第12話 洞窟とオブジェ 1
僕は今、湖の真ん中に位置する陸地の洞窟前に立っている。
あの後、深音に呼ばれて地下の倉庫へ移動した僕は、洞窟調査に必要な道具を準備し、モーターが付いたゴムボートでこの陸地まで移動した。
僕は移動手段として初日に見せてもらった空間移動をお願いしたのだけど、人体に与える影響が未知数との事で却下された。
深音は大人の事情で別荘の外には出られないらしいし、寅次郎は猫じゃらしで疲れ切ったのか爆睡中で何度突っついても起きてはくれなかった。
結局、僕一人で洞窟を調査する事になったのだけど、いざ洞窟の前に立ってみると目の前に広がる物音一つしない漆黒の世界が、僕の心の奥底に眠る恐怖心を痛烈に掻き立てる。
ちょっとした冒険心に胸を躍らされ、深く考えもせずにここまで来た事を後悔する僕だけど、このまま逃げ帰るのも格好悪い気がするし、とりあえず行くしかないと決意するのだった。
ヘルメットに付いているライトの電源を入れ、リュックから取り出した懐中電灯を手に取ると、意を決して洞窟の中へ入って行く。
洞窟の中は緩やかな斜面になっていて、大きな凹凸もなく歩き難さは感じなかった。
懐中電灯で左右の壁を照らして見ても岩肌があるだけで、特に不自然な点は見当たらない。
憂慮していた危険も無く、高ぶっていた緊張も徐々にほぐれて来た頃、深音からの通信が入った。
「ん。聞こえる?」
「うん。聞こえるよ。」
「ん。地中探査レーダーから空間を認識。」
「了解。とりあえず向かえば良い?」
「ん。データ送る。」
「ありがとう、確認する。」
送られてきた情報によると、このまま真っ直ぐ進むとちょっとした空間に出るらしい。
僕は真っ暗な洞窟内をライトの明かりを頼りに慎重に進んで行く。
やがて緩やかな斜面は平坦になり、深音が言っていた空間に辿り着いた。
「送ってもらったデータの空間はここかな?」
開けた空間の入り口まで進んだ僕は、懐中電灯の明かりを頼りに辺りを見渡す。
付近の壁は相変わらずの岩肌だけど、空間の奥には明らかに人の手で造られたと思われる壁が確認できる。
「深音、聞こえる?」
「ん。」
「空間の前方に壁らしき人工物があるのだけど?」
「ん。周囲に生命反応無し。罠が仕掛けられている可能性はあるから注意して。」
罠?
平和な日本で生まれ育った僕には無縁の言葉なのだけど、地球上でも過去に紛争の舞台となった地に赴けば、地雷や機雷などの罠が今でも撤去されずに残されている。
そう考えれば、この洞窟内に罠が仕掛けられていないとする根拠はなく、寧ろ外敵から身を守るために罠が仕掛けられていると考える方が妥当ではないだろうか?
「深音?僕に罠をどうにか出来るような技術はないのだけど。」
「ん。大丈夫。探知機を送る。動かないで。」
「うん、分かった。」
深音との通信が切れると、目の前に大型の機械が空間移動で送られてきた。
「ん。送れた?」
「うん。でも、こんな大きな機械別荘にあったんだね?」
「ん。データの集合体を可視化したもの。実物じゃない。」
「そうなんだ…」
僕は当然のように別次元のテクノロジーが次々と出てくる事に関心し言葉を失いそうになる。
深音の言葉を参考にすると、今僕の目の前にある大きな機械は物理的には存在せず、言わば機械の形をしたグラフィカルユーザインタフェースなのだ。
どのような仕組みになっているのか見当も付かないけれど、特別な機械を装着しなくても実際に存在するかのように見えているあたり、僕の知っているバーチャルリアリティの技術をさらに進化させたものだと思う。
試しに手を伸ばしてみると、そこにあるはずの機械に触れることは出来ず、虚しく空を掴むだけだった。
「ん。実行は赤いボタン。」
僕が深音に言われるがままに赤いボタンをタップすると、赤白い発光と共に機械を模っていた映像が崩れ、緑色に光る16進数の羅列が渦を巻くように回り始めた。
僕はその光景を遊園地のアトラクションでも体験しているような気分で、口を閉じるのも忘れ見入っていた。
渦巻く16進数の羅列は洞窟の天井付近まで上昇すると、それぞれが目的地を見定めたかのように飛散して消えて行った。
「ん。解析終了。データ送信。」
残光が花火のように煌きながら舞い散る中、深音から探知の結果が届けられる。
送られて来た情報を腕時計型のコンピュータを介して目の前の空間に表示すると、洞窟の最深部と思われる場所まで罠らしき物は見当たらなかった。
ただ、洞窟の最深部は検索の対象にならなかったのか入り口部分までの表示しかされていない。
「深音?」
「ん。」
「洞窟の最深部付近のデータが無いようだけど?」
「ん。多分電波障害。」
「電波障害?」
「ん。自然現象か人為的現象かは不明。」
「でも、この洞窟には生命反応は無かったんだよね?」
「ん。是。でも絶対ではない。一応注意して。」
「うん。」
確かに、今手元にある情報はあくまで別荘のシステムを利用して得られただけのものであって、実際に確認されたものではない。
当然、100%正確だと保証できる根拠もない。
僕は緩み気味だった気持ちをもう一度締め直すと、目の前にある壁へ向かって歩き出すのだった。
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