父さんな、デスゲーム運営で食っているんだ
みかみてれん(個人用)
第1話 父さんな、プレゼンするんだ
――夜の山道をひとりの少年が駆けている。
その顔は恐怖に歪み、涙すらもにじんでいた。
『ちくしょう! なんで俺がこんな! こんなことに!』
手も足も擦り傷だらけで、高校の制服はところどころが破れている。彼は必死になにかから逃げていた。
だが、急に足場が消失する。急に段差があったのだ。そのまま下り坂を転げ落ちた少年はやがてなにか柔らかいものにぶつかって止まった。
『いってぇ……、クソ、楽して金が儲かるからって、こんな怪しいゲームに参加したってのに、なんなんだよ……、って』
手を持ち上げてみると、ねちょりとした感触があった。自分が血を流すほどの大怪我をしたのだと思った彼は、青ざめながら顔をあげて。
そうして、目の前にたくさんの死体が積みあがっていることに気づいた。
物言わぬ目がまるで助けてくれと少年を見つめているようだ。
『ひいいいいいいいいいいい!』
叫び声をあげる彼は腰が抜けて立ち上がることもできず、後ずさりする。
――するともう一度、なにかにぶつかった。
それは人の足だった。なにものかが、自分の後ろに立っている。
恐ろしさのあまり振り向くことができない。そんな少年の耳元に、囁き声。
『み~つけた……♪』
それは鈴を転がすような女の子の声だった。
だがこんな状況で聞くのならば。その声も根源的な恐怖を催す未知の怪物と変わりない。
『やめ、たすけ――』
がたがたと震えながらゆっくりと振り向いてゆくその首がナイフで掻っ切られた。
崩れ落ちる少年の後ろにいた少女はナイフを弄びながら、腕時計のようなものを見下ろしてニッコリと微笑んだ。
『やったー! 斬殺、首切り、バックスタブ、残虐芸術点を合わせて、合計19ポイントGet! 次はなんのブランド物のバッグを買おうっかなー!』
ぴょんぴょんと跳ねまわっていた少女はカメラに気づいたようにこちらを向くと、ニッコリ笑ってピースサインを作る。
『リーパーゲーム、最高ー!』
新作映画のコマーシャルのような軽い声だった。
と……、そのとき、パッと明かりがついた。
そこは何百人も収容することができる巨大な会議室であり、席はすべて埋まっていた。
先ほどの映像はスクリーンに映っていた動画である。今はプレゼンの真っ最中であった。
壇上に立つ背広を着た男――
彼はその立ち振る舞いに雰囲気があった。まるで映画に出てくる俳優のような男前だ。
「御覧いただけましたでしょうか。これが今回我が社がこの春お届けする新たなるデスゲーム。その名もリーパーゲームです」
スクリーンに映った女の子はこちらにぷらぷらと手を振った後に、どこかへと走っていった。新たなる獲物を求めていったのだろう。会議室では彼女に手を振り返す男たちが何人かいた。殺しが上手な女の子は今の時代めっちゃモテるのである。
黒崎の横に立つアシスタント役の女性が手元を操作すると、スクリーンに映る映像が切り替わってゆく。
円グラフが出た。
「まずは顧客満足度。我が社ではデスゲーム参加者のうち、3割が大変満足した、そして4割が満足した、2割がどちらかというと満足した。すなわち9割の参加者が『満足した』という解答を残しております」
大満足! というスタンプが円グラフの上にポンッと捺された。先ほどの女の子をデフォルメにしたような可愛いイラストがピースサインをする。
おおー、と会場がどよめく。
ちなみにアンケートを取れたのは、今回のゲームでは参加者120人のうち10人だけである。110人が死んだからだ。
それはさておき。
「さらに、リピーター率も9割以上。その上で、新人が参入しやすい環境を整えております。もちろん言うまでもありませんが、デスゲームのキモは参加者の華ですからね」
確かに! とほうぼうから同意の声があがった。
中には「私も美少女に無残に殺されたい!」だとか主張するものもいる。このような場でもなければ、社会的に抹殺されてもおかしくないような発言である。
だが、ここでは許される。
なぜなら今行なわれているのは、各社が競って新作デスゲームを発表する舞台、東京デスゲームショウだからである!
