第六声 ベース練習と低音の響き
橘さんがベース、僕がボイパすることに決まった次の日、いつものように席につきしばらくすると為篤が教室に入ってきた。
「おっす、マモル。」
「おはよう。」
「どうした?なにか良いことでもあったのか?にやけちゃってさ。」
僕は知らず知らずのうちに顔に出ていたらしい。
「実は昨日―」
と橘さんとアカペラやることになったことを話そうとすると、
「おっはよーシュビくーん!」
橘さん本人が勢いよく登場した。…って、ん?しゅび?
「…シュビって誰?」
「え?アカゾメ君に決まってるじゃん!下の名前って“
わざわざ“シュ”の後に“ビ”をつける発想が凄いよ…ていうか守でいいのにな。
それを見ている為篤は笑いを堪えていた。
「まあ呼び方はそれでいいけど、相変わらず朝から元気だね、橘さん。」
すると橘さんは少しムッとした表情で顔を近づけてきた。
「シュビ!ワタシと君は同じアカペラ仲間なんだから、ワタシも何かしらのあだ名で呼んでよ!もー!」
「へ?急に言われても…えっと、じゃあ、クロエで。」
「まあなんのひねりもないけど、いいでしょう!」
何故上からなんだよ…。
そんな僕とクロエのやり取りを見ていた為篤が口を開いた。
「いやー良かったなーシュビ君!やっと仲間を見つけたんだなー。」
為篤までもがシュビ呼びするのか。
「うん。でもまだ二人だけだからもっと増やさないといけないんだよね。」
するとクロエがじーっと為篤を観察し始め、こう言った。
「…君って何か音楽やってるんだよね?バンドとか!」
「おお!良く知ってるね。橘さんとは初めて話すのに。もしかしてシュビから聞いた?」
クロエは自慢げな表情になった。
「ううん!ワタシ、地獄耳だから色んな人の話聴こえちゃうんだよね!まあ聞き取りやすさはワタシのコンディションに影響されるけどー!」
「へえ!クロエにそんな特技があったなんて!」
「すげえな橘さん。」
「まあねーえへへ!」
クロエは照れ隠しのつもりなのか、前髪を執拗にいじり始めた。
「でさ、えーっと、名前…」
「泉 為篤。為篤でいいよ。」
「タメアツ君!早速だけどさ、ワタシ達とアカペラやらない?」
ド直球で誘ったなクロエ!!って僕も前までこんな感じだったのかな?
でも為篤は―
「うーん、誘ってくれるのはすっげえ嬉しいんだけど、俺、自分のバンドんとこで精一杯なんだよな。悪いな。」
「むー、そっかー残念ー。」
クロエは大きなため息をついた。
そう、為篤はバンド活動に全てをかけている。そんな為篤の姿を見て、僕は誘えなかったのだ。邪魔してしまうのではないのかという思いから。
そんな風に考えているとクロエがそうだ!と声を上げた。
「今日から早速だけど練習しようよシュビ!」
「うん、そうだね。…あ、場所はどうするの?流石にまたカラオケはお金ないっていうか…」
「え!」
「え!」
クロエはカラオケで練習するつもりだったらしい。
「…あー、そうか。うーんどこか空いてる教室はないかなー?」
僕とクロエが悩んでいると、為篤がこう提案してくれた。
「じゃあ、4階の奥にある旧自習室はどうだ?あそこは今誰も使ってないみたいだし。」
「おお!そこ使わせてもらおうよ!」
「あーでも、確か普段は鍵がかかってるから先生に言わないと使えないと思うぜ。」
「なるほど。じゃあ放課後職員室行って聞いてみようよシュビ!」
「うん。」
確かに4階の奥なんて生徒は全く来ないから集中して練習できる良い場所だと思うけど、普段から鍵をかけてるような教室を簡単に開けてもらえるのだろうか。ましてや僕たちは部活ではないし…。
* * *
そして放課後。
「いいぞ。使っても。」
「まじですか!」
担任の宮下先生に事情を話したところ、即答だった。あまりにもすぐOKがでたのでついもう一度訊き直した。
「ホントに使っていいんですか?」
「何をそんなに疑っているのか分からんが、生徒が青春を謳歌するために使うっていうのなら俺は惜しみなく協力するさ。」
そういうと宮下先生は旧自習室の鍵を手渡してくれた。
「ほれ。」
僕とクロエは頭を下げた。
「「ありがとうございます!」」
「でも、下校時間とかは守れよ。またなんかあれば言ってくれ。」
「…シュビは心配してたけど、全然大丈夫だったね!」
クロエは僕の顔を覗き込む。宮下先生から鍵を渡され、僕たちは旧自習室に向かっていた。
