9「夜 唯の中」

 唯は動く気配さえない、呼吸をしているのかさえあやしい。

 唯の頭の中、映像が流れる。

 血で汚れた制服、何よりも赤い月、血で濡れた、生温かい夢の映像。

 赤と白だけで映し出される映像。

 桜ちゃんを、助けなきゃ。

 動かない身体で考える。

 壁に背中を打ちつけられたためか、全身の感覚がない。

 自分がどれほどの痛みを負っているのかもわからない。

 自分が何のためにいるのかもわからない。

 助けなくちゃ。

 目の前に、唯にだけ見覚えのある女性が見える。

 長く細い絹糸のように長い髪、小さく薄い唇、少し目尻の下がった決して大きくはない瞳。

 ミ、サキ

(それなら、『使って』)

 言葉が聞こえる。

 唯を救うために、自らの命を犠牲にした人。

 嫌だよ。

(どうして?)

 美咲が、いなくなってしまう。

(私はいつでもいるよ)

 幻が唯の頬に手を当てる。

 私なんかのために、あなたが死んでしまったのに。

 動かない身体で、唯は涙を流していた。

(私は、後悔なんてしてないから)

 嘘。

(嘘じゃ、ないよ)

 彼女の指が唯の涙を拭う。

(唯なら、きっと、だいじょーぶ)

 目の前の女性は、微笑んでいた。

 それはいつもと同じ、何もかも許されるような、微笑だった。

 そして、指を絡ませ、普段のように優しく口付けをし、唯を抱きしめた。

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