§4 その手に掴むもの
今そこにある危機
広間のようになったスペースに、プレハブ小屋がいくつか設置されている。「モグラ」――ミヤビやリョウジたちが根城にしているその場所は、コバルトの岩壁と蔦状の植物に覆われた地域だった。
高い天井に、壁で区切られた高低差のある台のような場所が入り組んだ、立体的な構造の空間。「裾花ダンジョン」の入り口からはそこそこ距離があり、まだ調査が及んでいない地域にあたる。もっとも、調査が及んでいる地域はほんのわずかでしかないのだが――
プレハブ小屋が置かれているのは、その中でも一番下の階層にあたるところだった。近くに泉が湧いている。ミヤビたちが部屋として使っているものの他に、倉庫型のもの、そして軽トラックまでもがその合間に置かれていた。
長身の男が、その中へ近づいていった。その後ろから、作業服の男たちが続く。作業服の男たちは台車にコンテナを載せて運んでいた。
プレハブ小屋のひとつから、リョウジと香田、そしてミヤビが現れた。
「補給だ」
男が言った。作業服の男たちが、台車のコンテナを降ろし始める。
「そこまでだ、坂上ギイチ!」
突然、サーチライトの光が投げかけられた。振り向いた長身の男――坂上の顔を、白い光がはっきりと照らし出した。
「調べさせてもらったぞ、坂上」
サーチライトの後ろから、ナナイが進み出た。イサナとリコ、金箱と美谷島もいる。
「極右系タカ派思想団体『帝国会議』……あんたがそこの幹部だったこと、思想が過激に過ぎて追い出されたこと、そして、防衛省系の利権に絡んだ企業の顧問に名を連ねていることも、全てだ」
「てめぇ……どうしてここが!」
リョウジが声を荒げて言う。
「お前に撃ったペイント弾。あれの中に
ナナイの横で、リコがドヤ顔を見せた。ナナイは続ける。
「リコの作ったトラッキングシステムは、ダンジョンの中ならその位置を追跡できる。お前の信号がダンジョンに現れた位置を、地上の地図と照合した。その場所にある建物は、そこの坂上が関わっている企業の所有物だったよ」
「……ッ!」
「案の定、建物の裏手から『入り口』が見つかった。後は、あんたが現れるまで待つだけだ」
「……見事なもんだ。市役所の課長にしておくには惜しい」
坂上は微笑を浮かべながら言った。
「どうかね、今度本当に食事でも……」
「申し訳ないが、そーやって大物ぶるところ、物凄く鼻につくんだわ」
坂上のこめかみがひくついたのを、イサナは見逃さなかった。
「後ろのあんたたちも! 騙されちゃだめだよ! こいつはあんたらに戦争仕掛けようとしてるんだからね!」
リコが「モグラ」たちに声をかけた。
防衛利権を掌握する坂上が、「モグラ」たちを騙してダンジョン開発推進派の塚本議員を襲撃した。その結果、ダンジョンと魔物、そして「モグラ」たちは、日本にとっての仮想敵となり、自衛隊と防衛省がその前線に立ってダンジョンを掌握に動く――
「……承知の上だ」
「モグラ」の一人、中肉中背の男――香田がリコの声に応えて言った。
「今、俺たちに必要なのは力だ。今はそのためにお互い、利用をし合ってはいるが、いずれは戦うことになる。遅かれ早かれ、な」
「そんな……!」
「……私としてはね、気持ち的には『モグラ』の諸君に力をつけて欲しいのだよ」
坂上が後を引き取って言う。
「君たちは勘違いしているようだが、私が欲しいのは個人の利得じゃない。『戦線』そのものだ。前に、君たちには言っただろう? 国内で利権を回すだけで成り立っていた社会はもう、限界に来てるんだよ。新たな最前線が、世界には必要なんだ。それで生まれる新たな利権は、経済を回すことになる……そうだろ、荒須君?」
「……そのために、市民の生活を危険に晒すのか」
「そう、問題はそれだ」
口を挟んだイサナに、坂上は鋭く切り返した。
「自分たちの生活半径での利便性しか頭になく、少しでも社会を良くしようなどと微塵も思わない……まさにお前のような愚かしい人間にこそ、『戦線』が必要なのだ。遠い外国の戦場ではなく、自分たちの住む街の、『今そこにある危機』がな!」
坂上はほとんど激昂して言った。しかしイサナは、その表情の裏に、どこか恍惚とした響きをも感じ取っていた。
「……中央の人間が考えそうなことだな」
「そう思うかい? 田舎者は視野が狭くて困るな」
「どっちが」
イサナは、坂上の後ろの方にいるミヤビに目をやった。
――お前は、何のために?
そんな言葉が脳裏に響いた。
*
――なんのために、動くのか。
「ここから先は、はっきり言って『業務の範疇』じゃない。だからお前に、無理につきあわせることはできない」
遡ること数日前、ナナイがイサナに向かって言った言葉だ。
「……日本の組織特有の、空気を読めっていうアレっすか?」
「混ぜっかえすなよ」
ナナイは苦笑いで言った。それは、仕事では決して見せない表情だ。
「お前自身の考えで動いてくれ。なんのために動くのか。お前のその手で、なにを……」
ナナイはその時、そこまで言って口をつぐんだ。
*
この腕で、なにを――
イサナが見つめる先で、ミヤビは無表情に、こちらを見返していた。
「さてと……こうなった以上、私も覚悟を決めなくてはならないな」
坂上のその言葉と共に、後ろにいた「モグラ」たちが前に進み出る。
「大人しく捕まる気はないようね」
「君たちこそ、ただで帰れるとも思っていないだろう?」
「ダンジョン課」の面々も、それぞれ戦闘態勢に入っていた。
静寂が、岩を打つ。
湧水の音だけが、奇妙な存在感を持ってダンジョンに満ちていた。
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