暗闇の中へ
「なんだ……? どうなってる?」
先ほどイサナと交戦していた火球を吐く特能者の男は、少し離れたところからその事態に気が付いていた。
見れば、ミヤビとやり合っているのは、先ほどの「大腕」の男だ。ミヤビの「翼」から放たれた電光の矢を、その「腕」で身体をカバーしながら躱している。
「大腕」の男が叫ぶのが聞こえた。
「なんなんだミヤビ! どうしてお前……それにその『能力』……ッ」
「うるさぁぁい! あっちに行って!」
叫びに応えるミヤビの声と共に、立て続けに電光の矢が放たれる。「大腕」の男はかろうじてその直撃を避け、転げ回っていた。
男は戸惑った。ミヤビがあんなに取り乱すなんて――それに、ミヤビの「翼」は強力だが、あんなにめちゃくちゃに撃ちまくっては身体がもつものではない。
「なんだ、あいつがなにか……」
その時、銃声が響いた。
体勢を立て直したらしい警察の対魔獣部隊が、短機関銃を撃ちかけてきている。
「ちっ……潮時か。まぁいい。目的は果たしたしな」
男はミヤビが戦っている方へと、跳んだ。
「ミヤビ! 引き揚げるぞ!」
男は叫んだが、ミヤビには届かないようだった。
「うあああぁぁぁぁぁっ!!」
雄叫びを上げながら、宙を舞い、翼を翻し、電光を放っている。「大腕」の男はその攻撃に、必死に耐えているところだった。
「くそっ……」
男は舌打ちをした後、目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。次の瞬間、見開いた男の眼は、火球を吐き出す時に見せた爬虫類のようなそれと変じていた。
オオオオオォォォォォォッ!!!
男の口から放たれたドラゴンの如き咆哮は、戦いの騒音を圧してダンジョン中に響き渡るものだった。空気が震える、というのはまさにこういうことを言うのだろう。
その突然の大音響に、身体の自由を奪われたかのように、ミヤビたちは戦いを止めた。そしてようやく、ミヤビは男に気がついたようだ。
「リョウジ……!」
「引き揚げだ。早くしろ」
「でも……」
ミヤビは一瞬、「大腕」の男を見た。
「いいから早く!」
リョウジと呼ばれた男が、有無を言わせぬ口調で言う。
「……あんたがお兄ちゃんだろうと、そうでなかろうと……」
ミヤビは「大腕」の男へ向き直って言った。
「わたしたちの土地を奪い、『聖域』を汚すのなら、敵だ」
そう言って翼を広げ、舞いあがったミヤビは、身体を翻して飛び去る。リョウジもそれに続いて跳躍した。
*
暗闇の中で、ナナイは目を開いた。
ぼやける視界の中で周囲を見渡すと、崩れ落ちた岩と土砂の山の上に自分がいることに気がつく。
上を見上げると、壁沿いの天井部分が崩れて穴が開いているのが見えた。そこから、土砂と共にここへ投げ出されたようだ。
辺りは静かだった。先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。ということは、あの争乱はひと段落したということか。
しかし――周囲には、自分一人しかいないようだ。ということは、つまり――
「課長ー! どこですかぁー!」
暗闇の向こう側から甲高い声が響いた。リコの声だ。それと同時に、ライトの灯りも見える。
ナナイは、襟元につけたピンバッジ型の
「備えあれば憂いなし、だな……」
ナナイは痛む身体を引きずって立ち上がり、灯りの方へ向けて歩いた。
「課長!」
ナナイに気がついたリコが、駆け寄って身体を支える。その後ろには、金箱と美谷島の姿もあった。
リコはタブレットを見せてにっこりと笑う。心なしか、その目は涙ぐんでいるようにも見えた。ナナイは笑い返した。
「……塚本議員は?」
ナナイがそう訊くと、リコは表情を曇らせる。代わりに、美谷島が手を差し出した。その手のひらに、砕けたピンバッジ型の
ナナイは目を閉じ、天を仰いだ。
考え得る限り、最悪の事態――これで、ダンジョン開発行政は10年は遅れるだろう。いや、もっと大変なことになるかもしれない。なにしろ、今回の相手は、ただ凶暴で危険なだけの魔獣ではない。明確に危害を加える目的を持って、襲撃してきた。しかも魔獣を使役して――
「……どうなるか、想像もつかんな」
「ま、なるようになりますよ!」
リコの調子はいつもの通りだったが、さすがに声が震えている。
「いざとなったら、異動になるだけです。ほら、私たち公務員ですから……」
「……そうだな」
ナナイはリコの肩を借り、暗闇の中へと歩いていった。
これが、後に言う「第二次裾花ダンジョン事件」の顛末である。
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