とうこさんと僕のお付き合いの記録、ただしとうこさんのいじわるを含む 2
カシャリと機械のシャッター音がする。
「……あ……」
撮られた写真の中には、やっぱりとうこさんの姿はなかった。
とうこさんが寄ってきて、僕の携帯電話を覗き込む。
「うん……」とうこさんは、自分のいない写真を見つめる。「やっぱり、写らないですね」
僕は黙って、とうこさんを見ていた。
「でも、もう大丈夫です」
そう言ってとうこさんはにっこりと笑った。
「離れていて思ったんです。私の『記録に残れない』特異体質は、私にとってコンプレックス。だけど、私がそれを怖がって卑屈なままだったら、私の大切な人に嫌われてしまうかもしれない。それは私にとって、特異体質であることよりずっと辛いことです」
とうこさんは自分の胸元にそっと手を添える。
「特異体質は直せないから、私はこの体質と一緒に生きて行くしかない。怖がってちゃだめだって。受け入れようって。大切なひとと、ずっと一緒に居たいから」
とうこさんは姿勢をただした。
僕も、なぜだかつられて背筋が伸びた。
「だから、改めてお願いします。ここからは、お試しじゃなくて、私とお付き合いしてください。特異体質も全部含めた、私と」
「……うん、うんっ」僕の声が跳ねた。「もちろん!」
「……よかった」
そう言って、とうこさんはちょっと涙を流した。
でも、とうこさんはまぶしく笑っていて。
僕は、とうこさんはやっぱりかわいくて美人だと思った。
とうこさんに手を引かれ、僕たちは部屋の奥へと入る。
いつものとうこさんの部屋は、すっきりと片付いている。
とうこさんはコートとマフラーを脱ぎハンガーにかけると、テーブルに置かれたリモコンで暖房の電源を入れた。
それから、僕のところに歩み寄ってくる。
「この前初めて暖房を使ってみて、わかったんですけど」とうこさんは頬を染めて言う。「この部屋、暖かくなるまで、ちょっと時間がかかるみたいなんです」
そう言ってとうこさんは僕の前で両手を拡げる。その意味するところを理解した僕は、すぐにとうこさんの望むようにした。
カーペットに座り身を寄せて、お互いの存在を両手に、胸の中に感じながら、僕は考えていた。
この世界に、とうこさんの存在を証明するためなにができるかを。
前の日の夜にさんざん考えて出した答えがあるにはあったけれど、僕はそれを胸の中で持て余していた。
ぼんやり思い悩んでいると、とうこさんが僕の頬を指でつつく。
「……ん?」
「なんだか、ぼーっとしていたみたいなので」
「うん、ちょっと」
「そうですか」
とうこさんは穏やかに微笑む。
「……私、これからもっと、いろいろなことに挑戦してみようと思います。アルバイトのほかにも、サークルに入ってみたり、色んな趣味を持ってみたり」
「うん、いいと思うな」
「人との関わりももっと増やして、私の特異体質を知られることを怖がらないようにしようと思います。もしそれでうまくいかなくても、私には家族と……大切な人がいるから、きっと大丈夫だと思うんです」
「うん」僕はとうこさんを包む腕にほんのすこしだけ力を込める。「ちゃんと、支えるよ」
「そうしたら……きっと私、男の人の友達もいっぱいできてしまいますから」
とうこさんはちょっと挑戦的な目で僕を見た。
「だから、その前に」とうこさんは僕にぐっと顔を寄せて、僕の耳元でそっとささやいた。「もっと、恋人同士になりたいです」
「――っ」
僕が心臓を掴まれたような気持になって、身体が固まって動けないでいるうちに、とうこさんは僕の耳たぶを甘く嚙んだ。
「……印、つけましたから」
そう言って、とうこさんは、そのまま僕に顔を見せないようにして、僕の胸の中に顔をうずめた。
けれど、僕にはそのときすこしだけ、とうこさんの横顔が見えていた。
とうこさんの顔は、真っ赤だった。
僕は、自分の腕に『記録に残らない』特異体質のとうこさんの存在を、その胸の鼓動を確かに感じていた。
……これはもしかすると後で思い直して――もしくはとうこさんから怒られて――記録から消すかもしれないけれど、この日、僕ととうこさんの距離はとうとう、マイナスというか、距離で表せない状態というか……とにかく、ゼロを割った。
ずっととうこさんとの距離のことを考えてきたけれど、もうきっと、距離をいちいち測る必要はないと思う。
これから必要なのはきっと、僕の、とうこさんが、存在することを証明し続ける努力だ。
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