破壊と争乱の風

 男の口から吐き出された火球が、目の前の地面で炸裂した。


 爆風と熱風、そして土煙が噴き上がり、周囲にいた警察官が弾き飛ばされる。



「な……っ!?」



 閃光と土煙が晴れた後、イサナが目にしたものは、周囲から現れた無数の魔獣たちだった。先ほどの「特能者」の男の攻撃と同時に、警察官たちに襲い掛かっている。


 昇降機の上の方でも騒ぎが起こっていた。職員や業者たちの悲鳴と、銃声、そして魔獣の咆哮がまとめて聞こえてくる。



「そんなまさか……魔獣がこんな、組織だった攻撃を……?」



 ナナイが呟く声をイサナは聞いた。


 イサナは、目の前の騒乱の真ん中にいる男を見た。その男は、魔獣たちが警察官を襲う中で悠然と、腕を組んで立っている。



「眼鏡のお姉さん、そこのおっさん、こっちに渡してもらえねぇかなぁ?」



 そう言ってこちらへ近づいてくる男を睨みつけ、ナナイは塚本を後ろにかばった。



「ナナイさん、ここは俺が!」



 イサナが飛び出した。「魔神の拳」を発動させ、男に殴りかかる。


 男は身を翻して、それをかわした。



「へっ、お前の相手はしてらんねぇよ!」



 距離を取った男は、イサナに向かって火球を吐き出した。イサナはそれを「魔神の拳」の甲で受け止める。表面で火球が炸裂した。





 ナナイはスリング・ショットで銀弾を連発し、近づく魔獣を正確に退けていた。



「早く……早くなんとかしろ!」



 背中側で塚本が騒ぐ。相も変わらず高圧的な口調に、こんな時くらい、もう少し謙虚になればいいのに、と思う。坂上とははぐれてしまっていた。



「落ち着いてください。とにかく、あちらの昇降機まで行って、上へ」



 そう言って塚本を促し、スリングをもう2発、立て続けに放つ。


 銀の弾は猪鬼オークの額を正確に撃ち抜いた。


 猪鬼オークはその身体を捻り、地に倒れた。その時、倒れた魔獣の影から、小柄な人影が進み出てくるのを、ナナイは見た。



「え……?」



 現れたのは、小柄な――少女。歳の頃は10代後半くらい、ジーンズにTシャツという出で立ちの、それは人間の少女であった。


 ――まさか。


 ナナイがそう思った瞬間、少女はクスッと笑みを漏らし――その腰の辺りから、巨大な翼が広がった。



「『特能者』……ッ!」



 ナナイはスリング・ショットに弾をつがえた。


 次の瞬間、少女の広げた翼は炎で包まれ――少女がそれを羽ばたかせると、炎の波がナナイたちに襲い掛かる。


 塚本を突き飛ばし、ナナイは間一髪それをかわした。


 少女はそのまま、踊るように空中へと舞い上がる。そして、翼に纏った炎が、次の瞬間、青白い電光へとかわった。



「ここから……出ていけ!」



 少女が舞いながら、翼を大きく羽ばたかせる。翼から放たれた電光が、無数の光の槍となってナナイたちに降り注いだ。



「ナナイさん!」



 離れたところにいたイサナが、それを見て悲鳴に近い声を上げる。電光の雨は、周囲を巻き込んで地形を変えるほどの破壊をもたらし、ヒビの入った地面は陥没して崩落した。



「しまった……ッ」



 崩落に巻き込まれ、下層へと滑落しながら、ナナイは少女を見上げた。びっくりするほど、あどけない顔だと思った。





「くそっ!」



 イサナは踵を返して、ナナイたちのいた場所へ向かった。


 ちょうど、翼を持った「特能者」の少女がゆっくりと、宙空から着陸をしたところだった。



「……お前も、ここを荒らすのか」



 少女が、ゆっくりと翼を広げながら言った。翼には再び、炎を纏っている。



「そこをどけ! 手加減は出来ないぞ」



 イサナが「魔神の拳」を握り、振りかぶるような姿勢で構える。



「……やってみればいい」



 少女はそう言って顔を上げ、正面からイサナを見据えた。



「……え?」



 少女の顔を、初めてはっきりと見たその時、イサナは「目を疑う」という言葉の意味を思い知った。現実と自分の目と、どちらを疑うのかと言われれば、目の方を疑う――それは、そんな風な感覚だっただろうか。


 目に入ってくる情報が正しいということがわかれば、今度は脳がその情報の処理に混乱を来たす。あり得ないものが、あり得ない場所にある――そうした混乱をどうにか乗り越え、イサナは自分の見たものの名を、ようやく認識した。



「……ミヤビ……か……?」

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