(6)第三話 山田ヒロシ-1

【第三話】


  文化祭。


  神崎のクラスではコスプレ喫茶をやっている。


  男子が集まっている。神崎のコスプレ衣装を見に、人だかりができている。

  

  男子たちが教室の中を覗きながら、話をしている。

  「あの子かわいい」「一年一組の神崎さんだって」「めっちゃレベル高いなあ」「ここのコスプレ喫茶入ろうぜ」「写メ撮ろうぜ写メ」。


  メイド服を着た女王(神崎)がいる。


  女王(神崎)、喫茶店の仕事をやりながら、運営を仕切っている。

  仕事を失敗した女子をフォローする女王(神崎)。

女子たちにも慕われ、彼女はクラスの中心にいた。

  

  女王(神崎)の人当たりの良い姿。



  神崎が現れる。


  女王(神崎)と神崎が並んで立つ。


  女王(神崎)は正面を向き、神崎は後ろを向いている。


山田「ここに、二人の女がいる。二人と言っても、同一人物だ。昔の神崎と、今の神崎。俺と付き合う前の神崎と、俺と付き合い始めてからの神崎。同じ人物だが、全くの別人だと言うこともできる」


  メイド服を着た女王(神崎)に照明が当たる。


山田「これが、神崎がモテていた時代だ。この頃の神崎を仮に、『女王』と呼ぼう。どこが女王なのかという声も上がりそうなものだが、彼女のその影響力、制圧力はやはり、女王と呼ぶにふさわしいと、俺は思う」


  人間達が神崎を中心に集まってくる。


女王「『近づくな』」


  女王(神崎)の言葉が世界を作り変えていく。


  どくん、と人間たちの体が脈打ち、ぴたりと動きが止まる。


女王「『あたしから離れろ』」


  ゆっくりと女王(神崎)から離れていく。

  女王(神崎)を中心に、花弁を開くように。


女王「あんたたち、頭が高いわよ。『跪きなさい』」


  ざっ、とその場に跪く人間たち。


山田「俺にとって、神崎のイメージはこういったものだ。確かにこれはやりすぎた表現であるが、しかし、神崎には確かに他人に影響する力があった」


女王「山田、『焼きそばパン買って来て』」


  山田の体が意を介さずに動き出し、焼きそばパンを取り出す。


  跪くように女王(神崎)に献上する。


女王「ふむ、くるしゅうない」


  ぱくり、もぐもぐ、と女王は焼きそばパンを頬張る。


山田「このように、俺はしばらくの間、神崎にぱしりとして使われていた。神崎には逆らえない。そんな不思議な力が、確かに彼女にはあったのだ」


  女王(神崎)、焼きそばパンを中空に投げるとそれが刀に変わる。


  菊川が後ろ姿で現れる。


山田「ルービックキューブを持った、菊川はこう言った」


菊川の声「お前の【それ】は、別に特別な能力でもなんでもない。ただのおまけだ。お前の大きすぎる影響力の産物の一つに過ぎない。お前に与えられた【設定】はただ一つ。その【容姿を愛される】ということだけ。お前のその言葉によって人間を制圧していたかのような一連のくだりはただ、お前のその影響力を表すための舞台的・演劇的表現の一つに過ぎない」(出典:「これからはそういう『設定』で!」第三幕より)


山田「菊川は確かに言った。神崎は愛されるからこそ、人に影響を与えることができたのだと。しかし、と俺は思う。これは水沢の一件からも思ったことなのだが、俺は菊川の言っていることとは逆なのではないかと思うのだ。神崎は影響を与える力があったからこそ、水沢や、周囲から愛されていたんじゃないかって」


  メイド姿の女王(神崎)は鞘から刀身を抜く。


山田「モテモテで、みんなからは愛されていた神崎だったが、俺にはまるで、鋭い刃物のような印象があった。とても綺麗なのだけれど、近づきがたく、危うい存在」


  菊川、ルービックキューブを回す。


  ガシャン、と世界が切り替わる。


  同時に女王(神崎)が後ろを向く。


  同時に神崎が正面を向く。


山田「菊川が世界の設定を変えることによって、世界は少しだけ変わった。簡単に言うと、神崎はモテなくなった。誰かに影響をすることもなく、誰からも愛されるということもなく、普通の、いや、むしろ普通よりも少し劣ったような、そんな女子に成れ果ててしまったのだ。

