第1話 後編
トイレより帰還したツッキーと花宮さんと合流した後、私達は大学近くのファーストフード店へと入った。
「あれ? いーちゃん、食べないの? ダイエット?」
アイスティーのみを持って席に戻った私を見て、ツッキーが目を丸くする。そんな彼女の前にはダブルチーズハンバーガーセット。隣に座る花宮さんの前にはテリヤキバーガーセットが置いてあった。食べすぎだろう、とか、その細い体のどこに入っていくんだとかいろいろ思ったが、言葉に出さず「あぁ、うん」と苦笑いで返した。
「ていうか、こう毎日毎日勉強ばっかりで嫌になるよねぇ。今日だってほら、下位五名は出席番号掲示板に張り出されて呼び出しらしいよ」
えぐいよねぇ、とげんなりした表情で花宮さんはポテトをつまむ。成績を返された後さっさと教室を出たのでその情報は知らなかったが、そうか、そんなえげつない行為が行われていたのか。成績を下げないように頑張らないといけない。ツッキーは「あぁ、そんなこともあったねぇ」と興味なさげに頷いた。
「まぁ、普通にしていれば下位になんかならないでしょ」
そういって高らかに笑うツッキーは相変わらずブレなかった。この時ばかりは彼女の溢れんばかりの自信が羨ましい。そんなえぐいことを学校側が行うのならば、今まで以上に気が抜けなかった。
「あーあ、ツッキー頭良いもんねぇ。羨ましいよ」
花宮さんがため息交じりにそう言うと、ツッキーは「高校結構アホだったし、そうでもないけどね」と謎の謙虚な姿勢を見せた。「あー、でもこの『勉強しなさい』的な空気はきついわ。なんかさー、癒し欲しいよねぇ」
「確かに。ねぇ、倉科さんは何か癒しとかある?」
そう話を振る花宮さん。癒しと言えばアニメを見ることなのだが、一般人である彼女達の前ではそのような話題は避けたい。と言えば無難な『癒し』は一つ。日々家で昼ドラを眺めているであろうペットを思い浮かべながら、私は「うーん、ペットかな」と無難な回答をした。
「私、キメラ飼っててさ」
「え、キメラ飼ってんの? 何型?」
ツッキーが軽く身を乗り出して目を輝かせる。予想以上の食いつきの良さに戸惑いながらも「えっと、犬型」と恐る恐る回答した。するとツッキーは「犬型かぁ」と羨ましそうな声を出した。
「いいなぁ、キメラ。あたしも飼いたいんだよね。ほら、今流行ってるじゃん」
そういってツッキーは外を指さす。良く晴れた商店街には、人々に連れられたキメラ達が真顔で歩いている。そういえば、最近キメラを連れ歩く人々が増えたという内容の会話をポチとしたことを、ぼんやりと思い出した。
「私も、私も。ウサギの子とか可愛いよね」
花宮さんがポテトをつまみながら、主張するように手を上げる。そういえば、昨日帰り道にみたウサギ型の雌のキメラは確かに可愛かったことを思い出した。
「あたしはネコ型かな。ね、いーちゃん。写真ないの? 見せてよ」
「写真かぁ」
ツッキーの要望に応えるべく、アイフォンを操作して写真を探す。いくつかあるポチのパーフェクトショットを吟味しながら、私は最近撮影したアイスを満面の笑みで食しているポチの写真を見せる。その写真を見たツッキーと花宮さんはニコニコしながらアイフォンを覗き込む。彼女達は写真を見ると「可愛い」と黄色い感性を上げた。
「え、めっちゃ可愛い系じゃん。人間じゃないのが惜しいわぁ。付き合いたい!」
「ちょっと、ツッキー。やめてよ。キメラ相手に。変態臭い。でも本当に可愛いねぇ。ていうか、めっちゃ笑顔じゃん。すごい懐いているね」
そういって二人はきゃあきゃあ笑いながら私にアイフォンを返す。懐いているというか、確かこの時、母がお中元に送ってきたお高いアイスが尋常ならざる美味さでこの笑顔を見せてくれた気がする。
まぁ、私とポチが仲良しなのは事実ではあるが。
「まぁ、仲良しだよ」
