第4話 父さんな、娘の誕生会に出たかったんだ


 ピカレスクゲームの運営も落ち着きを見せ始めてきた頃、娘の誕生会があった。


 どうも休日の昼からやるらしいので、父さんも休みを取って参加しちゃうぞー、と黒崎がワクワクしていたら、妻から「美咲の友達もたくさん来るみたいだから、さすがにそれは」などとやんわり止められてしまった。


「いいじゃないか! 父さんがその場にいても! むしろなにが悪いんだ! 私も美咲の誕生日を祝いたいんだ!」と気分的には騒ぎたかったが、そこは父親の余裕を保って納得した。娘のアルバムを抱きながら深酒してしまったのも、納得の範疇だろう。


 というわけで誕生日の夜に大きなクマさんのぬいぐるみをプレゼントし、「もうお父さんってば、いつまでもぬいぐるみで喜ぶわけじゃないんだからね。あたしもう中学生だよ?」と指摘されてギクッとなりつつも、その日は娘がクマのぬいぐるみを抱いて寝たのでホッと胸を撫で下ろして。


 そんな感じで、妻と晩酌している最中の話である。


「へえ、梨々香りりかちゃんは来れなかったのか」

「そうなの、美咲もちょっと寂しそうだったわ。梨々香ちゃんのこと、大好きだから」


 梨々香ちゃんとは美咲の小学生からの親友である。


「やっぱり空いた席に父さんも座ればよかったかな」

「そういう話じゃないと思うの」


 空いたグラスにビールを注ぎながら、妻が苦笑した。


「あなたって本当に美咲にデレデレなんだから」

「もちろんだ。梨々香ちゃんに負けないぐらい、美咲のことが大好きに決まっている」

「娘の友達に張り合ってどうするのよ」


 えっへんと胸を張るようにして、黒崎はビールをあおった。会社での苦労を忘れられる、今が世界で一番幸せな時間だった。




「おはようございます、部長」

「ああ、おはよ――うわあ」


 会社の自分の席につくなり、殺人鬼がつけるような熊のアニマルマスクをかぶった社員がやってきた。


「って、な、なんだ、山羊山くんか? 驚かせないでくれ。なんだねその格好は」

「衣装部から次のデスゲームで使うから、その試着をと。いい反応をありがとうございます」


 紫乃は一礼すると、抱えていたクリップボードになにやら書き込む。驚いた人に○をつけているようだ。


 下は女もののスーツで、上だけアニマルマスクというのはなかなかインパクトがある姿だ。デスゲームの運営としてはなかなかふさわしい格好にも見える。


「……それはいいとして、きょうの予定は?」

「21時より、ピカレスクゲーム特別イベント会場において、運営からのご挨拶が入っています」

「そんな遅くにか。私がいかないとダメかね?」

「本日、その時間に空いているのは部長か伊藤のみとなっておりますが」


 黒崎は熱血社員である伊藤がデスゲーム参加者に挨拶をする光景を想像してみた。


『なあ、お前たちの命の輝きをみせてくれよ! 俺たちはそれが見たいんだ! 死を目の前にしたからこそ、お前たちの魂はピカピカに光っている! さあ、熱い試合を見せてくれ! 盛り上がっていこうぜ! ヒュー!』


 ダメだな。


「私が行こう……」

「賢明なご判断かと」


 紫乃はアニマルマスクで頭を下げて、スタスタと歩いてゆく。


 とりあえず黒崎もきょうの業務を片付けることにした。


 問題はその日の夜、起こった。




 本日はピカレスクゲームの参加者の中でも、特別に選ばれた100名が参加するイベントだ。


 黒崎はヘリで目的地へと向かっていた。会場はFATHER社が所有する絶海の孤島である。


 今回はモンスター100体vsプレイヤー100体という名目で行なわれる勝負だが、しかしプレイヤー同士の戦いを禁じるようなルールはない。


 プレイヤー同士が争えばそれだけ最終的な取り分が大きくなるし、中にはあからさまに争いを促すようなルールもある。


 ヘリでも悠々とPCを開いて作業をしている山羊山(今度は兎のアニマルマスクである)がディスプレイから目を離さずにつぶやく。


「しかし、イベントを開始するタイミングが早いですね」

「うむ。例の一件以来、参加者の間でも様子見が続いているからな。今回のイベントでこれがどのように遊ぶゲームなのかというのを、わかってもらおうと思ってな」

「デモンストレーションのようなものですね。では用意したこの銃器の山は?」

「AR同士の戦いだけに気を取られていると、後ろから味方と思っていたはずの参加者に撃ち殺されるわけだ。ククク、今回のデスゲームは非常にスリリングだぞ。視聴するお偉い方も大満足の出来に違いない」


