第3話 父さんな、中間管理職なんだ
FATHERビルの21階にて、役員たちはずらっと座りながら黒崎を待ち構えていた。
「いったいどういうことか、説明してもらおうか」
昨夜会食ではデレデレだった重役のみなさんが、今は眼光だけで鬼を殺すような目をしている。こわい。
まるで審問会のようである。
黒崎は背筋にだらだらと脂汗を流していた。
「君は昨夜、なにも心配はいらないと言っていたね?」
「なあ、希望の星くんよ」
「ピカレスクゲームはこれからも我が社を支える大事な基盤となるプロジェクトだ。君も知っての通り、多額の資金を投入したのだ。それがもし失敗に終わったとなったら……。わかるね?」
わかるとも。クビは免れないだろう。いや、むしろクビで済めばいいほうだ。最悪の想像が頭をよぎる。
100万人が789人になったのだ。一晩でこれまで99万9211人を廃人にした運営は歴史上でも類を見ない。
とりあえずなんとしてでもこの場は切り抜けなければ。この場だけは!
そこで黒崎は薄い笑みを浮かべた。あえて狩人のように。
役員室がざわつく。
「なにがおかしいと言うのか、君!」
「失礼だぞ!」
黒崎は芝居掛かった仕草で肩をすくめる。
「いやね、皆さまこそ、昨夜私を信じてくださったはずがまさか一夜にして手のひらを返してくれるとは、思わなかったものでね」
普通、100万人が789人になれば誰でも手のひらを返すものだが、それはさておき。
「ずいぶんと私を過小評価しておりますね」
その言葉に一同がざわついた。
黒崎は追い詰められていたが、しかし重役たちもまた追い詰められていた。
彼らもまた会社と一緒に沈没なんてしたくないはずだ。
だから今、彼らが求めているのは、安心なのだ!
黒崎は彼らを安心させるためだけに、口元をつり上げた。
「100万人が789人になった? それがどうかしましたか。皆さまはひょっとして、このままピカレスクゲームが終わってしまうのではないかと危惧されているのでは?」
そりゃそうだ。当たり前だ。だってもう参加者は789人しかいないんだし。
だが、あまりにも堂々として、なにひとつ後ろめたいことなどありませぬといった雰囲気の黒崎に押されて、重役たちも顔を見合わせる。
「いや、私たちは、なあ?」
「そうそう、ちょっと詳細を知りたかっただけで」
この時点で重役たちは、今黒崎を疑っていたらあとからピカレスクゲームが盛り返したときになんか言われる気がして、軌道修正に入りつつあった。
「もしこれが君の仕掛けだというのなら、先に言っておいてくれるのが筋というものではないか?」
もっともである。だってこうなるとは黒崎も思っていなかったし。
しかしその言葉にも黒崎はたじろぐことなく両手を広げた。
「それは申し訳ございません。次からは気を付けましょう。ですが――」
これまで数々の参加者に絶望を突きつけてきた迫力を醸し出しながら、黒崎は重役たちを見回して言った。
「――なにが起きるかわからない。それこそがデスゲームの醍醐味であるとは、思いませんか?」
会社に多額の損失を出しそうになった男の言葉とは思えないセリフだが、とりあえず場の流れに飲まれた重役たちは納得してくれたようだ。
さて、とりあえず危機は去った。
――問題はここからである。
黒崎はエレベーターに乗り込むと、カードキーを差し込み、地下三階のボタンを猛プッシュする。
階層表示が流れてゆく。その速度の遅さにイライラが止まらない。
「どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。クソッ、クソッ」
胸ポケットを思わずさぐる。だがタバコは娘が産まれたときにやめたのだ。副流煙は娘の健康を害してしまうのだ。
仕方ないので歯噛みして待つと、エレベーターは地下三階に到着した。降りるなり大股で歩いてゆく。このフロアはたったひとりの天才のための研究室となっており、ここに入れる人物もごく限られている。
いつも通り、彼はフロアの奥まった場所にいた。十二面のディスプレイに埋もれるようにして、ボサボサの金髪が生えている。
「博士!」
黒崎が怒鳴るも、反応はない。
「スティーブン博士!」
もう一度怒鳴り、前に回り込むと、スティーブンは足を組みながら頬杖をついていた。相変わらず人を食ったような笑みで、こちらをニヤニヤと見つめている。