「いいなぁ。結構喋るの? 子供頃から育てているキメラってすごい喋ったりするよね。テレビとかで見るキメラっていろいろ出来たりするし」
いろいろ。
花宮さんの質問に、私はポチの姿を思い浮かべる。結構喋るどころの騒ぎではないし、家事全般は人並みにできる。むしろ、私よりも有能なくらいだ。ペットに負けているのは飼い主として恥ずかしい限りである。
「あぁ、うん。もう人間以上に」
「なんで若干暗くなったの?」
キメラに負けて悔しいの? と、半笑いでからかうツッキーに、私は苦笑いで返した。仰るとおりである。
「でも、家庭用ペットでそこまで賢いってすごいよね。ひょっとして、小さい頃から育てて教育してるとか?」
花宮さんの質問に私は「たぶん」と曖昧に返答する。
「高校の時に知り合いから譲ってもらった子だから。よくわからないんだよね」
本当は知っているが、話すと長くなってしまう。そして面倒だ。それに具体的な調教方法は今でも知らないし、嘘は言っていない。案の定、私の回答に彼女達は納得したようで、「もらったとか羨ましすぎる」と喚いていた。
「えー、いいなぁ。キメラって調教難しいんでしょ? 確か法律で決まってなかったっけ? 十三歳まではきっちり調教して、売りに出されるのもそれからって」
結構詳しいな、花宮さん。
素直に感心しているとツッキーは「え、まじ?」と素直に驚いた。どうやら知らなかったらしい。
「そういえば、十代から二十代くらいのキメラしか見ないな。いーちゃんも知らなかったでしょ?」
「キメラくれた知り合いに教えてもらった」
「うわ、なんか悔しい」
それはどういう意味だ。
無言で睨む私を無視し、ツッキーは一人落胆して見せる。花宮さんは、褒められて少し嬉しかったのか「私はキメラ画像見るのにハマってた時に結構調べた」と得意げに頷いた。
「結構調べると面白いんだよ。キメラって。元々は人間の体に近いから、脳の作りも人間と一緒だから理解が早いし、言葉も教えてば通じる。でも、身体の方は動物の耳が入っているせいか、遺伝子構造的に不具合が生じて、結構短命なんだって。二十五歳くらい? が寿命らしいよ」
「あー、それはあたしもテレビで見た。なんか評論家がいっぱい集まっている番組。なんか、今問題になってるらしいよー。キメラは人間とほぼ同じ構造だから、人間として扱うべきだって」
そんな問題があったとは初耳だ。いや、どこかで聞いたことがあるかもしれないが、興味がなさすぎて記憶に留まっていないだけかもしれない。
「で、キメラ飼ってるいーちゃん的には、そこんとこどうなの?」
ツッキーが興味津々にこちらへそう質問する。心底興味がない身としては返答に困り「えぇー……」と首を傾げた。
「ポチと仲良く暮らせればそれでいい……」
「名前安直すぎ。ていうか、どんだけペット好きなの?」
呆れたような顔をするツッキーに、花宮さんが「なんか意外だよねぇ」と便乗した。
「倉科さんって、結構クールなイメージだったから。卒業前に知れて嬉しかったかも」
「クールっていうか生き物に興味がなさそう」
ひどい言われようだ。ツッキーの中の私のイメージは一体どうなっているのだろう。無言で彼女を見つめていると「冗談だよ」とツッキーは笑った。冗談には聞こえない。
「てか、そもそも今日来てくれたのも意外だった。いーちゃん、学校であんまり人とつるまないんだもん。すぐ帰るし」
それだけ聞けば私が一匹狼気取っているクールな人間に聞こえるが、残念ながらただ人見知りをこじらせている間に親しい友人を作るきっかけを失っただけである。苦笑いする私にツッキーは「いーちゃんさ」と話を続けた。
「その親ばかキャラ、推していきなよ。明日学校行った時に広めてといてあげるからさ」
「できればやめてほしい」
控えめに拒否をする私に、ツッキーはまた楽し気に笑った。不名誉なことばかり言われている気がするか、本当は私のことを気遣ってくれていたのかもしれない。
「そろそろ帰ろう。もう六時だよ」
