ファイナル・アクション
「……ユウ」
香田がぽつりと口にした言葉で、静寂は破られた。
名を呼ばれた、「モグラ」の側のもう一人の女――ユウと呼ばれる、髪を束ねた細身の女が、両の目を閉じる。同時に、その額にもう一つの目が開き、怪しく輝きを放ちだした。
それと同時に、周囲の瘴気が変化するのを、イサナは感じとった。
「……来ます」
どこに隠れていたのだろうか、周囲の岩陰から、通路の奥から、魔獣が集まって来てイサナたちに迫っていた。
「なるほど、魔獣を使役する『特能者』か」
ナナイは、第三の目を開いた女を睨んだ。魔獣たちは徐々に、距離を詰めてきている。
「……ここは
痩せた身体をゆらりとくゆらせ、一歩進み出たのは金箱だった。両の手には二丁の拳銃、そしてその足は小刻みにリズムを刻んでいる。相変わらず、眼鏡の奥の表情はまるで伺えない。
魔獣たちが、襲いかかってきた。それと同時に、金箱も前に出る。
「……Get down in the groove!」
小刻みなリズムはやがてステップとなり、掛け声と共に激しく躍動を始めた。しなやかなタテ乗りのビートと共に、両の手に持った拳銃も踊り始める。
「Hoooooooo!」
襲いかかる魔獣たちに、エアガンのフルオート連射がリズムよく唸った。
ステップと腕の振りに合わせて、銀でコーティングされた弾丸が魔獣へと叩きこまれ、蹴散らしていく。魔獣の群れの中へと突っ込んだ金箱は、魔獣たちの間を文字通り踊る様にかき分けながら、四方八方へと二丁拳銃の射撃を叩きこんでいった。
入れ替わるように、「モグラ」の特能者たちが突っ込んできた。
リーダー格と思われる男――香田がその先頭に立ち、跳躍する。
「うらあああぁぁ!」
空中で一瞬、香田はのけぞった。そしてその背中から、昆虫の脚のような爪が4本、現れて伸びる。
ガキイィィン!
その攻撃を、美谷島が防いだ。手にした木刀を器用に使い、爪を止める。
「ふん!」
美谷島は木刀を振り払い、爪を押しやった。香田は着地と共に、払われた爪を戻し、肩口の辺りに構えて美谷島と対峙する。
「そんな棒っきれで、俺の『能力』とやりあうつもりか? 甘く見られたものだな」
「……その問いへの答えは、剣で返す」
美谷島はそう言って、片手に構えた木刀を胸元へと掲げた。
*
イサナとナナイは、リョウジとミヤビと交戦に入っていた。
「女ぁぁ! この前の借りは返すぜぇ!」
「前回はお前を追うために逃がしてやったんだ。次はない」
「ふん、そうかい!」
叫びながら、リョウジは跳躍した。
「安易に跳ぶんじゃないよッ!」
リョウジの跳んだ方角へと、ナナイはスリング・ショットの速射を繰り出す。
カァン!
繰り出された弾丸が、誰もいない空間を通り過ぎ、岩壁に跳ね返るのを、ナナイは見た。
「……なっ……!? どこへ……」
ボウッ!
次の瞬間、上空から振ってきた火球に、ナナイの身体が呑まれた。壁を蹴って逆方向へ跳んでいたリョウジが、頭上から炎を射出したのだ。
「ぐああああッ!!」
直撃した火球が炸裂し、爆風に吹き飛ばされて、ナナイは倒れ込む。
「ナナイさん!」
イサナが「魔神の拳」を振り、リョウジへと殴りかかる。リョウジは後方へ跳んでそれをかわした。
そして前に立ち、ナナイをカバーする形になったイサナへと――
ゴォウッ!
ミヤビの翼から放たれた炎の風が襲いかかった。
「ぬああ……ッ!?」
「魔神の拳」でカバーしつつも、防ぎきれるものではない。イサナはその身体に炎を受け、転げ回る。
「くそっ……!?」
顔を上げ、イサナが起き上がろうとすると、その目の前に髪の長い長身の影――坂上が立ちはだかっていた。
「くっ!」
イサナは立ち上がりざま、「拳」を振りかぶり、坂上に殴りかかる。
――と、次の瞬間、イサナの平衡感覚は崩壊した。
ズダンッ!
坂上は、「魔神の拳」の攻撃をいとも簡単にいなし、イサナを投げ飛ばしていた。合気道か古流柔術か――それはただの1ミリたりとも体軸のブレることのない、精妙で滑らかな動きだった。
「……君は力の使い方をわかっていない。拳を固めて振りまわすだけなら、
坂上は冷たく言った。
「愚かしい男だ……それだけの力を授かりながら、『仕事』のため安易に振りまわすだけとは……全く度し難い! その馬鹿デカい『拳』がなんのためにあるのか、考えたことはないのか」
「ぐぅ……ッ!」
背中からまともに岩場へと落ちたイサナは、肺が詰まるのをこらえて立ち上がった。
「イサナッ!」
ナナイもまた、立ち上がっていた。スリング・ショットを構えようと腕を動かしているが、思うようにいかないらしい。
イサナは眼前にいる坂上と――それより上にいるミヤビを、見た。
「お兄ちゃん……わたしはこの場所を守るため、お兄ちゃんを倒さなきゃ……」
「ミヤビ……」
「ねぇお兄ちゃん……お兄ちゃんは、なんのために戦ってるの? なんでこっちへ向かってくるの? 向かって来なければ、わたし……」
「俺は……俺は……ッ!」
俺は、この手で――
イサナは、拳を握りしめた。
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