過去になにをやっていたのかはよく知らないが、この男はFATHERのデスゲームに関するあらゆるシステムをひとりでサポートする怪物だ。
「おやおや、黒崎くんじゃないか。いったいどうかしたかね? そんな血相を変えて」
胸ぐらを掴んでやりたい気持ちをグッとこらえる。
「……博士がやったんですよね、ピカレスクゲームの件」
「ほう、早くもそこまで突き止めたか。さすがだな、黒崎くん」
スティーヴンは悪人顔で笑う。
てめえ以外に誰がいるんだよ、という言葉がのどまで出かかる。拳を握って耐える。一応、彼は上司なのだ。
「……、なぜあんなことを」
すると今回の事件の元凶であるスティーブンは遠い目をした。
「黒崎くん、キミはこの世界をどう思う?」
「え? いや、どうもこうも」
「僕はね、常々この世界は腐っていると思っている」
やばい。出た。スティーブンのポエムの時間だ。
この男、仕事はできるのだが人間性に非常に問題がある。
端的に言えば、たびたび悪の帝王みたいなことを言い出すのだ。
「人間はこの地球を我が物顔で歩き回り、そのために自分たちこそが支配者であると高をくくっている。ならばその人類に罰を与える存在……そう、神と呼ばれる者が必要だとは、思わないか?」
「あ、はい」
黒崎が同意したことに気をよくして、スティーブンの舌がさらに回る。
「そうさ、人間どもには思い知らせてやらなければならない。誰が神であるかをな。そのときこそ、やつらは知るだろう。今の日常が薄氷の上の幸せでしかなかったことに。ククク、これが代行者たる僕の役目なのだよ」
違いますよ、あなたの仕事はシステムを滞りなく運営することですよ。
急に痛み出した胃をスーツの上から押さえながら、黒崎は苦い顔をする。
「それで、あの、いったいなにをしたんですか」
「ちょっと弱すぎると思ったから、モンスターを強くしたのだ」
「なぜ私に連絡もせず」
「神がいちいち下々の者に許可を取るかね? 止められては困るから、モニタされているプレイヤー人数もスクリーンさせてもらったよ」
今すぐドンキ―で包丁を買ってきて俺とお前のデスゲームの始まりだオラァ! と叫びたい気持ちを黒崎は娘の顔を思い出しながら耐えた。
「……とにかく、戻してもらわないと困ります。このままではあなたも私もクビだ」
「一文無しになったら僕たちもピカレスクゲームに参加しよう。なあに攻略法はわかっている」
「その前にFATHER社が潰れますよ」
黒崎はスマホを取り出してスティーブンに突きつけた。そのツイッターには『【悲報】FATHER社、ついに会社の未来までデスする』と書かれている。
ふむ、とスティーブンは顎に手を当てた。
「……まあ、手はないわけではないよ」
運営部のフロアに戻った黒崎はとりあえず胃薬を飲んでから、チームのみんなを集めた。
そして告げる。
「
チームの面々がざわついた。
手を挙げるのは今年新卒で入社したばかりの女性。白坂遥であった。
「あの、それは昨日の段階にデータを巻き戻す。ということですよね」
「そうだ」
「でも、みんな廃人になっているんですよね」
「ああ」
どうやって……、とそんな雰囲気が漂う。
「大丈夫だ、方法がある」
黒崎がそう言うと紫乃がホワイトボードを引っ張ってきた。彼女はキュポッとマジックの蓋を取って、黒崎の言葉をそこに書き込んでゆく。
「本来のデスゲームは死ねば終わりだ。だが今回のピカレスクゲームはプレイヤーを廃人にするだけのものだろう。そこに違いがある。実はプレイヤーの精神は、地下のサーバーに蓄えられているのだ。詳しくは省くが……」
この話をスティーブンに聞かされたとき、黒崎は心の底からホッとして、その場に崩れ落ちてしまいそうだった。これで首の皮一枚つながった……と思ったものだ。
紫乃が『精神大丈夫!』とか『問題なし!』とか『黒崎生存!』だとかを書き込んでゆく。
こめかみをひきつらせながら、黒崎はさらに語る。
「なので、ゲームを昨夜の状態に戻すことは可能だ。プレイヤーにはチュートリアルだったとかなんとか運営からのお知らせを追加しておけば問題ない。それでは、今から突貫作業に入る。悪いがみんな、付き合ってくれ」
部下たちは顔を見合わせた。
そのうちのひとりが手を挙げる。山羊山の同期である伊藤黄太郎だ。彼はひと際、仕事熱心な男だった。