そう花宮さんに言われて私は外を見る。気が付けば、窓の外は暗くなっていた。あぁ、そうだ。卵を買って帰らないと。そんなことを考えながら、ツッキーと花宮さんに続き、私も鞄を持って立ち上がった。
「ありがとうね、倉科さん。私もまた話しかけてもいい?」
「あぁ、うん。ぜひとも」
そう言った花宮さんの挨拶は社交辞令だったのかもしれないが、素直に嬉しかった。
***
「おかえり。あ、卵買ってきてくれた?」
私を出迎えたポチの第一声はそれだった。私は「買ってきたよ」と卵を差し出すと、ポチは満足そうに受け取った。
「やっぱり、卵がないとすき焼きは始まらないからね」
「お、今日は好き焼き?」
ポチがニコニコと頷くと、私は「よっしゃ」とガッツポーズをしながら靴をパンプスを脱ぎ室内へ入った。その後に続き、ポチもリビングへと向かう。
「伊周、なんか機嫌よくない? 楽しかったの?」
「まぁまぁね。それに、今日はすき焼きだし」
「一位記念にね」
「ポチ、愛してる」
そう言ってポチの頭を撫でまわす。ポチは「卵が割れる」と喚きながら楽し気に笑い声をあげる。こういうところはさすが犬型だな、と妙なところに感心していると、玄関からインターフォンが聞こえた。こんな時間に誰だろう。実家からの宅配便かもしれない。一応シャチハタを持って玄関へ向かうと、鍵を開けてドアを開く。
そこには、見覚えのない中年女性が立っていた。
その傍らには昨日見かけた鹿の雌のキメラが控えている。妙にフリルが多い、キメラと同じ服に身を包んだ女性は、気難しそうな表情でこちらを見ていた。どこか見覚えがあるような気がするが、ペットを連れて見知らぬ人間の家に訪ねてくる時点で怪しげな匂知り合いはいない。おそらく何かの勧誘だろう。次からはきちんと覗き穴を活用してからドアを開こう。ため息をつきたい気持ちを堪えて、私は一応要件を聴くべく「あの」と口を開いた。
「どちら様ですか?」
「突然お伺いしてすみません。
花宮さんと同じ苗字だな、という単純な感想と面倒くさい気持ちが混ざり合いながら「あぁ、はい」と私は頷いた。
「実は
玲奈と呼ばれた鹿のキメラは、感情のない瞳に無言で私に『キメラ解放宣言』というタイトルのパンフレットを渡す。私は「はぁ、どうも」と頷きドアノブに手を掛けた。
「では取り込み中ですので、すみませんが失礼します」
「あぁ、ちょっと。サインを」
無理矢理ドアを閉めると、再びインターホンがなった。なんと近所迷惑な奴だ。軽く舌打ちをしながら、私はパンフレットを弄びながらリビングへ向かう。リビングでは、机に鍋敷きを用意しているポチがこちらを見て「あ、おかえりぃ」とニヤニヤしながら出迎えてくれた。
「ちょこちょこ聞こえてたけどさ、なかなか厄介そうなお客さんだったよね」
「あぁ、うん。なんかこんなの渡されたよ」
今の一瞬ですっかりくたびれたパンフレットをポチに渡す。ポチはパンフレットをしばらく眺めた後「うーん」と首を傾げた。
「この人達のいう『解放』? っていうの? されても困るかなぁ。今の生活に慣れちゃってるし」
「向上心のないやつめ」
「なにさ、伊周は僕がいなくなってもいいの?」
心外そうに頬を膨らませるポチに、私は「冗談だよ」とその頬を軽く押す。ポチは「ブッ」と小汚い音を出して苦々しい顔をした。
「ちょっと! 可愛らしくない音が出ちゃったじゃん! やめてよ」
そんなあざといところもポチの魅力の一つだが。
私が笑ってやるとポチは「もういい。早く食べよう」と拗ねたようにそっぽを向き、パンフレットを近くのゴミ箱に捨てた。彼がソファに座るのに続いて、私もその隣に腰を掛ける。そして二人そろって手を合わせて、こう呟いた。
「いただきます」
化け物の街 @ume1116
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