第13話 洞窟とオブジェ 2

壁は中世ヨーロッパの城壁をイメージするような造りをしていて、前面には侵入者を拒む深い堀があり、中央にある唯一の跳ね橋は降りているので通行が可能な状態だった。


跳ね橋の奥には開閉式の立派な門が半開きの状態で放置されていて、左右の門には夜をイメージしているのか、三日月のような模様が描かれたエンブレムが錆びることも無く誇らしげに飾られていたのだった。


「深音聞こえる?」


「ん。」


「今、前方に見えてた人工物まで来たのだけど、映像とか送った方が良い?」


「ん。大丈夫、真人が見てるもの見えてる。」


「そうなんだ。了解。」


「ん。」


何処かにカメラでも仕込まれているのだろうか?


別荘の技術水準であれば、例えカメラが無くても映像を映し出すこと位なら出来てしまうような気もする。


どちらにしても一人ぼっちで心細かったのは事実なので、例え横に居てくれなくても同じ光景を見てくれる人がいると言うのは幾分気持ちが楽になる。


僕は改めて城壁を調べる事にした。


門を潜り城壁の裏側を見渡してみると、先に続くと思われる通路があるだけで詰め所などは無く、他と同じく岩肌の地面が均される事もなく端から端まで続いているのだった。


招かざる客を拒絶する為の城壁の表面は刀傷や銃痕などで出来た争いの痕跡もなく、修復されたような跡も見当たらなかった。


門の横に備え付けられた階段からは城壁の上の歩道回廊へ上る事ができ、見張り台には非常事態を知らせる早鐘や闇夜を照らす松明など、一通り必要な道具が備わっているのだけど、どれも使われた様子は一切無い。



城壁も跳ね橋も門も全てが誰かの手によって作られたものなのに、この城壁周辺には誰かが存在した形跡が全くないのである。


「不気味だな。」


思わず出た言葉。


通常、人工物は誰かの手によって造られるのだけど、それは誰かが必要とし求める行為によって成り立つ。


ましてや城壁のような大掛かりな建築物になれば尚更だ。


しかし、この城壁にはそのような成り立ちが一切感じられない。


何らかの要望で建造されたものの、完成と同時に必要なくなって放棄されたのだろうか?


例えそうだとしても、誰かがここに存在した形跡がないのはやはり不自然だ。


ある日突然現れ、誰の目に触れる事も無くその存在すらも認識されず、今日僕が訪れるこの時まで必要とされる事もなく存在しているだけの城壁。


誰がどのような目的で造ったのかは分からないけど、こんな表現がしっくり来てしまうのは何だか寂しい気持ちになる。


「深音、聞こえる?」


「ん。」


「一通り調べたけど、他にする事ある?」


「ん。特に無い。」


「了解、先に進むね。」


「ん。」


僕が右腕に付けている時計型のコンピューターは、行動した地域の詳細なデータをリアルタイムで別荘に送信している。


実際にどの様な情報が送信されているのか分からないけど、僕が歩くだけでその場の状況は僕が知る以上に把握できるらしい。


僕は深音から送られてきたデータを確認すると、この先にあるはずの次の空間に向けて歩き出すのだった。




城壁の先から伸びる通路は緩やかな下り坂になっていて、凸凹も無く歩くのに気を使う必要は無かった。


反響する足音を楽しみながら歩いていると、やがて前方にオレンジ色の光が漏れている事に気付く。


深音から送られてきたデータと照らし合わせると、次の空間の位置と合致する。


洞窟の入り口から常に下り坂だった事を考えると地上の光ではないだろうし、陸地周辺は湖で覆われているので、洞窟の天井が吹き抜けていて窓の様な役割を果たしているとも考えられない。


深音はこの洞窟内に文明の痕跡があると言っていたので、この明かりがその文明の一部なのかも知れない。


僕はそう考えると、明かりのある場所へ向かって歩速を上げるのだった。



明かりの漏れる空間へ踏み込んだ僕は、目の前に広がる光景に思わず息を飲み込む。


入り口から見下ろす事が出来るそれは、一面黄土色の岩肌の中に唐突とそびえる、歴史の教科書に載っているような威厳に満ち溢れた五重の塔だった。


石垣で組まれた基礎の上に赤い壁と黄金色に発光する瓦屋根が交互に積み重ねられ、最上階の屋根の頂きには大きく羽を広げた鳳凰をあしらった巨大な形像が周囲に睨みを利かせている。


今にも飛び立ちそうな鳳凰を前に、像である事が分かっていても無意識のうちに後ずさってしまう。


目の前で羽ばたく鳳凰は、それくらいの迫力と威圧感を持っているのだった。



今僕が立つこの空間の入り口はちょうど高台になっていて、壁伝いに造られた階段を使えば底部まで降りられそうだ。


僕が足を踏み外さないよう慎重に階段を降りようとした時、深音からの通信が入った。


「ん。真人?」


「どうしたの?」


「ん。お昼の時間。」


「えっ?」


そう言われてみれば、この洞窟に向けて出発したのが朝の9時頃なので、そろそろお昼時かも知れない。


「お腹が空かないからぜんぜん気付かなかったよ。」


「ん。規則正しい生活。」


「う、うん。」


近所のお姉さんのような深音の言葉に、ちょっとだけ当惑してしまう。


「ところで、食事はどうすればいいの?」


「ん。リュックに入れてある。」


「本当?ならここで休憩する事にして戴くよ。」


「ん。」


僕はその場に腰掛け、リュックの中から食料品を取り出してみると、非常用の保存食とは別に巾着型の弁当袋がある事に気付いた。


「あれ?もしかして深音が作ってくれたの?」


「ん。」


「そうなんだ。ありがとう。」


ちょっとしたサプライズだった。


毎日深音の作ってくれた料理は食べているのだけど、弁当となると話は別だ。


僕は一緒に入っていたお手拭きで手を綺麗にすると、両手を合わせて戴きますを言い弁当箱の蓋を開けるのだった。


「おおっ。」


思わず僕は声を上げる。


いつも食べているご飯とは違って、全体的に飾りつけが可愛いかった。


定番のタコさんウィンナーはもちろん、ご飯は寅次郎の顔をあしらった飾り付けがしてあって、食べるのが勿体無く思える程完成度が高い。


しかし、午後も引き続き洞窟の調査があるので、このまま感動に浸っている訳にも行かず、僕は惜しみながらも弁当に箸を入れるのであった。


ゆっくりと味わいながら完食した僕は深音に感謝の言葉を伝えると、洞窟の調査を再開する。



空間の中央に無造作に建てられた塔は、城壁と同じで誰かが存在した形跡は全く無かった。


石垣の階段を上り、塔の入り口付近まで近づいてみるものの、やはり塔が使われた跡は見つける事が出来なかった。


城壁と同じで不気味さが残るのだけど、現状ではこれ以上の調査をする事が出来ず、深音に確認を取り、先へ進むしか無かった。


「ん。データの収集完了。」


「分かった、先に進むね。」


これは僕の直感でしかないのだけど、この洞窟の謎はそれぞれの空間にある建造物を調べるよりも、データに表示されなかった最深部に隠されているような気がする。


僕は不自然さだけが残るこの空間の調査を終え、データが示す次の空間に向かうのであった。


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地球の破片に一人残された僕の話 磊磊磊落(らいらいらいらく) @rairairairaku

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