手のひらの仕事
閃光が走った。
リョウジの放った火球、そしてミヤビが放った電光の槍。
炎と熱と光と稲妻。ひと束になったそれらは、エネルギーの奔流となり、うねり、荒れ狂い、
そして数瞬。「魔神の拳」を前方へ向け、その掌を開いて立つイサナを――光の渦が、呑み込んだ。
轟音。衝撃。土煙。
そして――
「……なに……!?」
閃光が晴れた後の光景を、坂上は見た。ナナイも見た。リョウジとミヤビも、それを――イサナの立つ姿を、その目に見た。
「……ようやくわかった。俺のこの『能力』がなんのためにあるのか……」
イサナは、その腕を前方へと真っすぐ突き出し――『魔神の拳』の
「拳を握ったままじゃ、なにかを掴むことはできない……簡単なことだったんだ」
穏やかな表情だった。イサナの「魔神の拳」は優しく――飽くまでも、花を掴むかのように優しく、炎と電光とを、掌の中に捉えていた。
「そんな……まさか……ッ!? 非常識だ……ッ!」
坂上が上ずった声を上げた。余裕ぶったエリートの仮面は、今や完全にはがれている。
「なんだ……一体なんなんだ、貴様は!?」
「ただの公務員さ……いや」
イサナはナナイを一瞥した。もしかして、少し笑ったのかもしれない。
「今は、違うな。一個人としてここへ来た。自分の求めるもののために!」
叫びと共に、イサナは「魔神の拳」を大きく振りかぶり、その
ドッゴオオォォォン!!!
凄まじい轟音がした。
リョウジとミヤビ、二人分のエネルギーがまとめて炸裂したその爆発は、着弾した地面に穴を穿ち、岸壁を突き崩してその高い天井までをも崩落させる。
「ぬ、ぬおおおおおおお!?」
崩れ落ちる岩石と土煙りの間から、坂上の悲鳴が聞こえていた。その声もほどなく、轟音の中にかき消えて薄れていく。
「くっ……!」
翼を広げ、空中に舞い上がって難を逃れたミヤビは、爆風に煽られて反対側の壁へ、吹き飛ばされていた。轟音と閃光に破壊された平衡感覚に鞭打って、なんとかその場に立ち上がる。
「ミヤビ!」
イサナの声がした。
声がした方をミヤビが振り向くと、「魔神の拳」を振りかざしたイサナが目前に迫り――
ドン!
突き出された「魔神の拳」は――その掌は、顔の横を抜けてミヤビの背後の岩壁へ、突き立てられた。
壁に突き立てられた腕に逃げ場を遮られる形で、イサナがミヤビに詰め寄る。顔にかかる荒い息は、もうどちらのものかわからなかった。
「ミヤビ、俺と一緒に行こう」
手を突いた壁にもたれかかるようにして、イサナはミヤビに顔を近づけ、言った。
「この10年……お前がなにをしていたのか、俺は知らない。だけど……もういい。俺は俺の都合で、お前をここから引っ張り出す。そうするべきだと思うからだ」
「お兄……ちゃん……」
「俺はお前を……お前に、幸せになって欲しいんだ……当たり前の日常を、味わって欲しい……それだけなんだよ」
イサナの目から、涙がボロボロとこぼれた。
「お兄ちゃん……わたし……わたし……」
ミヤビの目にも、涙が溢れていた――
「……イサナ! よけろ!」
ナナイの叫び声が響いた。
イサナが振り向くと、目の前に火球が迫っていた。
バァン!
肩口で火球が弾け、イサナはもんどり打ってその場に倒れた。
「いい加減にしろよ、てめぇ……」
リョウジが立っていた。
傷だらけの身体を、引きずるようにして歩いてくる。
「俺たちの家を……家族を、てめぇなんかに……!」
息を吸い込もうとして、咳き込む。それでも、もう一度息を吸い――火球を放った。
イサナは身体を捻り、その火球を避ける。
「くっ!」
ミヤビとの距離が離れた。リョウジはその間に割り込むようにして、壁にもたれたままのミヤビへと近付いた。
「いくぜ、ミヤビ……」
そう言って、リョウジは身をかがめ――
ドス!
