守る故に護れず

@kaijima

第1話 変わらぬ物は

 「我々は、全面降伏を宣言する」

 仮面を付けた人物は宣言する。自身の負けを。種族の負けを。人間に対し。


 「ほう…」

 玉座に深くもたれ掛かった人の王は、なんの事はない。右手を少し上げただけ。


 それだけで事態は急変する。


 「っ!?」

 力無く仮面は片膝をつく。片手は自身の胸を押さえ、屈んでいる。見えにくいが弓矢が身体から生えている様だ。


 流れる赤。酸素の濃い事を表すその赤は致命傷の印。鮮血が腕を伝い徐々に池を形成して往く。


 「魔王の血も紅いのだな…興味深い」

 人の王は苦しむ姿を吟味する様に髭を撫で付ける。その口端は上がっていた。さぞ、楽しんでいるかのように。


 人の王は「さて…」と一度区切り


 「遊びは終わりだ」再び右手を上げる


 一本や二本ではない、静止していたとしても数える事など到底出来ないであろう、数多の弓矢が仮面へと殺到する。


 先程の不意打ちは反応が出来なかった。しかし、これは解る。気を張らずとも自身の死が確実に迫っていると言うことが。


 「くっ…」

 死を恐れてはいない、と言えば嘘になるが本当にやり切れないのはこのまま何も出来ず死ぬ事…。


 歯噛み、恐怖から目を背ける。


 終わった…。何もかも。


 



 ん?何故だろう。痛くない。あれ程の数をこの身に受ければ激痛では済まないだろう。


 それとも先程胸に受けた傷によってそのまま死んだか。


 恐怖のあまり気絶したのか?


 ここは地獄?


 【憎悪はこの身に"ヘイト・コンセントレイション"】


 目の前に誰かが居る?


 顔を上げる。


 そこには、先程の大量の弓矢を一身に受け、尚、両の脚で立っている全身鎧甲冑の騎士がそこには居た。


 「っ!?」

 「…」


 いつの間に。その様な疑問が生まれるよりも早く、何故あれ程の弓矢を受け平然としているのかと言う疑問が浮かんだ。並の生物では立っている事すら不可能で有る様に思えた。


 鎧甲冑は弓矢によって全身にくまなく縫い付けられたクロークを片腕で引き剥がす。


 弓矢は行き場を失った様にその場にガラガラと積み重なる。


 鎧甲冑はと言うと…一切の傷が無いように見える。


 あのクロークに秘密が有りそうだ。昔仮面は噂に聞いたことがあった。幾千の飛び道具を一度だけ殺すアイテムがあると…。まさかそれなのか?


 会場がざわめく。


 ざわめきによって意識が戻される。この者は本当に何者なのだ。しかし、誰も答えてはくれない…。


 唯一冷静なのは、肘をついてその光景を見ている人の王と、この鎧甲冑のみ。


 「あ、あなたは…くっ」

 好奇心が先に勝ったが、身体に負った傷は消えるべくもなく、遅れて痛みがやってくる。蹲る。


 死は迫っているのだ…。見えない糸に引っ張られている様に身体が重い。


 鎧甲冑は何も言わず、振り返り仮面の頭に手を翳す。


 突如として現れた得体の知れない人物に手を翳されたら、否応にも身体が反応しそうなものだが、仮面は痛みからか、それとも根拠のない確信からか、再びゆっくりと顔を上げ、鎧甲冑が付き出し開いた掌をただ見ていた。


 【手傷は我が身に"ペイン・コンセントレイション"】


 鎧甲冑の周囲が淡い紫色に色付いた気がした…ふと、仮面は身体から重荷が取れた気がした。


 手で失血を抑えていた。弓矢にも触れていた。しかし、弓矢がない。出血も無くなっている。


 傷もない。苦痛も。迫りくる死も遠のく…。


 しかし


 鎧甲冑の胸に、先程の仮面と全く同じ位置に弓矢が生えていた。貫通したそれは紅い血液を外へと送り出す。


 「っ…」

 「なっ!?」


 甲冑で顔は見えない。しかし、仮面には理解できた。声を聞かずとも解った。苦しんでいると。どういう訳か全て肩代わりしたのだと。


 鎧甲冑は再びゆっくりと仮面に背を向ける。いや、正面を、玉座を見たのだ。


 「ハッハッハ!」

 その光景を黙ってみていた王が堪えきれなくなった様に大声で笑い出した。


 「久しいな?勇者よ」

 「…」

 王の問い。それは鎧甲冑に対して発せられた。


 沈黙をもって応える。


 勇者。勇敢な者。勇気溢るる者。


 なる程、致命傷不可避の弓矢を全く恐れず一身に受けてみせたその行動は、勇者に値する。


 だが、それはその場限りの称号などでは無く、彼が以前から勇者と呼ばれた人物だという事を示していた。


 勇者…?勇者が何故ここに…!?生きていた!!


 衛兵、弓兵、ロイヤルガード達が再びざわめく。


 それをスッと、左手を上げただけで人の王は同時に黙らせる。


 見事な統率。しかし、それは信頼等と言う生易しい関係などでは無い。


 恐怖。この感情で裏付けされた絶対的な服従。


 この場にて、人の王に逆らう者等無し。


 中央に佇む勇者と、その後ろにいる仮面…魔王と称された人物を除いて。


 「貴方が勇者…」

 質問するでもない。まるで納得するかの様に魔王は呟く。既に傷は無く、蹲る理由は無い。


 立ち上がろうとしてーーー

 「」


 勇者は無言でそれを制止する。甲冑越しに王を睨んだまま。


 何故?疑問は浮かぶが、この勇者に命を救われた身。逆らう事はない。それに、それが最善に思われた。


 「"矢避けの外套"ーーーそれを失ったのは痛いな?まぁ良い。何故、魔王を庇うか」

 「彼女が必要だからだ」

 「ほう?『魔王を倒す』と息巻いて出て往き、辿り着く事なく朽ちたと報告を受けたが…今度は何を世迷い言を」

 「狂っているのは貴方だろう」

 なんの感情を含まない言葉。それは勇者から発せられた。それに対し、王は応えず。しかし


 「キサマーーー」

 ロイヤルガードの一人が勇者の言葉に対して激昂。それは王に対する侮辱だからではない。その発言が知り合いに何を齎すか知ってこその怒り。優しさ…


 「殺れ」

 「っ」


 激昂した彼は、味方である筈のもう一人のロイヤルガードによって首と身体を切り離された。躊躇は無いように見えた。その表情以外は


 「黙れと言った。貴様等も代わりは幾らでも居るぞ?」

 衛兵達は、ざわめく事無く直立不動を貫いている。


 ただ、彼らのその拳は血が滲む程にぎられ、震えている様に見えた。残るもう一人のロイヤルガードも…。

 

 「変わったな王よ」

 「お前もな。見違えたぞ」

 「俺にはこの魔王が必要だ。殺されては困る」

 「ふっ。再会を分かち合いたかったがなーーー聞いたか貴様等!!」


 王室全面に轟く咆哮にも似た大声。会場全てが振動するかに思えた。


 「勇者は魔王側へと寝返った!死霊術を施され操られているやも知れん!殺せ!こ奴は最早勇者では無いぞ!!人思いに殺してやれ!!」 

 

 同時に弓が四方八方で引き絞られる。その音はまるでオーケストラのハーモニー。一糸乱れぬその行動は狂気の域。


 しかしそれは、一人の指揮者によって乱される。


 スッと中央の勇者が右手を上げる。


 【怒りに震えろ"ヘイト・ディスパージョン"】


 

 

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