 流石です、と言って山羊山は小さく頭を下げた。ぶるんと着ぐるみの頭が回ってちょっとこわい。


「では、こちらが今回の参加者リストです」

「どうせ金に目がくらんだやつしかいないんだろ。誰が勝とうが知ったことではない。いちいち見るほどの価値は」


 雑に書類をめくっていた黒崎の目が点になる。


 指がぷるぷると震えていた。


「……おい、山羊山くん。ここに、中学一年生というのが参加しているのだが」

「デスゲーム法で決められている参加資格は三歳以上です。問題はないかと」


 問題がない? 大ありだ。


 そこに記載されていた名前は青山あおやま梨々香りりか


 言うまでもなく――、美咲の親友であった。




 孤島に建てられた運営事務所につくなり黒崎がおかしなことを言い出した。


「第一試験は、学力テストにしよう」

「ええっ!?」

「で、デスゲームですよ!?」

「前代未聞です!」


 黒崎はしかし業界で伝説と呼ばれた男だ。思い付きでそんな発言をするはずがない。チームのみんなは続く黒崎の台詞を待った。


 もちろん黒崎は美咲の親友の無事を確保したいだけだ。娘の悲しむ顔を見るぐらいなら、死んだ方がマシである。


 ただそれにしても、社内での立場というものがある。なるべく円満に解決しなければならない。


 黒崎は腕を振り上げながら語る。


「第一試験で敗退するような参加者は学のないものだ。品と色気は知性に宿ると言う。私たちの作るデスゲームは一流が見る一流のデスゲームでなければいけない。そのための学力試験だ! 今すぐ行なうぞ!」

「あっ、でも待ってください!」


 そこで黒崎が来るまで運営チームをまとめていた男、伊藤いとう黄太郎きたろうが手を挙げた。

 

「部長の用意した問題、中学2年生の参考書ですよね!? 今回のイベントに参加している子の最少年齢は、中学1年生ですよ! カリキュラムで習っていません! これって不公平じゃないですか!?」


 えっ、そうだったー? 偶然偶然ー! などといってごまかすパターンも考えたが、ここは業界で伝説と呼ばれた男、黒崎だ。彼は逆ギレをした。


「不公平、だと?」


 黒崎はギロリと目をつり上げる。その眼光に熱血漢である伊藤も震え上がった。


「お前はなにを言っている。この世にひとつでも公平なものがあるというのか? デスゲーム自体がそうだろう。ナイフを器用に扱えるものが有利。銃器の心得があるものが有利。早く走れるものが有利。なんだったら女よりも圧倒的に男のほうが有利だ。ならばどうする? スポーツのようにすべての基準を定めて企画するか? 殺しを習ったものだけで決着をつけるか? くだらない! そんなもんじゃないだろう、デスゲームというのは!」

「あ、ああ……」


 伊藤は目を見開く。己の浅慮を悔やむように、こうべを垂れた。


「すみません、部長……! 俺、なんにもわかっていませんでした……!」


 その目に涙がにじむ。


「デスゲームは生まれや生い立ち、そんな資本主義の不公平を己の力だけでひっくり返すための、なによりも公平なゲーム! どんな美人も金持ちも格闘家も死んだらおしまいっていう、世界一公平なゲーム! だからこそデスゲームには夢が溢れている! それなのに俺は、目先の不公平なんかに目を奪われて……、俺は、俺はなんてちっちぇ人間なんだ……! ああ、部長の器のでかさに涙がとまらねえ……!」

「う、うむ。わかってくれたらそれでいいのだ」

「俺、今すぐ中2の参考書買ってきます!」

「ここは絶海の孤島だぞ!?」

「へへっ、泳ぎ得意なんすよ!」

「やめろ! 戻れ!」




 あーだこーだあった挙句、集まった金目当ての男や、ただ人を殺したいだけのサイコパスどもは、わけもわからずに中2の参考書を解かせられた。


「なんでこんな問題……」

「俺はただ楽して金が儲かるからってここに来たのに……」

「げへへ、早く人殺してえぜ……。連立方程式、難しいぜえ……」


 100人の明らかにカタギじゃないやつも混じっている男女が、孤島の廃校で薄明かりを頼りにカリカリと問題集を解く。その光景はとてつもなくシュールだ。


「……」


 その隅っこには、真剣な顔でテスト問題に取り組んでいる中学校の制服を着た、場違いな少女がいるのであった。





 したところ、青山梨々香ちゃんは見事上から13番目の成績で第一関門を突破した。


 美咲の親友は、ちゃんと来年の予習もしていて偉いのであった!


「ああああああああ!」


 机に向かい頭を抱えながら黒崎は発狂寸前の気持ちで叫ぶ。なぜ中2という問題で妥協してしまったのか! 高校生や大学生の問題を出しておけばそんなことには! それはそれで参加者がいなくなってしまうだろうと思ったのが敗因だ!


 そばに控える紫乃はのんびりとお茶をすすりながら「いやあ孤島は冷えますね」とか言っている。彼女はFATHER社の中でも黒崎の良きパパとしての顔を知っている稀有な人物だ。好きなお茶は梅昆布茶である。


 それはさておきだ。黒崎はいつまでも絶望しているわけにはいかない。こうなったらもう、自分の力で。なんとかするしかない。


 梨々香のスタート地点はC4エリアの山荘近くだ。


 黒崎は急いでバインダーをめくる。携帯してきた銃器やアイテムの中には、それを見つければパワーバランスが一瞬でひっくり返るようなものもたくさんある。


 無線機を手に取って、黒崎は指示を下した。


「黒崎だ。装備品を今すぐ移動しろ。そうだ、あと15分でスタートしてしまう! だから今すぐにだ! C4エリアにショットガンと拳銃二丁、それにライフルと銃弾、サバイバルキット一式、防弾チョッキもを配置せよ! 防弾チョッキは150センチぐらいの子が着れるサイズのものを置いておけよ! なに、それではほぼすべての銃器がC4エリアに集まってしまうだと!? 今回はそういう方針なんだよ! よし、よろしく頼む!」


 美咲の親友だけは絶対に死守しなければ。


 グッと無線機を握り締める手に力がこもる。


 デスゲーム運営部門統括部部長、黒崎鋭司38歳、たったひとりの戦いが始まるのである――。

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