第6話 父さんな、伝説の男なんだ


 黒崎が次々と銃器をセットアップしてゆく。この辺りはデスゲーム運営であれば指導を受けているので、誰でもできることだ。しかしその様子を梨々香は魔法で見るような目で見物していた。


 まるで流れ作業のように銃を取り出しては置く黒崎の後ろから、中学校の制服を着た梨々香が首を出して覗き込む。


「あの~……」


 新條は黒崎のあまりの迫力とゲームマスター特権で好きにデータをいじったチートキャラクターを見て、逃げ去っていった。


 というわけで、山荘に残っているのは黒崎と梨々香のふたりだけなのだが。


「あの……、美咲ちゃんのパパ、ですよね? どうして、デスゲームに」

「――!?」


 黒崎は思わず目を剥いた。ともすれば叫んでしまいそうだったが、それは根性で我慢した。


 グッとこらえたまま、向き直る。意識して魔王のような渋い声を出す。


「……なんのことかね。私はたまたまデスゲームに参戦した、生き血を見るのが大好きな人殺士ひとごろし鏖助おうすけと言うものだが」

「あっ、ごめんなさい」


 べろべろと銃口を舐めていると、梨々香は慌てて頭を下げた。


「そうですよね、パパさんも、やむにやまれぬ事情があってきたんですよね……、それなのに詮索するようなことを言って、ごめんなさい」

「いや、そうじゃなくてだね」


 一瞬素に戻ってしまった。バージンヘア―をふるふると振りながら、梨々香は口元を押さえる。


「あっ、そうでした。パパさんはパパさんではありませんよね。ただのその、すごく似ているだけの人ですよね! ごめんなさい、せっかく助けてもらったのに私、空気も読めなくて」

「いや、そうじゃなくてだね」

「でも、あの、もしよかったら……、パパさんって呼んでもいいですか? なんだか知っている人がいるみたいで、安心するので……、ごめんなさい、こんなことを言って」


 うっ、と息が詰まる。鏖助は人の腸を引きずり出して首に巻きながらフラダンスを踊るのが趣味の男だが――という設定を今作ったばかりなのだが――黒崎は戸惑った。


 娘と同い年の子にうるうるとせがまれて、断れる父親がいるだろうか。いや、いない。いるはずもない。


「……まあ、それはいいが」

「っ、ありがとうございます! パパさん!」


 梨々香はパッと顔を明るくした。年の割には大きな胸の前で手を組む。彼女は安心したようにえへへと微笑んだ。


 年端もいかない女の子にこんなにもまっすぐな親愛の情を示されると、ものすごく照れくさくなってくる。


「どうして」

「え?」

「君のような娘さんが、こんなデスゲームなんかに参加しているんだい」


 鏖助が――いや、もうやめよう、自分は黒崎だ――そう尋ねると、梨々香は俯いてしまった。


 この子は好き好んでデスゲーム会社に就職してくるようなトチ狂った社員とは違うのだ。突っ込んだことを聞きすぎたかな、と思ってあまりの申し訳なさで胸がいっぱいになる黒崎であったが。


 梨々香はその場に膝を抱えながら座ると、ぽつぽつと語り出した。


「あの、うちってあんまりお金がなくて、それで、どうしてもお金がほしくて……。そうしていると、ピカレスクゲームのお知らせがあったから私、つい申し込んじゃったんです……」

「だが、これが危険なゲームだと言うのは?」

「あとから知りました。私、なんでも説明書とか読まずに捨てちゃうタイプなんで……」

「……そうか」


 黒崎は黙々と銃器を用意してながらも、その胸の中では滂沱の涙を流していた。


 私は娘の親友ちゃんに、なんてつらいことを言わせてしまったんだ!


 デスゲームに参戦している子なんて、お金が目的に決まっているじゃないか!


 それをこんな心優しい子に聞いて、どうするというのだ! バカ! 私は世界一の大馬鹿ものだ!


 黒崎は洟をすする。銃を置いて、梨々香に向かい合った。その小さな手を両手でぎゅっと握る。


「あっ……、あの、パパさん?」

「私も協力する。最後まで一緒に勝ち残ろう」

「あ……、はいっ」


 梨々香ちゃんは、とてもかわいらしい笑顔でうなずいてくれた。




 その後の黒崎の奮戦っぷりは、まさに魔人のようであった。


 チートで手に入れた超強力なキャラクターで、近づいてくるモンスターをちぎっては投げ、ちぎっては投げ。


 また、その黒崎を倒せば一攫千金が獲得できるのではないかともくろんできた参加者たちに容赦のない火器を浴びせ追い返し。


「やられたばかりでたまるかよ」と言って山荘に戻ってきた新條が見たものは、頭に鉢巻きを巻いて、そこに懐中電灯を差し、両手にアサルトライフルを構え、体にたすきのように弾丸を巻いたスーツ姿の男であった。


「FATHER社はこれだから、なにをするかわかんねえぜ……」と言って、新條はすごすごと帰っていった。あんなやつシュワルツェネッガーかシルヴェスタ・スタローンの映画の中でしか見たことがない。明らかに住む世界が違うだろ。


