第10話 訪れない夜
あの日から僕は決められたスケジュールを淡々とこなした。
農作業が重労働だと言っても時間が止まっているので疲れは全く感じない。
慣れない作業で効率は良くなかったけど、24時間を1日として計算すると、約10日で種まきが可能な状態にまで耕すことができた。
深音の話では、実際に種蒔きをするのは星が目覚めてから行う。
そうしないと星の目覚めと同時に止まっていた時間が一気に流れ、一瞬のうちに芽が出て花が咲き、受粉する事もなく枯れてしまうからだ。
とにかく今は星が目覚める時に備え、僕が出来る事を出来る範囲で頑張ろうと思う。
「ん。お疲れさま。」
別荘に戻ると、深音がタオルを用意して出迎えてくれた。
「ありがとう。」
「ん。状態…良好。」
右腕につけている腕時計型のコンピューターから光を照射すると、僕の体をスキャニングする。
深音が僕の健康状態を検査するのも日課になっていた。
「ありがとう。お風呂入るね。」
その後僕はお風呂に入って汗を流し、深音が用意してくれた食事を食べ、出てきたコーヒーを飲みながらリビングで寛ぎ、おやすみの挨拶をして寝室に入る。
社会人になって会社勤めを始めたらこんな生活なんだろうなとしみじみ感じ入るのだけど、深音が側にいるおかげか不満が募ることは全くなかった。
ちなみに星は眠っている間自転をしない。
当然、この星を照らしている恒星の位置も変わらないので日が沈む事もない。
と言っても、この星は僕が1時間程で一周できてしまう大きさなので、星の裏側に移動したとしても真っ暗になる事はない。
場所によっては一日中朝焼けのような状態だったり、夕焼けのような状態だったりと、映画の撮影にはもってこいの環境だけど、完全に光を遮る地点だけは発見できなかった。
そう、この星には夜が存在しないのだ。
しかし、流石と言うか何と言うか、この別荘のシステムの中には訪れない夜に対しての対策がしっかりと用意してあったのだ。
それが寝室に備えられた睡眠装置である。
近未来を舞台にした映画のようなカプセル式の睡眠装置ではなく、寝室の中の景色を立体映像により丸ごと自分好みに変える事が出来るのだ。
一般的な寝室の風景はもちろん、リゾート地の夜景など様々なバリエーションが用意されており、変わったところではサバンナの夜やヒマラヤ山脈の冬と言うプログラムまである。
僕はまだ使用した事がないのだけど、ムフフな設定も豊富に用意されているようだ。
これ、アニメや映画などとタイアップして商品化したら絶対に売れると思うのだけど、これだけの性能を考慮すると僕なんかでは逆立ちしても手が出せない程高額な価格設定になるだろう。
せめてネットカフェなどでも購入できる価格まで押さえる事ができたなら、ビジネス的な側面だけでなく、文化としても世界に革命を起こせるのではないだろうか?
蛇足になってしまったけど、深音の説明によると、この装置によって人工的に夜の時間を作り出し体内時計を調整しているみたいだ。
ただでさえ疲れを感じる事ができない上に夜が訪れないとあっては、僕のような自他共に認めるぐうたらな人間でさえも眠ることは難しい。
そのような意味では星の創生に欠かすことの出来ない重要なアイテムであると断言できる。
当然ながら僕も利用していてお気に入りだってある。
それはファンタジー世界をモチーフにした森の中での野宿をテーマとしているのだが、これがまた実にリアリティーに満ち溢れている。
ゴブリンやリザードマンを始め、スライムや巨大な蛇に蜘蛛、レア物だとドラゴンに至るまで、その時々に応じて様々な架空の生物が徘徊するのである。
僕は脳内変換を最大限利用して「BIKINI QUEST」の世界に迷い込んでしまい、魔物が徘徊する森の中で野宿をすると言う設定にして楽しんでいる。
時間が空いたらシステムの設定を勉強して、このテーマにムフフな要素を取り込めないか試してみたいけど、別荘には深音が居るので先の話になると思う。
そんな不純な思いを秘めつつ、今日も森の中で安眠を満喫していると、新しい演出なのか遠くの方で何やら騒がしい音がする。
元々森の中はモンスターが徘徊する時の足音や森のざわめきなど不快にならない程度でざわざわしているのだけど、今日の騒がしさは何か違う感じがした。
しかしこの装置には睡眠促進効果が取り入れられている事もあり、僕は意識はあるものの目覚めることはなく眠り続けるのだった。
そして翌日。
僕は何時も通りに目が覚め、身だしなみを整え、深音におはようの挨拶をして朝食を食べ、出されたコーヒーを飲みながらソファーで寛ぎ、隣りで気持ち良さそうに眠る寅次郎の頭を撫でた後、農作業を行う為に別荘を出た。
別荘の外の世界は昨日と同じで、大地の緑と空の青、それに変わらぬ日差しが僕を迎えてくれる筈なのだが、今僕の目に飛び込んでくる景色は昨日までとは全く違っていたのだった。
「あれ?」
僕は寝ぼけているのだろうか?
別荘から十メートル程先に湖のような大きな水溜りが出来ていたのだ。
僕は幻でも見ているのかと思い目を擦ってみたけど、湖は消える事なくそこに在り続けた。
それならばと、湖岸まで行き実際に水を掬ってみると、ひんやりと冷たい水が見る見る両手から零れ落ちる。
僕が寝ぼけているわけでも、幻を見ているわけでもなく、目の前の湖は本物だったのだ。
僕は濡れた手をズボンで拭うと別荘に戻る事にした。
深音に話をするのなら腕時計型のコンピューターを使えば十分なのだけど、実際に会って報告したかったからである。
そして僕は新たな真実を知ることになるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます