第2話 父さんな、首になるかもしれないんだ
「黒崎くん、期待しているよ」
「そうとも、黒崎くんならやってくれると信じているよ」
「黒崎くんは我が社の希望の星だからね」
重役たちが勢ぞろいする料亭での会食である。
「ハッ、私にお任せください」
もう食べるものの味なんてわかんねえよ、と黒崎は思う。自社だけではなく、スポンサーや広告代理店のお偉いさんなど、多数が集まっているのだ。
名目はデスゲーム界に舞い降りた天才黒崎を励ます会! なのだが、その本当の目的は明日のデスゲームってマジ大丈夫なん? と探りを入れる会だ。
どっちみち失敗できないことに変わりはないのだ。このような会を開かれること自体が不本意であった。
せめて山羊山くんが隣にいてくれたらと思うのだが、彼女は明日の準備があるのでさっさと会社に戻ってしまった。
黒崎は今、まな板の上の鯉状態である。酒もあまり得意ではないのでただ耐えるしかない。いったいこれはなんの時間なんだ……、と机の下の手がぷるぷると震えていた。
そこで、重役のひとりがお猪口を手に問いかけてきた。
「ところで、君にはなにも心配をしていないのだが……、大丈夫なのかね? その、彼は」
その途端、重役のみんなが『来たか』という顔をした。
この場で差す彼といえば、ひとりしかいない。
『ピカレスクゲーム』を支えるシステムの開発者であり、FATHER社が誇る稀代の天才――スティーブン・ハートのことだろう。
スティーブンは確かに天才だが、その才能と同じぐらいに性格がブッ壊れている男である。会社勤めに必要な資質を一ミクロンももっていない彼に対し、重役たちは不安というかむしろ怯えている節さえある。
部屋はシーンと静まり返っていた。結局みんな、スティーブンの話が聞きたかったのだろう。
黒崎は慎重に言葉を選びながら返す。
「ええ、まあ、彼はなんというか、非常に特殊な人物ですから。皆さまが懸念されるようなこともわかります。独断、暴走、あるいは意図的なバグ……、スティーブンが望むならそういったものは容易に行なうことができるでしょう」
重役たちの顔色が青ざめた。ぷるぷると子ウサギのように震え出す。
そこで黒崎は破顔した。
「――私の管理下でなければ、ね」
うおー! と重役たちが拳を突き上げた。
「さすがは黒崎くんだ!」
「我らの希望の星よ!」
「しっかりと手綱を握っておいてくれよ!」
「ええ、もちろんです」
その場は盛り上がったものの、やはりネチネチとした小言を言われ続け、ようやく開放されたのは21時過ぎ。
会社に顔を出した後、家につく頃には24時を回ってしまっていた。
黒崎が30年ローンで建てた新築の我が家へと帰ると、妻はリビングで起きて待っていてくれた。
「なんだ、まだ寝ていなかったのか」
「あら、待っていたらダメだった?」
「そういうわけじゃないよ」
黒崎は慌てて手を振った。妻はむくれたフリをしたあとで、ニッコリと微笑む。
「きょうね、美咲が授業で『将来の夢』っていう作文を書かせられたんだって」
「へえ、美咲はなにになりたいんだ?」
黒崎美咲は中学一年生になったばかりの娘である。
妻はもったいぶるように笑ってから、口に手を当ててささやく。
「花屋さんだって」
「まるで小学生みたいだな」
背広を脱ぎながら笑う黒崎に。
「でも、本当は他になりたいものがあったけど、直前で恥ずかしくなっちゃって、花屋さんに書き換えたそうよ」
「まるでクイズみたいだな」
「お嫁さん、だって」
黒崎の笑顔がこわばった。
「……誰か、好きな奴ができたのか?」
「そういうわけじゃないみたいだけど」
妻は上品に笑う。
「『将来はパパみたいなカッコいい人と結婚したいな』だって。愛されているわね、パパ」
「……」
黒崎はリビングを出て、そっと娘の部屋のドアを開く。
妻似の美人顔の娘がベッドの上で寝息を立てている。
中学一年生にもなれば反抗期を迎えたり、父親をうとましく扱うものだとよく言われるが、美咲はそういったこともなく今でも黒崎にべったりであった。
昔はパパと結婚すると言っていた娘がこんなに大きくなった。そのことになぜか黒崎は目がしらに熱いものを感じる。
デスゲーム運営はあまり人に誇れる仕事ではないから、その内容を黒崎は家族にも話していない。昨今、デスゲームというものはお金のない人間にとっての一発逆転方法であり、それなりに社会的な地位も築いているのだが、やはり偏見の目で見られることも多々あるからだ。
それでも妻は献身的に自分を支えてくれるし、娘はすくすくと愛らしく健康に育ってくれている。
「……パパ、だいすき……」
そのとき、ベッドの中から聞こえてきたかすかな声に、黒崎は驚いた。起きていたのかと思ったが、それは美咲の寝言のようだ。
遠くからそっと顔を覗けば、娘はかすかに笑っていた。
「おしごと……、がんばってね……」
再びジーンと胸が熱くなる。黒崎はひとりひそかに拳を握り締めた。
「……がんばらないとな」
翌日、15時からプロジェクト:ピカレスクゲームは稼働する。
黒崎を含むピカレスク運営チームは、固唾を呑んでそのときを待っていた。
一般的なデスゲームは密室型と劇場型、そして日常型の三種類に分けられる。
密室型デスゲームは一番ポピュラーで製作費も安い。たとえば監獄に男女六名を集めて、互いに殺し合わせるタイプだ。こういったものはどちらかというとメンバーの選定が大切なので、地域密着型のデスゲーム企業が行なう。