 結局、黒崎は翌朝の終了時間まで一切の相手を寄せ付けず、まさしく山荘を金城鉄壁へと変えたのであった。







 自分の肩に寄りかかりながら寝息を立てる小さな梨々香を眺めつつ、巻いた弾丸を取り外しながら黒崎は思う。


 ……まあ、さすがにやりすぎてしまったかな、と。


 少女ひとりのためにムキになってピカレスクゲームのイベントを台無しにしてしまった。黒崎にとってはとても大切なことだが、他のみんなにはどう思われるだろうか。


 これだけ長く現場を離れているのも初めてだし。いや、現場には一応いるはいるんだが。


 上司として急に不安になってきた。


 それでも。


 黒崎は静かに梨々香の頭を撫でた。


 たとえ欺瞞であっても、この少女を助けることができたなら、まあいいか、と思う。


 ひとりの父として。今は娘の親友が一番大切なのだ。そう自分に言い聞かせないとやってられない気持ちではあったが、まあそれはそれとして。


 時刻は7時。開始からきっかり9時間後、島中にサイレンが鳴り響いた。


 ウー! ウー! と響き渡るその強烈な音に、梨々香もまた飛び起きる。


「えっ、な、なんですか、パパさん、これ!」

「心配しなくていい。もう戦いは終わったんだ」

「……え? あ、そ、そうなんですか……」


 この9時間の間に、梨々香はすっかりと黒崎に気を許していた。精神的な壁はもうほとんど感じさせない距離感。つまりべったりであった。


 梨々香は黒崎の腕にしがみつきながら、ふるふると震える。


「……すみません、私、パパさんに頼ってばっかりで、なんにも自分でできないで……」


 彼女は悔しそうに唇を噛んでいた。


「こんなんじゃ、なんのためにゲームに参加したのか、わかりませんよね……。私、恥ずかしいです……」


 そんな風に落ち込む彼女を前に、黒崎は『いや、君はまだまだ子どもなんだから別にそれは当たり前だろう』的なことを思っていたのだが、なんとなく今この場で告げるにはふさわしくないセリフなような気がして口をつぐんだ。


 この年頃の娘は難しい。子ども扱いされたがるくせに、子ども扱いされたがらないという狂気の矛盾をはらんだ生命体だ。


 ならばと、黒崎は新人の女性社員にものを教えるような気持ちで言い聞かせる。


「いいかい、梨々香ちゃん。人には向き不向きというものがある。君にデスゲームは本来向いているものではなかったんだ。それを見極めることができなかったのは、君のミスだ」

「……はい、ごめんなさい」


 梨々香は黒崎の指摘を甘んじて受け入れた。じっと黒崎の目を見つめながら、謝る。


 素直な子だ。こんないい子が美咲の親友でいてくれるということが、黒崎にとっては嬉しかった。


「君にはまだまだこれから未来がある。ご両親もきっと心配しているだろう。もう危ないデスゲームに参加してはいけないよ」


 危なくないデスゲームがどこにあるのかはともかく……。


 梨々香は改めてしっかりとうなずいた。


「わかりました。ありがとうございます、パパさん」

「ああ、オジサンとの約束だよ」


 黒崎が頬を緩めると、梨々香もまた微笑んだ。


「はいっ」


 その後、ふたりは手を繋いだまま外に出る。するとそこには運営チームが勢ぞろいをしていた。


 無事ゲームをクリアしたふたりは渡された賞金とともに、この日のゲームを終えるのであった。


 ピカレスクゲーム、特別イベント地獄編、完!





 そうして、参加者たちは薬で眠らされてヘリで東京へと送り届けられている中。


 黒崎は運営チームの待つ小屋へと戻っていった。


 今まで必死に上司の威厳を保っていたのに、きょうばかりはもう取り繕うことはできないだろう。ゲームをめちゃくちゃにしてしまったのだから。


「あ、あの、おつかれさまでーす……」


 揉み手をしながら愛想笑いを浮かべて運営チームの下へと帰ってきた黒崎。


「いやぁ、今回のピカレスクゲームも盛り上がりましたねえ、へへへ……」


 下卑た笑みを見せる黒崎の前に、あの熱血漢の伊藤がやってきた。


 ――怒られる!