ミヤビの
「なにを……ッ!」
「お前に、ミヤビは渡さない」
崩れ落ちたミヤビを、抱きかかえるようにして受け止め、リョウジは言った。
「憶えておけ。もし取りかえしに来るなら……いや、俺たちからなにかを奪おうとするなら……死んでも、お前を殺す」
リョウジは力の抜けたミヤビの身体を担ぎあげ――跳躍した。
高台となった岩場の上の、闇の中へと、二人は消えていった。
*
「結局、ひとり捕まえただけでしたね」
ダンジョン課のオフィスでお茶を飲みながら、リコが言った。
イサナは黙っていた。リョウジとミヤビには逃げられ、ユウという女は姿をくらませた。坂上も結局、生死不明のままだ。
捕まえたそのひとり、香田を倒した美谷島は、それを鼻にかける様子もなく静かに茶を飲んでいる。金箱の表情は相変わらず伺い知れないが、口元が「Fu○k」と動いたように見えた。
「上出来さ。少なくとも、坂上が裏で糸を引いていたことは証明できたんだ」
ナナイが言った。香田がなにもかも証言をしたのだった。堂々と悪びれない態度で、自分達の権利を主張しているらしい。
「とりあえず、防衛省があそこに拠点を作るって件は有耶無耶になってるよ。しばらくは進められないだろうな」
「それじゃぁ……」
「……いや、『裾花ダンジョン産業開発計画』も当面は凍結だ。あそこも封鎖されるだろう。部長が相変わらず、頭を抱えてるとこだ」
首を伸ばして見ると、ガラス越しに見える部長室のデスクの上で、増田が本当に頭を抱えていた。
「それじゃしばらくは、暇なままですかね」
「私は結構忙しい。警察やら中央の聞き取りやら」
「そりゃまぁ、独断であんなことしでかしたわけですからね」
「……反省はしてる」
イサナはそのやり取りを眺めながら、落雁を割って口に運んでいた。
「イサナ? なんかお前、楽しそうだな?」
「え……? いや、別にそんなことは」
素で戸惑ったイサナの、手の中の落雁が細かく砕ける。
「ミヤビさんのこと、もうどうでもよくなったんですかぁ?」
「……そういうわけじゃないけど、でもなんつーか……」
砕けた欠片を放り込み、口の中で溶ける落雁の感触を感じながら、イサナは言った。
「……やることは明確だからね」
「……そうだな」
ナナイは頷いた。
「ミヤビさんを取り戻す。まずはそれが……」
「それもありますけど……」
イサナは自分の右手を見つめながら言った。
「なんて言うか……『魔界の入り口』なんていうふざけた存在に振りまわされて、普通の生活が浸食されてくのなんてまっぴらだ、って。俺たちの方が、ダンジョンを自分たちの中に取り込まなくちゃいけないんだと思うんです」
「モグラ」の連中だってそうだ。対立し、拳を握って拒絶しあうのでない。手のひらを広げれば、選択肢は広がるはずだ。例え、戦うことになったとしても。
「そうだな……公務員は、どちらかの味方をしちゃいけない。両方が得をするようにするのが、公務員の仕事だからな」
ミヤビのことも――イサナは思った。彼女の10年間がどんなものであったにせよ、それを受け容れた上でこちら側に迎えなくてはいけないだろう。イサナ自身も、この社会もだ。やり直したり、なかったことにはもはや出来ないのだから。
「それは、お前の欲望か?」
「……多分、そうです」
イサナは笑って、右手で湯呑みを掴み、中のお茶を飲みほした。
<第2章へ続く>
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