次に劇場型はもう少し規模が大きい。ひとつの学校を丸ごとだったり、ひとつの街を丸ごと舞台にして、殺し合いを行なわせる。生存者はさらなるステージに進んだりする場合が多い。国家権力を丸め込む必要もあるため、一部のデスゲーム企業以外は開催を許されていない。
ちなみに現在、デスゲーム法はかなり厳しく定められており、望まない参加者がプレイすることは禁止されているため、参加メンバーはだいたいカネ目的か快楽殺人者のみである。その場合、劇場型にしても非参加者はなんかすごい力で守られる。国家権力とか。
そして最後に日常型だ。
これは参加者を指定した後に、その参加者がどう行動しようが自由。参加者同士が出会った場合に殺し合いが発生するというものだ。
つまりどれくらいの期間がかかるかわからない上に、場所の指定ができないのでもみ消しに多額の予算がかかるのだ。FATHERを含めた数社以外に開催実績はない。
ピカレスクゲームの分類は、日常型である。
倒したものからポイントを奪って、ポイントを集めればほとんどの欲望を叶えることができる。基本はシンプルだ。
ゲームは各自それぞれアプリをダウンロードする必要がある。スマートフォンに『ピカレスクゲーム』をダウンロードした参加者は、ダウンロードした者同士で殺し合いをする。
だがそれは、通常の殺し合いではない。
――拡張現実の機能を使い、お互いの作ったキャラクターで、AR空間での殺し合いをするのだ。
つまり見た目には、スマホを構えたままにらみ合っているだけ、となる。
それではただのゲームじゃないか! どこがデスゲームなんだ! そういう意見も多数あがった。
それを可能にしたのが、スティーブン・ハートの作った技術、アプリダイバーである。
――AR空間でキャラクターが殺された者は、廃人になるのだ。
これによって、ピカレスクゲームのバトルは通常のデスゲームとなんら変わらないリスクが発生した。
二年の準備期間をかけて、ピカレスクゲームの開催が今まさに始まる。
そばに控えていた紫乃が腕時計を見下ろし、つぶやく。
「時間です」
「ああ」
ピカレスクゲームが配信された。
今頃、都内の選りすぐりのデスゲーマーどもに100万人にアプリが届いているはずだ。そこから本格的に殺し合いが始まるのは夜になってのことだろう。
チームの面々はそれぞれの仕事に戻ってゆく。その場に残ったのは黒崎と山羊山だけだ。
「しかし、大丈夫でしょうか」
「なにがだ?」
「ピカレスクゲームのバランスですよ」
「ああ」
ピカレスクゲームは単純なプレイヤー同士の殺し合いではない。そのアプリを起動した者はプレイヤーだけにではなく、街に配置されたARモンスターにも襲われることになる。
モンスターを倒してもポイントがもらえるし、もちろん殺されたらその場で廃人になる。
紫乃は表情を変えずに言う。
「モンスターが多少弱いかな、と思うのですが」
「山羊山くんの懸念もわかる。だが最初はこんなものだろう。私たちはゲームを作って熟知してきたからこそ、攻略法も知っている。けれど、プレイヤーにとっては日常に突然化け物が現れたも同然だ。金のためとはいえ、最初からそこまで覚悟を決められる者はいないよ」
黒崎が言うと、紫乃は小さく頭を下げた。
「すみません、わたしが浅慮でした」
「なぁに、いつも山羊山くんは完璧だからね。たまにはそう言ったことを言ってくれたほうが私も安心する」
「では部長は、初日でプレイヤーは何人くらい減ると予想しますか?」
「そうだな」
黒崎は視線を虚空に浮かべる。
「100万人のゲームとはいえ、初日は様子見が多いだろう。モンスターに殺される人も含めて、100万人ほとんど残るんじゃないかな。もちろん少しずつ減っていってもらわないと、運営側としては困るからな」
「いきなり大きく減ると、デスゲームの寿命も短くなりますもんね」
「俗なことを言うとそうだ。このピカレスクゲームに投入した額を考えると、半年はもってもらわないと困る。私も責任を取らされるだろうしな」
そこで黒崎は、はっはっは、と余裕の笑い声をあげた。
「そのために何度もテストをして、完璧なバランスに調整したのだ。この黒崎鋭司に抜かりはない」
「もちろんです」
紫乃は人形のようにうなずく。
「部長に出世してもらわないと、わたしも後に続けませんから。しっかりと出世コースを歩んでくださいね。そばで見守っております」
「ほう、それはプロポーズの言葉かね?」
「奥さんと別れたらご一報ください」
「いや、それは」
黒崎はハンカチで額の汗を拭う。
日常型デスゲーム、ピカレスクゲームはこうしてひっそりと稼働を開始し――。
――事件は次の日、起きた。
翌日、出社した黒崎はまるでFXで全財産を溶かした男のような顔でうめいた。
「え? 参加者が」
「はい」
さすがの紫乃もこめかみをひきつらせながら答えた。
「一晩で100万人から、789人になりました。そのほとんどがモンスターに殺されて。参加者が次々と運び込まれて、都内の病院は火をつけたような騒ぎです」
アナウンスが鳴った。
『デスゲーム運営部門統括部部長、黒崎鋭司。今すぐ役員室に来たまえ』
紫乃が拝むように両手を合わせた。
「今までお世話になりました」
黒崎は崩れ落ちそうになる自分の体を支えることでいっぱいいっぱいであった。
どうしてこんなことになってしまったんだ。
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