   神崎が女王から普通の女の子に変わって、それからなんやかんやあって、俺と神崎は付き合い始めることとなった。

設定が変わって、そして・・・結果、神崎はデレた」


  神崎、山田に甘える。


山田「誰っ!?」


  舞台上には神崎と山田の二人だけとなる。


山田「今日は、そんな神崎と、家で試験勉強をすることになった」


神崎「上がって」

山田「おう。おじゃましまーす」


  玄関で靴を脱ぐ。が、ふと気付く。


山田「あれ、神崎さん、靴が」

神崎「なに?」

山田「家の人は?」

神崎「ああ、今日は誰もいないよ」


  間。


  宮本が現れる。

  宮本は舞台の隅で山田の心の声を表現する。


宮本「こ、これは、誘われているのか・・・?」

山田「おいオッサン、俺の心の声を勝手にナレーションするのはやめてくれ」

宮本「別に僕はここにいるわけじゃあないし、勝手に今の君が神崎ちゃんの家でどんなことを思っているのか妄想するだけだから、気にしないでくれたまえ」

山田「いや、気になるって!」


神崎「どうしたの?」

山田「いや、別に、なんでもない。おじゃましまーす」


  神崎の部屋へと上がる。


神崎「飲み物、何がいい?」

山田「いや、お構いなく」

神崎「かまうよ、それくらい。麦茶とオレンジジュース、どっちがいい? あ、いちおうコーヒーも出せるけど」

山田「えっと、麦茶で」

神崎「わかった。ちょっと待っててね」


  神崎、部屋を出る。


山田「・・・・・・」

宮本「ど、どきどきするんですけどーっ! い、いきなり彼女の部屋に来て、二人きりとか、喜んでいいのか悪いのか・・・」


  山田、神崎の部屋を見渡す。


宮本「へえ、けっこう女子っぽい部屋なんだな。ぬいぐるみも置いてるし、カーテンとかベッドの柄もかわいいな」

山田「!?」

宮本「って、べ、ベッド!? い、いかん、俺は何を意識してるんだ。バカか。俺はバカなのか!」


  宮本(というか山田なのだが)、悶える。


  山田、棚の上にずらりと並べられたぬいぐるみやら小物やらに目を止める。


宮本「あれ、このへんに置いてあるのって、たぶんUFOキャッチャーで取ったやつだよな。得意なのかな。ていうか、ゲームセンターとか行くんだ。

   いや、待てよ、待て待て。昔の男と遊びに行ったときに取ってもらったという可能性は・・・? あるっ。十分にある。絶対そうだ! くそ、なんでへこんでんだ! 涙が出ちゃう、だって、男の子だもん!」


  神崎が戻ってくる。


神崎「なに、なんかへんなことしてないよね?」

山田「いや、してないよ、ほんとに。ただ、ぬいぐるみとか結構置いてあるなあと思って」

神崎「人の部屋あんまりじろじろ見ないでよ! 恥ずかしいでしょ」

山田「あ、ごめん」

神崎「うーん、ゲームセンターに行って取っちゃうんだけど、どんどん溜まっていくのよね、こういうの」

山田「え、自分で取るんだ?」

神崎「うん、まあね。たまに学校サボってゲーセン行ってたから。取るのが目的だから、別に欲しいってわけでもないんだよねー」

山田「へー、そうなんだ。神崎でも学校サボったりするんだ」

神崎「中学のときとか、塾に行くふりして、とかあったよ。まあ、最近はないけど。うーん、捨てるのももったいないし、山田、いる?」

山田「いや、俺は」

神崎「だよねー。水沢にでもあげよっかな」


宮本「いや、ふられた(?)ばかりのあいつにそれは酷なんじゃねえの? いや、よくわからないけど」


神崎「さ、粗茶ですが、どうぞどうぞ」

山田「麦茶に粗茶もなにもないだろ。いただきます」


  神崎と山田、一口、二口飲む。


山田「麦茶かあ。うちでは真夏しか出ないからなあ」

神崎「あ、やっぱりそうだよね。うちはさ、一年中冷蔵庫に入れてるよ、麦茶」

山田「そうなんだ」


宮本「あ、なんかいいな、こういうの。お互いの家のこととか、少しずつ知っていく感じ。あー、なんかほんとに、俺と神崎って付き合ってるんだなー」


  宮本、ガッツポーズをしたり踊ったりしてはしゃぐ。


神崎「さて、早速勉強始めようか」


  宮本、素早く正座する。


山田「あ、ああ」


  テーブルに座ってノートと教科書を開く。


神崎「とりあえず淡々と解いていこうよ。わからないところがあったら言ってね、教えるから」

山田「お、おう。頼むよ」


  かりかりとシャープペンシルが走る音がする。


宮本「なにこれなにこれなにこれ、なんか普通に勉強会が始まっちゃったんですけど!? ていうか、目的はそれで合ってるから別にいいのか・・・。いいのかあ? 俺、何を期待していたんだ! 自己嫌悪! 自己嫌悪! 自己嫌悪!」


  宮本、地面に自分の頭を叩きつける。


山田「うっせえよオッサン!」

神崎「どうしたの?」

山田「べ、べつに」


  かりかりとシャープペンシルが走る音がする。


  山田、ちらっと神崎の顔を見る。


宮本「うわー、顔近いなー。って、いかんいかん、集中しろ俺!」


神崎「ねえ、山田」

山田「はいっ!? なんでしょうか神崎さんっ!」

神崎「あたしたちってさ、その、名字で呼び合ってるじゃない?」

山田「あ、ああ。そうだな」

神崎「せっかく付き合ってるのに、なんか他人行儀というか」


宮本「お、これはまさか・・・?」


神崎「呼び方、決めない? 下の名前で呼ぶ、とか」


宮本「キターっ!!!!」


山田「よ、よ、よ、」


宮本「呼び方を決める、恋人っぽいイベントーっ!!」


神崎「ダメ、かな?」

宮本「いい、いい、全然いいっ!」

山田「お前が応えるな!」

宮本「(急に真面目な口調になって)ちなみに、「全然いい」とかいう全然+肯定の形は正しい日本語ではないと捉われているが、文法的にはあながち間違っているというわけでは──」

山田「お願い! 黙ってて!!」

神崎「そんなに嫌なんだ」

山田「嫌じゃない!」

宮本「嫌じゃないんだ」

山田「嫌だけど!」

神崎「嫌なんだ」

山田「嫌じゃないんだ!」


  それぞれ言いたいことを言ってしっちゃかめっちゃかに。


山田「ええい、ストップ、わっけわっかんねー!!」


  全員が止まる。


山田「というわけで、お互いの呼び方を決めるのは保留ということになった。なんて呼ぶか、考えてくるのが宿題ってわけだ」


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これからは、そういう『設定』で!2 なつみ@中二病 @chotefutefu

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