§3 仕事と欲望
再会のあとで
地方自治体が主導して開発計画を推進中の、全国でも有数のダンジョンを、ダンジョン開発推進派の国会議員が視察中、襲撃を受けて行方不明――
「第二次裾花ダンジョン事件」は、全国区のニュースとなった。
襲撃してきたのが人間であり、しかも「特能者」で、かつ魔獣と人間が一緒になって襲ってきた、という点は報道では隠されているようだ。そのせいなのか、幸いにもというべきか、役所に対するバッシングは少なかった。
「特能者が、しかも未登録のやつが起こしたなんて、世に知れたらえらいことになるからな」
市役所のオフィス内の休憩スペースで、おやきを頬張りながらナナイが言った。なんでも、叔母が大量に作ったということで、リコが差し入れとして持ってきたのだ。
「全く、大失態もいいところだ」
事件によって開発計画はめちゃくちゃになり、お陰でダンジョン課は先の予定がごっそりと空いてしまっていた。
事件が事件だけに、政府や警察の動きを見ないことにはスケジュールを立て直すことも出来ない。お陰でダンジョン課は暇なのだった。
「失態じゃありませんよ。相手がヤバ過ぎたもん。あれは私たちの業務の範囲を超えてます。被害者ですようちら」
リコがおやきのひとつを手にとって、2つに割りながら言った。
「あ♪ 山菜だ。やった!」
「……私のこれと交換しないか?」
「それなんですかぁ?」
「切干大根」
「じゃぁいいです」
「お前、上司の頼みを……」
イサナは食べかけのおやきを手にしたまま、思いにふけっていた。
「……あ、そっか……」
ヤバ過ぎると評した相手にミヤビが含まれていることに気が付き、リコは気まずい表情をした。
「……幼馴染だって?」
ナナイがイサナに訊く。
「ええ……10年ほど前に行方不明になった……」
「ダンジョンに迷い込んだ……んだったよな? お前と一緒に……」
「そうです」
「神隠し、か……」
「魔界の入り口」からダンジョンに迷い込み、行方が知れなくなる者は少なくない。古来より「神隠し」と言われた現象も、これが原因だったのではないかと、今では言われている。
「俺、その時のこと、よく憶えてないんです。だから、気がついたら、自分は助かってて、でもミヤビはいなくなってて……」
そして、こんな形で自分達の前に現れた。しかも「特能者」となって――
「……お茶、淹れますね」
リコが席を立った。
「……大事な友達だったんだな」
ナナイが次のおやきを手に取りながら言う。
「……っていうか、兄妹っていうか保護者っていうか……」
イサナは、自分の感情を探るようにして言った。このことをこんなに人に話したのは、初めてかもしれない。
「あいつの家、母子家庭で、母親がいわゆるパチンカスで、ミヤビはほとんどネグレクトされてたんす。だから、いつもうちに来てて……」
「……いたたまれないな」
「ええ……そのせいか、いつも俺にくっついて来てました」
イサナはお茶を飲もうとした。湯呑みの中は空だった。
「あの時、俺がお祭りを見に行こうって言って出かけて……それで気がついたらいつの間にか周りが『魔界』になってて……」
リコが急須を持ってきた。ナナイは湯のみの中の冷めたお茶を飲み干した。
*
「あの人間は、お前のなんなんだよ?」
ダンジョンの中、広間のようになった所へ設置されたプレハブ小屋で、リョウジがミヤビに詰め寄っていた。
小屋の中にはテーブルが置かれ、ちょっとした会議室か食堂のような雰囲気になっている。中にはミヤビとリョウジの他、男女2人の人間がいた。
「……幼馴染よ、ただの……」
「それで、あのザマだってか?」
「うるさいな! 作戦は上手くいったんだからいいじゃない!」
「良くはない」
出ていこうとするミヤビを遮って、別の男――香田が言う。
「あいつらは『聖域』を汚す俺たちの敵だ。戦わなければいけない相手なのだぞ」
「……わかってる。お兄ちゃんだろうと、わたしたちの土地を汚すなら……」
ミヤビはプレハブを出ていった。
「ったく、しょうがねぇな、マジで」
「なに、戦いになったらちゃんと働くさ。それより……」
香田はもう一人の女に向き直っていった。
「ユウ、『協力者』からの連絡は?」
「もうしばらく待つように、とのことよ。今、こちらの工作をしてる真っ最中だからって」
微笑みを浮かべながら、ユウと呼ばれた女性が言う。両の目を閉じ、その額についたもうひとつの目を開いていた。
「……その『同盟』とやらも、いつまで続けるんだ?」
「必要な時にお互いを利用すればそれでいい。同盟ってのはそんなものさ」
「……フン。それじゃぁ、それまでは好きにしてりゃいいんだな」
そう言い残して、リョウジはプレハブを出た。
「……気に入らねぇな」
外で一人、涙を拭うミヤビを目にして、リョウジは苦々しく呟いた。その喉の奥に、炎が覗いた。
---------------------------------
※おやき……焼き餅ともいう。小麦粉や蕎麦粉を練った生地の中に、野菜や小豆で作った餡を包んで囲炉裏で焼く、信州地方の郷土料理。食卓に大量に置かれていることが稀にある。
※信州の人はお茶っ葉を変えずに薄いお茶を何杯も飲んだりする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます