入り口と出口
「ああまぁ、この規模の『入り口』だとねー、ちょっとかかるかもしれないっすね」
通報があったのは、長野市内安茂里地方の印刷工場だった。倉庫の奥に空いた穴が、どうもダンジョンと接続してしまったらしい。
「業者さんお願いした方が早いかも。今日、応急処置だけはしてくけど、もしアレなら……」
イサナが対応をしている間に、ナナイは何気なく、現場となっている倉庫を見まわしていた。ついては来たものの、やはり暇ではある。
ナナイは「入り口」となった穴を見た。
こんな身近にダンジョンの入り口が開き、そこからあの「モグラ」のような連中が出てくる。今はまだ、一般市民の犯罪被害などは出てはいないが――
(……待てよ?)
ナナイの脳裏に、ある考えが浮かんだ。
自分たちはこれを「入り口」と呼んでいる。しかし、自分たちも防衛省の連中も、「モグラ」がここから「出てくる」と考えている――
「出てこれるなら、入っていけるのも道理だな……」
そう、例えば、「モグラ」も――
「ナナイさーん、終わりましたよー」
イサナがナナイを呼んだ。
「課長と呼べ、課長と。ましてや市民の前で……」
ナナイは応じた。
*
「大体あんたはねぇ、欲望っつーものが無さ過ぎんのよ!」
「入り口」を塞いだ後、すっかり夕暮れになってしまっていたため、ナナイとイサナは直帰扱いにしてそのまま、権堂町へ酒を飲みに来ていた。
「実際どーなのよ? 立つの? 風俗いっぱいあるよここ?」
「課長、酔い過ぎですよ……」
「なんだよ、ナナイさんって呼べよ!」
やたらともたれかかってくるナナイをいなしながら、イサナとナナイはアーケード通りを歩いていた。さすがにこれくらいの時間になると、人通りは少ない。
「……ほんと、あんた見てるとなんか、寂しくなんのよ……」
秋葉神社の前の道端で、自販機で買ったコーヒーのプルタブを開けながら、ナナイは言った。
「なんです?」
「なんでもない!」
ナナイはそう言い放って缶コーヒーを煽った。ふうっ、と一息ついてまた呟くように言う。
「もうちょっと他人に求めろよ……あんたが多少欲を出したところで、みんな構やしないんだから」
「なんでもなくないじゃないですか」
「うるさい! お前のせいだろが!」
ナナイはイサナに軽く蹴りを入れた。
「求めてなくても手を差し出すのが人間関係なんだよ! 好意なんてのは、押し付けてナンボだろ!」
「めちゃくちゃ言いますね……」
イサナは苦笑いをしながら、ミネラルウォーターのペットボトルを煽った。
「……でも、言ってることはわかります。自分は結局、逃げてるだけなんじゃないかって」
「……ふむ?」
「あの時……俺がミヤビを引っ張っていかなかったら」
イサナは噛みしめるように、口に出した。
「好意を押し付けたんですよ、俺。ミヤビに面白いもん見せようって、外へ引っ張り出した。それで……」
「……」
「……その後、なんだからわからない内に俺だけ助かって、それでミヤビはいなくなった。ミヤビを見殺しにして生きてるようなもんなのに、それなのに……自分が何かを求めようなんて、そんなこと……」
「お前の気持ちは、わからないでもない。だけど」
ナナイの口調が、いつもの調子に戻っていた。
「……なにしろミヤビさんは今、目の前にいるわけだからな」
「……」
イサナはなにも言わず、ペットボトルを煽った。
「ミヤビがどうしたってぇ?」
不意に、男の声がした。
ナナイとイサナがそちらを振りかえると、そこには髪を逆立てた男が立っていた。
「お前は……!」
「アンタぁ……ミヤビの兄貴分だってなぁ。いや~、妬けるねぇ」
その男――佐山リョウジは、ハンドポケットのままイサナたちに歩み寄ってきた。顔の周りには文様が浮かび上がり、目は爬虫類のように――
ボゥッ!!
リョウジの口から、火球が吐き出された。イサナとナナイはその場を跳び退り、逸れた火球は自販機に命中して、爆発した。
「てめぇさぁ、気に入らねぇんだよなぁどうも」
火花を散らして燃え盛る自販機越しに、リョウジが言った。
「ミヤビはさぁ、俺たちの家族なんだよ。それがなんだぁ? 今更ノコノコと出てきてよォ……」
再び、火球を繰り出す。
「くっ……!」
イサナは紙一重でそれをかわした。背後で炸裂した火球の爆風を、背中に受ける。
「登録」によって能力の抑制手術を受けたイサナは、ダンジョン以外の場所では能力を出すことが出来ない。こちら側での戦いでは、特能者の相手になるはずもなかった。逃げ回ることしかできず、イサナは転げまわる。
「そこまでだ! 退け!」
ナナイの声が響いた。スリング・ショットを構え、弦を引絞っている。リョウジは振り返り、それを見てニヤリと笑った。
「そんなもんで俺とやりあえるつもりかよぉ?」
「……どうかな?」
瞬間、ナナイは射線を下げ――リョウジの足もとへ、弾丸を放った。
パンッ!
地面に着弾した弾丸が弾け、白い煙のようなものが巻き上がった。
「目くらましのつもりか? こんなもの……」
リョウジは息を吸い込み、火球を吐く体勢に――
「!?」
その瞬間、リョウジは激しく咳き込んだ。
「なんだ……ッ!? 喉が焼ける……ッ!」
「『特能者』の力は、魔獣の身体の部位を使役することによるものだ。お前のその、火を噴く能力からすると、お前の『魔獣の力』は体内にある」
ナナイは弾丸を出して見せた。
「銀の粉末を混ぜた煙幕弾だ。吸い込んだな? 苦しかろう」
「くっそ、てめぇ……」
尚も凶暴な目を見せるリョウジに向かって、ナナイはもう一発、弾丸を放った。こちらはリョウジの身体に命中し、弾けてリョウジの身体にべっとりと貼りついた。ペイント弾のようなものらしい。
「退けと言っている。今、お前たちと争うつもりはない」
「くそ……!」
リョウジは一瞬、身体を屈め、跳んだ。驚くべきその跳躍力で、リョウジの身体はアーケードの屋根の上へと上がっていた。そこからすぐにもう一度跳び、夜の闇の中へと消えていく。
「ありがとうございます、ナナイさん……」
「大丈夫か?」
「はい、直撃は受けてません」
「それは良かった。なにしろ、これからだからな」
「はい?」
イサナには答えず、ナナイはスマートフォンを取り出してどこかへと電話をかけた。
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