入り口と出口

「ああまぁ、この規模の『入り口』だとねー、ちょっとかかるかもしれないっすね」



 通報があったのは、長野市内安茂里地方の印刷工場だった。倉庫の奥に空いた穴が、どうもダンジョンと接続してしまったらしい。



「業者さんお願いした方が早いかも。今日、応急処置だけはしてくけど、もしアレなら……」



 イサナが対応をしている間に、ナナイは何気なく、現場となっている倉庫を見まわしていた。ついては来たものの、やはり暇ではある。


 ナナイは「入り口」となった穴を見た。


 こんな身近にダンジョンの入り口が開き、そこからあの「モグラ」のような連中が出てくる。今はまだ、一般市民の犯罪被害などは出てはいないが――



(……待てよ?)



 ナナイの脳裏に、ある考えが浮かんだ。


 自分たちはこれを「入り口」と呼んでいる。しかし、自分たちも防衛省の連中も、「モグラ」がここから「出てくる」と考えている――



「出てこれるなら、入っていけるのも道理だな……」



 そう、例えば、「モグラ」も――



「ナナイさーん、終わりましたよー」



 イサナがナナイを呼んだ。



「課長と呼べ、課長と。ましてや市民の前で……」



 ナナイは応じた。





「大体あんたはねぇ、欲望っつーものが無さ過ぎんのよ!」



 「入り口」を塞いだ後、すっかり夕暮れになってしまっていたため、ナナイとイサナは直帰扱いにしてそのまま、権堂町へ酒を飲みに来ていた。



「実際どーなのよ? の? 風俗いっぱいあるよここ?」


「課長、酔い過ぎですよ……」


「なんだよ、ナナイさんって呼べよ!」



 やたらともたれかかってくるナナイをいなしながら、イサナとナナイはアーケード通りを歩いていた。さすがにこれくらいの時間になると、人通りは少ない。



「……ほんと、あんた見てるとなんか、寂しくなんのよ……」



 秋葉神社の前の道端で、自販機で買ったコーヒーのプルタブを開けながら、ナナイは言った。



「なんです?」


「なんでもない!」



 ナナイはそう言い放って缶コーヒーを煽った。ふうっ、と一息ついてまた呟くように言う。



「もうちょっと他人に求めろよ……あんたが多少欲を出したところで、みんな構やしないんだから」


「なんでもなくないじゃないですか」


「うるさい! お前のせいだろが!」



 ナナイはイサナに軽く蹴りを入れた。



「求めてなくても手を差し出すのが人間関係なんだよ! 好意なんてのは、押し付けてナンボだろ!」


「めちゃくちゃ言いますね……」



 イサナは苦笑いをしながら、ミネラルウォーターのペットボトルを煽った。



「……でも、言ってることはわかります。自分は結局、逃げてるだけなんじゃないかって」


「……ふむ?」


「あの時……俺がミヤビを引っ張っていかなかったら」



 イサナは噛みしめるように、口に出した。



「好意を押し付けたんですよ、俺。ミヤビに面白いもん見せようって、外へ引っ張り出した。それで……」


「……」


「……その後、なんだからわからない内に俺だけ助かって、それでミヤビはいなくなった。ミヤビを見殺しにして生きてるようなもんなのに、それなのに……自分が何かを求めようなんて、そんなこと……」


「お前の気持ちは、わからないでもない。だけど」



 ナナイの口調が、いつもの調子に戻っていた。



「……なにしろミヤビさんは今、目の前にいるわけだからな」


「……」



 イサナはなにも言わず、ペットボトルを煽った。



「ミヤビがどうしたってぇ?」



 不意に、男の声がした。


 ナナイとイサナがそちらを振りかえると、そこには髪を逆立てた男が立っていた。



「お前は……!」


「アンタぁ……ミヤビの兄貴分だってなぁ。いや~、妬けるねぇ」



 その男――佐山リョウジは、ハンドポケットのままイサナたちに歩み寄ってきた。顔の周りには文様が浮かび上がり、目は爬虫類のように――



 ボゥッ!!



 リョウジの口から、火球が吐き出された。イサナとナナイはその場を跳び退り、逸れた火球は自販機に命中して、爆発した。



「てめぇさぁ、気に入らねぇんだよなぁどうも」



 火花を散らして燃え盛る自販機越しに、リョウジが言った。



「ミヤビはさぁ、俺たちの家族なんだよ。それがなんだぁ? 今更ノコノコと出てきてよォ……」



 再び、火球を繰り出す。



「くっ……!」



 イサナは紙一重でそれをかわした。背後で炸裂した火球の爆風を、背中に受ける。


 「登録」によって能力の抑制手術を受けたイサナは、ダンジョン以外の場所では能力を出すことが出来ない。こちら側での戦いでは、特能者の相手になるはずもなかった。逃げ回ることしかできず、イサナは転げまわる。



「そこまでだ! 退け!」



 ナナイの声が響いた。スリング・ショットを構え、弦を引絞っている。リョウジは振り返り、それを見てニヤリと笑った。



「そんなもんで俺とやりあえるつもりかよぉ?」


「……どうかな?」



 瞬間、ナナイは射線を下げ――リョウジの足もとへ、弾丸を放った。



 パンッ!



 地面に着弾した弾丸が弾け、白い煙のようなものが巻き上がった。



「目くらましのつもりか? こんなもの……」



 リョウジは息を吸い込み、火球を吐く体勢に――



「!?」



 その瞬間、リョウジは激しく咳き込んだ。



「なんだ……ッ!? 喉が焼ける……ッ!」


「『特能者』の力は、魔獣の身体の部位を使役することによるものだ。お前のその、火を噴く能力からすると、お前の『魔獣の力』は体内にある」



 ナナイは弾丸を出して見せた。



「銀の粉末を混ぜた煙幕弾だ。吸い込んだな? 苦しかろう」


「くっそ、てめぇ……」



 尚も凶暴な目を見せるリョウジに向かって、ナナイはもう一発、弾丸を放った。こちらはリョウジの身体に命中し、弾けてリョウジの身体にべっとりと貼りついた。ペイント弾のようなものらしい。



「退けと言っている。今、お前たちと争うつもりはない」


「くそ……!」



 リョウジは一瞬、身体を屈め、跳んだ。驚くべきその跳躍力で、リョウジの身体はアーケードの屋根の上へと上がっていた。そこからすぐにもう一度跳び、夜の闇の中へと消えていく。



「ありがとうございます、ナナイさん……」


「大丈夫か?」


「はい、直撃は受けてません」


「それは良かった。なにしろ、これからだからな」


「はい?」



 イサナには答えず、ナナイはスマートフォンを取り出してどこかへと電話をかけた。

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