「待ってください部長! そんなの納得できません!」
「え?」
いや納得できるとかできないとかじゃなくて、やってもらわないと困るんだけど……。
「だって一度死んだものを生き返らせるなんて、そんなのデスゲームの理念に反しているじゃないですか! 命はたったひとつだからこそ尊いっていうのが、デスゲームのモットーなんじゃないですか!?」
「え、いや……」
「俺たちそんな中途半端な気持ちで仕事していません! デスゲーム運営は毅然としているべきだと思います! 納得のいかないプレイヤーに会社を強襲されたときのために戦闘訓練だって受けています! いつ殺されたって構わないって、そんな覚悟でやっているんですよ! それなのに、こっちの都合でルールを破るなんて、そんな、そんな……! それじゃあなんのためにデスゲーム運営になったっていうんですか!」
いや、妻子を養うためだし……。
ひたすら悔しそうに拳を握る伊藤に、仕事なんだから黙って従え、と頭ごなしに言いつけることは簡単だ。しかしそれでは示しがつかない。
気づけばチームのみんなはなにかを期待するような目でこちらを見つめていた。うっ、と黒崎は内心でうめく。
くそう、なんでこんなことに。これもすべてスティーブンのせいだ。黒崎は必死に考える。
だめだ、あまり黙り込んでいるのも感じが悪いので、とりあえず行き当たりばったりに喋るしかない!
「……なあ伊藤。命はなぜひとつしかないんだろうな?」
「えっ!? それは、やっぱり命の大切さを知るために……」
「そうじゃないだろう、伊藤。もしお前に命がふたつあって、しかしそのひとつの命が十歳のときになくなったらどうする?」
「えっと……、それは、すごく焦ると思います。だってふたつあったのがもうひとつしかないんですから」
「そうだろう。命の大切さがより身に染みるよなあ?」
ハッ、と伊藤は気づいた顔をした。
「まさか、そのために参加者の99・9%を初日に殺したっていうんですか……?」
「ククク」
黒崎はスティーブンを真似たような悪い笑みを浮かべた。
適当にしゃべったのになんかいい方向に転がった。そうだ、これがこの業界で伝説と呼ばれた男のアドリブ力なのだ。
「多くのバカどもは命がたったひとつしかないという事実にすら、気づいていない。ダメなのだそれでは。自分は死ぬはずがないだと? あるはずがない。だが、バカどもは楽観的な気分をいつまでも捨てきれない。違うのだよ。そんなつもりでデスゲームをやってもらっては困る。だから、皆には一度痛い目を見せなければならない。見せしめに殺すのでは生ぬるい。『死の感触』をまずダイレクトに味わってもらわなければなあ!」
はっはっは、と黒崎は豪快に笑った。
おお~……、とチームのみんなはぱちぱちとまばらな拍手をした。
そんな中、伊藤はキラキラとした目でこちらを仰ぎ見ている。
「ああ、なるほど、なるほど……! それこそが、命の尊さ……! わかりました部長! 俺の考えがあさはかでした!」
「いいんだ、伊藤。お前の熱意は買っている。これからもがんばってくれよ」
「ああ、でっけえ……! 部長はなんてでっけえ人なんだ……! 俺、がんばります! 部長みたいな立派なデスゲーム運営になれるように!」
「はっはっは」
黒崎はパンパンと手を打った。
「さ! みんな作業に入ってくれ! このチュートリアルを通過したプレイヤーたちは前より一層本気で生き残ってくれるために、命の輝きを見せてくれるはずだ! 我々はその正しさを信じ、示していこうじゃないか! なあ!」
こうしてチームは危機を乗り切り、さらに結束を高めてゆく。
黒崎もまた、あと18年残っている家のローンと娘の学費が助かったことで、胸を撫で下ろした。
重役にしぼられ、スティーブンに振り回され、部下にも気を遣い、今回の件だけで1キロ痩せた黒崎はしかし、翌日には気合みなぎる万全の体調で出社してきた。
部下たちは知らない。鉄人と呼ばれる男、黒崎鋭司を彼を支えているものが娘の愛情であることを。妻と一緒に作ったらしい娘の特製手料理を食べたことで、まるでポパイのように元気満々になったということを……。
デスゲーム運営の日常は波乱に満ち溢れている。これはそんな黒崎の栄光と没落の日々を描いた物語である――!
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