアルファ、敵と衝突した。敵数は不明。敵の形状はクロウ、ショートレンジタイプだと思われる。オーバー』

『フロムベータ、敵と衝突! 敵数は二、形状はクロウ、分散して戦闘を開始する。オーバー』

 どうやら同一形態の異種集団のようだ。

 しかも報告通りだとすれば、短距離戦闘タイプだろう。

 これで少しは分が良いと判断できる。

「予定通りですね」

 トレヴィの声に頷く。

 予定通り、そう予定通りなのだ。

『フロムレッド、行動を終了、撤退を開始する。オーバー』

『フロムブルー、行動を終了、てった……ああ、デム! 赤外線探知に複数のヒト型を感知、こちらに気づいたと思われる。直ちに交戦に入る。オーバー』

 その言葉が響き、イーアスが私を見る。

「サトミ!」

 ブルーチームは後方支援だ。ミスリル皮膜の銃弾は装備しているが、ほとんど役に立たないと思っていいだろう。純ミスリルも数が少なすぎる。

 このままでは、殺されるかエサになるのが関の山だ。

 かといって、ブルーが撤退して、異種が追いかければ作戦の意味がなくなってしまう。

 何か手を打たなければ。

「薫!」

「無理だよ、そこまで遠いと彼らも『喰って』しまいかねないよー」

 薫の背中に手を置いているヒエロが後ろを振り向く。

「サトミ、ガンマチームに一人『無心』が使える人間がいる。彼を援護に回したほうがいい」

 ヒエロは詳細なデータを脳内から瞬時に引き出している。

「名前は……ミハエル=フォン=シュヴァンデンだ」

 驚いた様子でイーアスがヒエロを見る。

「シュヴァンデン? どうしてそんなのが?」

 イーアスの表情ももっともだ。シュヴァンデンはパルチファルとは違う騎士団、それも聖槍騎士団のパルチファルとは対極に位置している。

「僕が知っているのは彼がいるということだけだ」

 目で頷き、無線機を握る。

「フロムグリフォン、トゥガンマ、応答せよ」

『フロムガンマ、交戦は今のところなし、ウィザードの誘導中、オーバー』

「F3区画付近にてブルーが交戦に入った。シュヴァンデンの人間がそこにいるわね、彼を援護に向かわせなさい」

『了解した』

 これで一時的にも時間は稼げるだろう。

 時計を見る。

 作戦開始から二十分が経過している。あと二十分もすれば、作戦は最終段階に入る。

 魔法士の配置が終われば、成功したと言っても過言ではないはずだ。

 お願いだから、何もないでほしい。

「そろそろ準備をするわよ、イーアス、トレヴィ」

「うん」

「わかりました」

 指令塔とは違う、もう一つの役目を、最後の鍵を回す準備に入らなくてはいけない。

 自分の本を法衣から出す。

 イーアスはそのままで、トレヴィはステッキを握り締める。

 各ポイントに散らばる魔法士が、村全体を取り囲むように魔方陣を敷き、完成と同時にこちらからの連絡により中で戦闘している騎士が退却を始める。魔方陣のための大気中のエーテルの流動を知らせないために、騎士達がいるのだ。

 魔方陣による異種を閉じ込める結界が、彼らによって破壊される時間は三分、その間に騎士はいなくなる。

 結界を完成させれば散っている魔法士の役目も終わりだ。

 そして、結界の中を結界ごと消滅させる。中のものは全て、異種も、建物も、人も微塵も残さずに消え去る。

 その消滅させる、鍵を発動させるのが私達なのだ。

 そこへ突然、通信が入った。

『フロムベータ! 敵数が増えた! ウィザードの誘導は完了! 作戦の成功を祈る、ゴッドブレス……』

 ガチャン、と機械の潰れる音とともに通信が途絶える。

 死者が出ている。

 それは当然のことだった。

 これまでも、いくつもの戦いがあり、幾人もの人間が死んだ。それと同じに過ぎない。作戦を成功させなければ、もっと被害者が出る。

 自分に言い聞かせるが、無線機を持つ左手が震えている。

 恐怖よりも、背負わされているものの重圧に押しつぶされそうになる。

 だらりと垂れたその手をトレヴィが握り、私の胸の前に持っていく。

「まだ、何も終わっていません」

 そうだ、彼らのためにも、私がしっかりしなくてはいけない。

「いけるのかしらね」

「いくしかないのよ、イーアス」

 どれだけ犠牲を払っても、作戦は成功させる。

 迷いは、なくなっているはずだった。

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