 そう思った矢先、彼はがっしりと黒崎の手を掴んできた。


「部長、さすがです!」

「……え?」


 暑苦しい顔を眼前に突き付けられて、黒崎は思わず反射的に聞き返す。


 伊藤は涙ぐんでいた。いったいなにが。


「部長の体を張ってでもゲームを盛り上げようというその作戦、感服しました! でっけえ、部長は本当にでっけえ男です……! 俺、涙があふれてきました!」

「えーっと……」


 あの、どういうことなんだ。


「実際、ほとんど動きがなかったゲームを、部長が参戦することで『あんなに強い敵がいるなんて、これ絶対に死亡イベントじゃねえか!』と思わせて、その中で協力や策謀など、数々のドラマが巻き起こりました。あの新條が、まるで人が変わったように『今回ばかりは絶対に生き延びるぞ!』と一致団結しようとしたり、それも他のやつの裏切りで台無しになったり! 今回は数あるデスゲームの中でも、とてつもなく見ごたえのあるゲームになったんですよ!」

「……」

「いやあ、参加者たちの慌てふためく顔、部長にも見せたかったなあ! なんて、そんなのはすべて部長の手のひらの上だったんでしょうけどね!」


 辺りを見渡せば、運営チームの面々はそれぞれウンウンとうなずいている。


 嘘を見抜くことができる黒崎の直感がこう告げている。こいつらは本気でそう思っているんだ、と。


 自分が本気でそんなつもりでデスゲームに参加したと思っているのだろうか? 本当に? いや、それはさすがにどうかと思うが、でも勘違いしてくれているならいいじゃないか、うん!


「ね、山羊山さん、ね!?」

「そうですね」


 奥の方にいた紫乃がこっそりと指で丸マークを作っていた。ハッとする。彼女がそのように意見を徐々に誘導していってくれたのか。


 なるほど、つまりもうなにも心配することはない――。


「フッ」


 黒崎はポンポンと伊藤の肩を叩いた。


「……お前もそこまでわかるようになったか、伊藤」

「部長うううううううう!」


 黒崎は自信満々に胸を張って、一同に告げる。


「そうとも、大切なのはいかにゲームを面白くするか、だ。ただ作ったシステムを運営するだけでは、一人前にはなれんぞ! ゲームを面白くするのは常に運営の手腕にかかっている! お前たちもそのことを忘れるんじゃないぞ!」

『はい!』


 こうして――、一番後ろで肩を竦めている紫乃以外の気持ちはひとつになった。


 黒崎率いる運営チームもまた、東京へと帰っていく。


 伊藤は最後まで「いや、俺は部長みたいなでっけえ男になるために、泳いで帰ります!」と言い張っていたため、もうなんか面倒なのでみんなで置いて帰った。翌日、海上で力尽きかけていたところを漁船に確保されたとの連絡が社内に届いた。自分の無茶でみんなに迷惑をかけたということで三か月の減給を言い渡された伊藤は、以前より二回りも三回りも小さな男に見えた。


 また、今回の一件で黒崎は『自らデスゲームに参加し、そしてそのゲーム自体を面白くさせながら生き残った男』という名の、ランボーという称号を手にしたのだった――。







 その一週間後の話である。


「パパさん!」

「ん、あ、ああ? 梨々香ちゃんか」


 黒崎が久々の休日に台所に立って、思う存分趣味の食器磨きをしている最中、娘の友達である青山梨々香が遊びに来た。


 彼女は紺色のワンピースを着ていて、なんだか思いっきりオシャレをしているようだ。まるでデートの待ち合わせのようだ。


「美咲なら部屋で待っていると思うよ」

「ううん、いいの。きょうはパパさんに会いに来たんだから!」

「へ、へえ?」


 ずいずいと顔を近づけてきた梨々香は、黒崎の顔を覗き込みながら、えへへと笑みを浮かべる。


 なんだろうこれは。尋常ならざる好意を感じる。


 時折、勘違いした新入社員が黒崎に向けるものと、同じような視線だ。


 いや、さすがに娘の親友はマズかろう。額に汗が浮かんでしまう。


「パパさん、こないだの節は、本当にありがとうございます!」

「な、なんのことかな」


 目を逸らすと、梨々香はまるでイタズラっ子のようにほくそ笑む。


 そこにようやく美咲が降りてきてくれた。


「あー、りりちゃん、来てたんだー。もう言ってよー」

「えへへー、みさちゃんー、はいこれ誕生日プレゼントー!」

「えっ!? あたしに? いいのー!?」

「うんっ、一週間遅れだけど……、気に入ってくれたら嬉しいな」

「わーい、ありがとうー!」


 そういえばデスゲームの賞金が振り込まれたのは昨日のはずだ。梨々香は『自分はズルしてクリアをしたようなものだから、賞金はいりません。その代わりによかったら現物であるものをください』などと言っていたので、黒崎が自ら購入して梨々香の家のポストに投函しておいた。


 それが今、なぜか美咲の手に渡っている。ビリビリと包み紙を剥がすと現れたのは、駅前にある百貨店の二階で売られているブローチだった。


「すごい、こんなのどうしたの!?」

「えへへ、それはね――」


 梨々香の目が意味ありげに黒崎を撫でた。


「――私とパパさんだけの、ヒミツだよ」


 美咲はしばらく首を傾げていたが、その後にひそかにつぶやいた「……なんか、お父さん、あやし~なぁ……」という言葉を聞いて、黒崎は思わずショック死してしまうところであった。


 娘といえども女。女のカンは並大抵のものではない。黒崎は逃げるようにしてその場を後にし、休みだというのに会社へと向かうことにした。




 デスゲームで数々の伝説を打ち立てた男、黒崎鋭司ですら、娘とその親友には歯が立たないのであった――!

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