第11話 初めての融合

僕が別荘へ戻ると、深音はリビングでアヒル座りをしながら寅次郎とじゃれ合っている最中だった。


どこから持ってきたのか猫じゃらしのおもちゃを手にした深音は、もの凄いスピードで左右に揺らしている。


しかし、あまりの速さに寅次郎は目で追う事ができないのだろう。

猫っぽく身構えてはいるものの全く動く気配を見せないでいた。


「ん。おかしい。」


深音は床に置いてあった説明書を拾い上げると、思い通りにならない事への疑問を呟く。


どうやら、寅次郎が猫じゃらしに反応しない理由が分からないらしい。


「深音、揺らすのが速すぎるよ。貸してごらん。」


僕はそう言うと深音の猫じゃらしを受け取り、ゆっくりと誘うように寅次郎の前で揺さ振った。


すると、どれだけ丸々としていたとしても寅次郎はやっぱり猫。

勢い良く飛び掛ると、猫じゃらしに向かって猫パンチを繰り出すのであた。


「おぉー。」


深音が驚きの声を上げる。


僕は素直に驚いてくれる深音がとても可愛くて、つい見とれてしまうのだった。



  あれ?



僕は少しばかりの違和感を覚えた。


今「ん。」が無かった気がするのだけど?


口癖なのか深音は言葉の最初に必ず「ん。」が入るのだけど、元々インパクトのある言葉でも無いので、僕が聞き逃したのかも知れない。


「やってみる?」


多少気にはなったものの、特に重要な問題でもないので深く考えることはしなかった。


「ん。」


深音は何時も通りの「ん。」コミュニケーションで僕から猫じゃらしを受け取ると、寅次郎と遊び始めるのだった。


「やっぱり、気のせいかな?」


先程の「ん。」無しは、たまたま聞き逃したのだと結論付けた僕は、寅次郎とじゃれあう深音を見て微笑むのだった。



 あれ?



僕は、先程の疑問をさらに上回る違和感に気付く。


普段無表情である深音が楽しそうな表情をしているのだ。


深音と出会ってからこの別荘で共同生活を送って来たけれど、ここまではっきりとした表情を見たのは始めてかもしれない。


寅次郎だから見せている表情なのか?

それとも、僕だから無表情なのか?


とても気になって仕方ないのだけど、今の僕に尋ねる勇気などあるはずもなく、心のもやもやを強引に仕舞い込んで本来の目的に戻る事にしたのだった。


「深音、ちょっといい?」


「ん。何?」


僕の方へ顔を向けるけど、視線は猫じゃらしと寅次郎のままだ。

思いっきり突っ込みたい気分だけど、とりあえず無視されている訳ではないので話を続ける事にした。


「別荘の前に湖のような大きな水溜りが出来てるんだけど?」


「ん。知ってる。」


「知ってたの?」


「ん。昨日の夜、星が融合したから。」


「そうか、星が融合したのか。知らなかったなぁ…」



 あれ?


何か話し方がおかしくないか?

昨日までは片言だったはずだけど?

これも聞き間違いなのか?


否、確かに昨日までと明らかに違う。


「深音?」


「ん。何?」


「何だか、話し方が流暢になってない?」


「ん。星が融合したから。」


「そうかぁ、星が融合したからかぁ…」


「ん。そう、星が融合したから。」


「そうなんだ。」


「ん。そう。」


分からない。

全く理解不能なのだけど?


深音の様子を見る限り、僕をからかっているようには見えないのだけど、そもそも星の融合って何なのだろう?


「あの、深音さん?」


「ん。何?」


「いまいちと言うか、ほとんどと言うか、全く理解できないのですが?」


「ん。説明必要?」


「はい、是非お願いします。」


僕は何故だが分からないけど、丁寧な口調でお願いするのだった。


「ん。」


そう言うと深音は立ち上がり、暖炉の上にある絵画の入っていない額縁に向かって歩き出す。


「深音さん?」


「ん。座って。」


深音は僕の問い掛けを制すようにソファーに座るように促した。


「ん。説明始める。」


深音は右手に付けている時計型のコンピューターを操作すると、額縁の絵画が入っていない空間に何やら文字が浮かび上がっては消える。


「これ、装飾品じゃなかったの?」


「ん。別荘のシステムのメインディスプレイ。」


暫くすると、ソファーの前にあるテーブルの上空に立体映像が浮かび上がる。


「これは何?」


「ん。夜中に起きた融合前の星の位置情報。」


多分、中央にあるのが今僕達が住んでいる星なのだろう。

その周辺には、小さな欠片のような物が漂いながら移動している。


「ん。この星が昨日の夜融合した星。」


深音が指差した小さな欠片は、非常識な軌道を描きながら、吸い寄せられるようにこの星に向かって近づいて来る。


「ん。今から星と星との融合。」


深音の言葉を合図に、この星とその欠片はお互いが求め合い抱擁するように接近すると、穏やかに混ざりながら溶ける様に合わさって行き、最後には何事も無かったように一つの星になったのである。


「ん。これが昨日起きた星の融合。」


僕は融合が終了した後もテーブル上空に映し出されたる映像を見つめていた。


確かに別荘の前に湖のような大きな水溜りが出来た原因を、深音の言う「星の融合」以外で考える事は不可能だと思う。


今更この世界を僕の知っている常識と照らし合わせるのもナンセンスだ。


しかし、この規模の星同士が融合するとなると莫大なエネルギーの放出が行われるのではないだろうか?


