2-6 侵略と妨害

 一口にダンジョンと言っても、様々な地形がある。


 裾花ダンジョンのように、切り立った崖のある広い空間。四角く整った真っすぐな通路。池と鍾乳石に囲まれた複雑な広場。小部屋のような空間が連なる迷路のような区画。


 彼らが今、車座に集まっている場所は、天井がドーム状になった円形の空間だった。いくつかの岩が柱のように屹立し、その先端がぼんやりと光っている。よく見れば、光っているのは苔のような植物なのがわかる。



「来たか、小平こだいらの」



 その光が届かない部屋の隅の暗がりから、男がひとり現れて車座に加わった。みな、一様に黒ずくめの装束である。



「今ちょうど、お前の話をしていたところだ」



 男が座るのと同時に、車座に集まっている中のひとりが口を開いた。



「どうだった、役所の『大腕』は」


「……まるでダメだな。体捌きが素人だ」



 最後にやってきた男が大袈裟に首を振る。



「『能力』の方は?」


「封印の陣で抑えた。確かに強力だが、特別なものではないな」


「ふん」



 隣にいた小柄な男が口を開く。その声はかなり年老いた人間のものだ。



「どんな種類の肉を喰ったかぇ、と思ってたけども……」


「そこまで深層の魔物ではないのかもな」



 年老いた男は頷き、一座を見まわした。



「ここしばらく、役所は『地界』に関して消極的であったのが、例のラジオ以降、まぁなにやら活発に動いているようだ」


「まったく、なに考えてやがんだ!」



 別の男が声を荒げ、他の男たちが頷く。



「しかし、だ」



 年老いた男が再び口を開いた。



「行政がこの地界に乗り出して……あの『ダンジョン課』が出来て数年経つ。いずれにしろ、今後も干渉は大きくなるだろうよ」


「おぃらぁ土地のもんになんの相談もせねで!」


「仕方あるまい、この座は大っぴらには出来んのだから」


「だが、あいつは……」


「……」



 一座が口をつぐみ、暗闇の中に一瞬、沈黙が降りる。



「……とにかく、好きにやらせておくわけにはいかねぇ。それに、地界のものを食べるなんてなぁ、とんでもねぇことだ」



 一座はめいめいに頷いた。


 * * *


「妨害活動、か……」



 ダンジョン課のミーティングスペース。


 美谷島たちの報告を聞いたナナイは腕を組み、唸った。



「イサナが会ったやつだけじゃなかったんだな」


「ええ、私も、それに金箱も会いました」



 横に広い身体を窮屈そうに椅子の上に乗せた美谷島が、話を受けて言った。


 美谷島のところへ来たのは、イサナの時のように直接的に襲い掛かってきたわけではなかったらしい。谷のようになった地形を歩いているときに、上から土砂が落ちてきたのだという。大した規模ではなかったため、美谷島は無傷だったものの、「地形的にあれは不自然」だったと美谷島は言う。



「それに、谷の上に人影が動くのを見ました。見間違いではないと思う。イサナ君の会ったやつと同じ、黒ずくめの男でした」


「なるほど……」



 これほどの遣い手がその目で見たというのだから、気のせいだということはないのだろう。ナナイは少し考えてから、今度は金箱の方へと話を振った。



「そちらが会ったというのは?」


「……あれはわたくしが、魔物調査のためにダンジョンの一画、『黒崖の城』のあたりへと赴いた時でした……」


「そういう前振りはいいから」



 リコからツッコミを受けながらも、金箱は話を続ける。


 ダンジョン課の職員が調査区域へ赴くときは、多少遠回りになっても、安全性の確認されたルートを使って行くことになる。イサナたちはこれを「幹線」などと呼んでいるが、その日も金箱はその幹線を辿って調査予定の区域へと向かっていた。


 回廊のように巡る幹線から、細く分かれる路地を潜り抜け、未踏区域へと向かっていくわけだが、その路地が何者かによって塞がれていたのだという。



「岩がこう、積み上げられていて……周囲が崩れたわけでもないので、あれは明らかに人為的なものでしょう」


「他の管轄で路地を塞いだ、なんていうことないですよね?」


「少なくとも私は聞いてないな。もしそうだったら怒鳴り込んでやるところだが」



 とはいえ――先日、市長からあんな話を聞いたばかりでもある。市役所からさらに上層レベルでああした話が動いている以上、例えば警察がスタンドプレーを行う、といったことは考えづらい気もする。



「ナナイさん……例のその、ダンジョンを民間に解放するっていう計画なんですが」



 イサナが口を開いた。先ほど、ナナイはその話を職員にしたばかりである。もちろん、外部への公表はまだ厳禁だ。



「課長と呼べ、課長と。それがなにか関係あると?」


「いえ、ただ……」



 イサナは言葉を選び、口を開いた。



「それって、正しいんでしょうか? ダンジョンを、その、つまり……『侵略』するっていうのは」



 『侵略』――イサナが市の政策をそう表現したことに、ナナイはハッとした。イサナは言葉を継ぐ。



「なんていうか、もしかしたら……それに反対する人たちがいるんじゃ……」


「……この話を知る人間は、市役所でもまだ一部だ。反対する人間など……」



 ナナイはそう答えたが、自分のその言葉に確信を持ってはいなかった。

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