その後も黒崎のプレゼンは続いた。
リーパーゲームがいかに画期的で、どのように集客し、そしてどれほどの利益をあげるのかを説いた彼は、場の反応を満足げに眺める。
誰もが黒崎のプレゼンに心を掴まれていた。
見たい……、今すぐリーパーゲームを見たい……、男が女を、女が男を、オッサンが美少女を、美少女が屈強な男を殺すさまを、ぜひこの目に焼きつけたい……。というかむしろ私も参加したい……。そんなもわもわとしたピンク色の情動が会議室に膨れ上がっていた。
ならばクライマックスだ。託宣を告げるように、黒崎は両手を広げる。
「――参加者第一主義のデスゲームを作り続けて十七年! 業界最大手、老舗の我が社がお届けするリーパーゲームは、この春あらゆる視聴者を虜にいたしましょう! ぜひその時を、お楽しみください!」
頭を下げると、万雷の拍手が彼を包み込んだ。
それはしばらく鳴りやまず、人々は涙を流して黒崎の偉業をたたえた。
彼の名は
デスゲーム制作運営会社『FATHER』に勤める運営部門統括部長、38歳である。
会議が終わり、黒崎は部屋を出る。
すると廊下で、次々と人に囲まれた。熱心なファンが出待ちをしていたかのようだ。
「いやあ、今年も黒崎さんにすべてもっていかれましたね」
「さすがの黒崎さんだ。FATHERが羨ましい」
「なぁに、私は当たり前のことをひとつひとつコツコツと積み重ねているに過ぎませんよ」
ライバル会社の男たちだ。彼らは美辞麗句を並べて黒崎を褒め称える。
黒崎の名はこの業界ではまるで伝説のように響いていた。
あの有名デスゲームもあの超有名デスゲームも、歴史に残るようなデスゲームはほとんどがFATHER社の黒崎が手掛けたものだからだ。
「先ほどの参加者第一主義、ですか? いやあ、あれがなかなか難しい。我々デスゲーム運営は参加者をゴミのように殺してなんぼですからな」
「そうそう、いかに残虐に殺すか、いかにその醜い本性を暴き立てるかを追及すると、どうしても初心を忘れがちになってしまうんですな」
男たちの言葉に、はっはっは、と黒崎は笑い声をあげた。この男、笑顔も人を惹きつける。
「もちろん、そういったことも大切でしょう。しかし、我々の理念は逆です。容易に死んでしまうような状況でこそ、いかに彼らが生きるかに注目していきたいですな」
おお~~……、とさらに男たちがどよめいた。
「さすがは黒崎さんだ」
「黒崎さんがうちの会社に来てくれれば、うちも安泰なんだがなあ」
「それになんでも今、前代未聞の大プロジェクトを手掛けているそうじゃないですか、黒崎さん」
最後の発言に、黒崎は口元を緩めた。
「近々、さらに皆さまを驚かせてしまうかもしれませんので、神経の細い方はお気をつけください。ひとりデスゲームが開催されてしまいますよ」
黒崎のデスゲームジョークにドッと場が沸いた。この男、ジョークも一級品である。
「こいつは楽しみだ」
「わっはっは、期待していますよ」
「よっ、黒崎御大!」
そこで、黒崎の後ろに先ほどアシスタント役を行なっていた女性が耳打ちをしてきた。
「部長、もうすぐお時間です」
「ああ、そうだったな。では皆さま、これで失礼します」
黒崎は軽く会釈をすると、エレベーターホールに向かう。この男、去り姿も一級品であった。
「山羊山くん、次は」
「18:30から会食です」
「ああ、例のだな」
エレベーターに乗り込むと、ふー、と息をついてネクタイを緩めた。
「なにか、変じゃなかったかな、山羊山くん」
隣に立つ
容姿端麗でクールビューティーな美女は、黒崎にうなずく。
「ええ、いつもの凛々しい部長でしたよ」
黒崎はまるで格好をつけるように背筋を伸ばしてビシィィィッ!という擬音が聞こえてきそうなほどに凛々しい顔をした。
「それはよかった」
「はい」
「いやね、こう見えても緊張しているんだよ私は。いや、別に今回のプレゼンの話ではなくてね。その後に控える不安が大きくてね?」
「そうですね、わたしも同じ気持ちです」
山羊山紫乃は動き出したエレベーターの中で、微塵も緊張しているようには聞こえないクールな声でつぶやいた。
「明日から稼働開始のデスゲーム『ピカレスクゲーム』は、なんといっても参加者100万人にも及ぶ超大規模デスゲームですからね」
正直自分には荷が重いんじゃないだろうか、と黒崎は思っていたが、それをついぞ口に出すことはできず、この日までやってきてしまった。
がんばらなければならない。
なぜなら――。
(父さんな、デスゲーム運営で食っているんだからな)
――黒崎鋭司は妻と娘をもつ、一児の父親でもあるからだ。
西暦20XX年。時はまさに大デスゲーム産業時代!
いくつもの怪しげな企業がスポンサーにつき、多種多様なデスゲームが裏サイトにて管理、運営をされている時代だ。
この物語は、そういった革新的で刺激的なデスゲームを運営する会社に勤める中間管理職の男、黒崎鋭司の立身出世伝である!
――
完結まで、毎日21時更新です。
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