僕が見た記憶では、衝撃により出来るはずのクレーターのような物も無かったと思う。


「深音さん?」


「ん。何?」


「疑ってる訳ではないのだけど、これってドッキリとかじゃないよね?」


「ん。違う。」


「普通、物体同士がぶつかるともの凄い衝撃があると思うのだけど?」


「ん。星と星との融合では物理的な衝撃は起きない。」


「でも、目の前に湖のような大きな水溜りが出来てるよね?」


「ん。質問の意味分かった。説明する。」


そう言うと、深音は時計型のコンピューターを操作し映像を映し出した。


「ん。これが融合の瞬間。」


映像は屋根から撮影したのか別荘の一部を含んだ風景が映し出されていた。


暫くすると、青一色の上空から黒い塊のような物体が飛来し、それに伴い光が遮断され皆既日食のように辺り一帯を闇に染めていく。


やがてその物体は青い稲光を纏いながら大地に接触すると、まるで溶け込むように音も立てずに吸い込まれていく。


そして、その過程で緑一色だった大地は青色に染まり、全てが終わった時には湖のような大きな水溜りが出来上がっていたのである。


「ん。終わり。」


大迫力の映像に思わず身を乗り出していた僕は、映像の終わりと共にソファーに深くもたれ掛かり、天井を見つめながら頭を掻く。


「何なんだろう?」


明らかに僕の処理能力を超えてしまっていた。しかし、この映像が捏造されたものではない事は今までの経験上明白である。


「ん。分かった?」


「うん。これを見たら納得するしかないね。

でもこれだけの変化があったのに何も影響ないの?」


「ん。あるよ。

星の規模が8%拡大。星に水属性が付加。気候の変化。気流の発生…」


深音は、この星に大量の水が存在したことによる影響を羅列していった。


「やっぱり影響はあるんだ。それで悪い影響はあるの?」


「ん。融合する星に生物が存在していた場合、争いの火種になる可能性。」


「そっか、融合する星にも生物が居る可能性はあるんだ。

ちなみに昨日の融合した星に生物は居たの?」


「ん。生命体反応は無し。

でも湖の中央に洞窟らしい陸地は確認済み。文明の痕跡も発見。」


深音によると、別荘の前の大きな湖の中央には陸地があって洞窟のような穴が開いているらしい。


生命反応は無いようなのだが、文明の痕跡があると言う事は、何らかの影響で虚無の世界を漂っている間に滅んでしまったのかも知れない。


「僕はその洞窟を調査した方が良いの?」


「ん。現状必要性は無し。真人が望むなら準備する。」


「そうか、それなら調べてみるかな?」


深音が必要を感じないと言うのであれば、特に危険を及ぼす存在ではないのだと思う。

ただ、僕の男の子としての心は少しばかり躍っていた。


深音の説明によると、星は眠っている間も絶えず他の星との融合を繰り返し、それによって星の規模を大きくしながら新しい環境を付け加えていく。


今回は水に覆われた星と融合する事によって、大地の緑と空の青しかなかったこの星に大量の水を出現させ、その影響で空気の循環が始まるらしい。


今は星が眠っている最中なので、自然現象は起きないみたいだけど、今後も星同士の融合を繰り返しながらこの星の環境は変わっていくようだ。


それなら僕にできる事は、その都度調査をしてこの星の環境を把握する事ではないだろうか?


湖の中央にある洞窟には文明の痕跡があるみたいだし、何か役に立つ情報を得られるかも知れない。


「ん。分かった。準備する。」


深音は僕の返事を聞くと立ち去って行った。


僕は深音の後姿を見送りながら、何か忘れているのでは無いかと考え込む。


「そうだっ。」


僕は重要な事を聞き忘れている事に気付く。


「話し方が流暢になった理由を聞いてなかった。」


そう、寅次郎に見せた楽しそうな表情と、昨日までと打って変わった話し方についての回答を得られていないままだったのだ。


「まぁいいか。

別に嫌われている様子でもなかったし。また機会があったら聞けばいいや。」


僕は心の隅にあった不安が杞憂だったと安心した事で満足していたのだった。


この星の融合による深音の変化が何を示しているのか、今の僕には知る由も無かったのである。


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