斬・弾・炎・雷・拳・掌

「うらうらうらうらうらうらうらぁぁッ!!」



 4本の爪と両の手による香田の連撃。美谷島は、その全てを一本の剣で捌いていた。それどころか、合間を縫って細かい反撃までをも混ぜ込んでいる。



「……くっ!」



 後方に飛んで距離を取った香田が、着地と共に顔を歪ませた。



「古来より、桃には退魔の力があるとされる。この剣は、その木で作ったものだ。『魔獣の身体』の能力には堪えるだろう?」



 剣先を向けたまま、美谷島が言う。香田の「爪」には、黒い焦げ跡のようなものがついていた。



「……ふん、そうかよ!」



 香田はそう叫び、再び跳びかかった。



「無駄だ!」



 美谷島は攻撃を受けるべく、木刀を構え――


 瞬間、香田の脇から、新たな爪が二本、繰り出された。



「……!」



 不意をつかれた美谷島はそれを受けきれない。次の瞬間、美谷島の右腕に、爪が喰い込んでいた。



「くぅぅっ!」



 手にしていた木刀が、乾いた音を立てて地面へと落ちる。



「もらったぁぁッ!!」



 再び上段から、香田の爪が襲いかかった。


 襲いかかる6本の爪。丸腰となった美谷島。上下左右から斬撃が迫る。



 その時、美谷島は――目を閉じた。


 恐怖したのか、それとも観念したか――ほんの一瞬でもそう思ったことが、香田の敗因だったかもしれない。


 次の瞬間、美谷島の横に広い身体が、その短い手足が、流れるように回転し――



 タン!



 6本の爪は空を切り、香田はなにもない空間へと着地した。



「な……ッ!?」



 美谷島は一瞬の内に、6本の爪の動きを見切り、最小限の動きを以てそれを完全にすり抜けてみせた。


 ――見切り。


 剣豪・宮本武蔵は額に米粒を貼り付けて弟子に斬りかからせ、最小限の動きでそれを避けて米粒だけを斬らせたと伝えられる。


 剣を持たなくとも、美谷島は剣士であった。



「はぁぁッ!」



 素早く剣を拾った美谷島は、振り向きざま、背後を見せた香田に向かい、剣を振るう。


 ――一閃。


 香田の身体が、動力を失ったかのように、静かに崩れて落ちた。



「お前を甘く見たつもりはない……これが、その答えだ」



 倒れた香田を見下ろして、美谷島が静かに剣を降ろした。





 倒れた魔獣が累々と積み上がった、その真ん中に、金箱は立ち尽くしていた。その足は完全にビートを失っている。



「弾切れ……か。Wackだぜ」



 眼鏡の奥でそう呟く金箱の前に、ユウが歩み出る。



「お兄さん、ダンスはもう終わりかしら?」



 ユウの傍らには、ひと際巨大な独目巨人サイクロプスが立ちはだかっていた。


 顔の面積の大半が目であるような、そのな独目巨人サイクロプスは、目の下についた巨大な口を開け――



 グオオオオォゥゥゥ!



 咆哮が、戦いの場に響いた。それは、仲間たちを倒された怒りかそれとも、勝ち誇った雄叫びだったか。



「こいつぁ、Defなヤロウだぜ……」



 金箱は呟いた。



「それじゃぁね、ふぁんきーなメガネ君」



 ユウが言うのを合図にして、独目巨人サイクロプスは金箱へ襲いかかった。



「くっ……!」



 金箱はその攻撃をかわし、背を向けて後方へと走った。


 しかし、敵の巨体はその大きな歩幅で、みるみる内に距離を詰めていく。



 ウオオオオオン!



 独目巨人サイクロプスが咆哮と共に、拳を振りおろした。



 ドガァッ!!



 岩が弾け、大地が砕けた。


 金箱は直前で跳躍し、かろうじてそれをかわしている。


 先ほどまでのリズミカルなステップが見る影もなく、金箱は這うようにして岩陰へと転がりこんだ。



「死になよ!」



 独目巨人サイクロプスがすぐさま、拳を振り上げる。金箱の隠れたその岩ごと、叩き潰す意図がありありと見えた。ビルの三階ほどの高さにまで至るかと見えたその拳が、轟音を上げて振り降ろされ――



 バラララララララッ!!



 金属的な連射音が鳴った。


 その巨大な目に銀弾の連射を受けた独目巨人サイクロプスは、苦悶の悲鳴をあげる。


 岩陰から、アサルト・ライフルを構えた金箱が姿を現した。



「こんなbogusな武器使わせやがって……Groovyじゃねぇぜ」



 フルオート連射が叩きこまれた。雨のように放たれた銀弾は魔獣の身体を焼き、文字通りに蜂の巣のようになって、独目巨人サイクロプスの巨体が崩れた。





「これまでだな……お前らの顔はもう、見飽きたよ」



 坂上はそう言って、後ろへ下がる。入れ替わる様に、リョウジとミヤビが前へ進み出た。



「じゃぁね、お兄ちゃん……」



 リョウジの顔に爬虫類の文様が浮かび、ミヤビの翼に電光が走る。



「イサナ……ッ!」


「俺は……俺の手は……ッ!」



 イサナは、「魔神の拳」を持ち上げた。



「イサナ……ッ! お前は……」



 ナナイの叫ぶ声が聞こえる。



(お前はその手でなにを……!)


(その拳がなんのためにあるのか……)



 拳を固く握ったイサナの手は、わずかに震えていた。



「終わりだぜ……!」



 リョウジが大きく息を吸い込み、ミヤビが翼を振りかぶる。青白い電光が、巨大な槍の形を成していた。


 ――イサナは顔を上げた。リョウジとミヤビに真っすぐ向き合う。その目には、静かな光が湛えられていた。


 眼前に火球が、電光が膨れ上がっているのを見た。イサナは固く握った右の拳を、静かに開く。イサナの手の動きに合わせて、「魔神の拳」もまたその掌を開いた。



 火球が飛び、電光の槍が降り注いだ。



「俺の手は……! ミヤビ! お前を……ッ!」



 ――



 「魔神の拳」のてのひらが、その5本の指が――降り注ぐ炎と光とへ向け、開かれた。


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