「案外あっさりだったから逆に心配になったよ。」
「うふふ!シュビは心配性だなー!」
…さっきからやたらとシュビを連呼してくる。よっぽど気に入ったのだろう。
そんなこんなで教室の前まで来た。僕はドアのカギ穴に差し込んだ。
ガチャリ。
鍵が開いた音がした。ガラガラガラガラガラと少し滑りが悪い引き戸式のドアを開けた。
「へえ…」
僕が思っていたよりも中は広かった。恐らく普通の教室より一回り広いくらいだろうか。僕達2人が使うにしては大きい。机・椅子は端に寄せられていて、中には壊れているものもいくつかあった。それに僕たちがいつも使っている教室よりも汚かった。
僕が色々と観察していると突然クロエが寝ころんだ。
「ちょっと!クロエ何してんの!?」
仰向けに大の字の体制で明るすぎる笑顔で笑い始めた。
「ハハハ!今日からここが私たちの拠点になるのね!なんか楽しくなってきた!」
そしてすっと立ち上がり、僕の手を取った。
「じゃあ早速練習しましょ!ところで最初は何からやればいいのかしら?」
僕は思わず笑ってしまった。毎度毎度勢いは凄いんだから。
「そうだなあ。クロエはベースはどんなものかわかるよね。」
「まあそうね…単体で聴いたことが無いけど、イメージとしては“ドゥン”とか“パドゥン”とか言ってる感じかな?」
「そうだね。クロエにはそれをマスターしてもらうんだけど、まずは単体で聴いて真似するところから始めよっか。」
「了解ですシュビ先生!」
クロエはびしっと気を付けした体制から敬礼した。
「じゃあ僕がお手本としてやるから真似してみて。」
そういうとクロエは右手を大きく挙げて、ハイと叫んだ。
「ん、どうしたの?」
「先生はベースも出来るんですか?」
「まあ少し。一時期練習してたからね。基本的なのだったら出来るよ。」
「先生すごい!」
「それじゃあ始めるよ。」
そして僕はリズムよく低く体に響かせるように、楽器のベースの弦を弾くように発音した。
「うわあ、シュビ先生すごい。」
クロエは軽く放心状態になっていた。
「今日はこれが出来るようになるのを目標にやろう!」
「ハーイ!」
すると驚くことに、クロエは僕が最初にやったベースの簡単なパターンをいとも簡単にやってしまったのだ。
開始から10分足らずでクロエは僕よりベースが出来るようになっていた。
「もう今日の目標達成しちゃったね。」
「え、ホント?やった!!」
「じゃあ次に進んでみようか。」
僕はスマホを取り出し、動画投稿サイト“YabaTV”である動画を検索した。
「ええと…あった。これこれ。」
クロエが僕のスマホを覗き込んだ。
「どれどれ?」
「あまり有名じゃないアカペラバンドの動画。曲の途中で、ソロでベースするところがあるんだけど、この人が上手すぎて…」
僕はその動画をいくらか進めた。
「ここからだよ。」
その人のベースはただ低い音を出しているのではなく、その曲に合わせた雰囲気のベース音を出していた。そしてなによりとても速い刻み方をしているのだ。
クロエは静かに、そして真剣に聴き入っている。
全て聞き終えると、クロエは感嘆の声をあげた。
「ふうう、凄いね。凄いって言葉しか出てこないね。」
「次はこれをコピーできるようになってね!」
僕がさらっというと、一瞬「えっ」という顔になったが、すぐに持前の笑顔に戻り、
「OK!やってみる!」
と答えた。
それから1時間後には完璧にコピーしてしまった。
「うおお。クロエ、今日だけでここまで出来るようになるなんて!」
「よーし!次は何?どんどんやろ!」
「ちょっと待った!今日はここら辺にしておこう!」
「えーなんでよー!」
僕は彼女の声をきいて唖然とした。クロエの声はもうガラガラで喉はもう限界だった。
「これ以上やったら喉壊れちゃうよ!今日はおしまい!続きはまた明日。」
「えー、せっかくコツ掴んできたのにー。」
「あとは家帰っていろんなベースを聴いてみることかな。聴くだけでも練習になるから!というか今日はもう聴くだけだよ。」
そう言うとクロエは少し不満そうだった。
「おっけー。分かったよーシュビ先生。」
そして僕達は帰りの準備をして、旧自習室を後にした。
アカペラに青春をかけるワタボク♪ NqzoNqzo @NqzoNqzo
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