3.僕ととうこさんお付き合いの記録、ただし僕の油断を含む

僕ととうこさんお付き合いの記録、ただし僕の油断を含む 1



 僕ととうこさんのお付き合いは、それまでよりも一緒にいる時間をすこし長くすることから始まった。

 最初のうち、僕ととうこさんのすることは、それまでと特別に変わらなかった。

 一緒にごはんを食べる。

 おしゃべりをする。

 買い物に行く。

 変わったのは、そこにときどき「電話をする」が加わったくらいだ。


 僕は、記録に残ることができないとうこさんをしっかり見つめて、僕の記憶にかわいくて美人なとうこさんを残しておこうと思った。


「あんまりその、じっと見つめられると、恥ずかしいです」


 二人でいるとき、とうこさんは僕に見られると、そういってちょっと頬を染めてはにかんだ。

 僕のほうも、記憶に残すというのも決して嘘ではないが、なにより今のとうこさんを見ていたい、という強い欲求があることについては否定しない。


 とうこさんの彼氏として一緒に出掛けるようになって、僕の着るものは少し変わった。とうこさんのとなりを歩くと思えば、しわしわのシャツは着れない。

 そういえば、とうこさんが僕の服を選んでくれることもあった。

 とうこさんは服には気を遣っているようで、服を選んでいるとうこさんはすごく真剣な目つきをしている。記録に残らないからこそ、目に見える今の姿をすごく大事にしているのかもしれない、と僕は考えた。


「今日は、あんまり大学には着ていかない服にしてみました」


 そう言ってガーリィなファッションに身を包んできたとうこさんのかわいさは僕にとっては鮮烈で、僕はその日、ふだんよりじっくり見つめ、とうこさんはふだん以上に顔を赤くして恥ずかしがった。


 大学が夏休み期間に入り、僕ととうこさんが一緒に過ごす時間は一気に長く……とは、残念ながらならなかった。とうこさんは夏休みのうち、一カ月くらい実家に帰るという。

 とうこさんはサークルにも入っていないし、アルバイトをしているわけでもない。それにとうこさんは一人娘だというから、実家に帰るのも致し方ないことだ。

 僕はといえば、実家にも帰るが、せいぜい二週間くらいで、あとの期間はアルバイトに精を出したり、あちこち旅行する計画を立てている。


 僕ととうこさんは、とうこさんが実家に帰る直前のある一日、朝から一緒に過ごす約束をした。ウォーターフロント地区にある、テーマパークやショッピングモールが密集しているあたりをあちこち歩き回る。その日のとうこさんはふんわりした印象のワンピースを着ていて、夏らしく麦わら帽子を被っていた。

 楽しい時間が過ぎゆき、だいぶ日が傾き、夕飯までの時間、海浜公園を二人でのんびり歩いて過ごしていると、ふとした拍子に僕の手の甲がとなりを歩くとうこさんに触れた。

 触れた、ということと、手をつなぐ、という可能性を同時に意識した瞬間、とうこさんのほうが、僕の手を取った。


「あっ」


 僕は声を漏らした。じつは一日ずっと、手をつなぐタイミングをつかみかねていた。お付き合いがはじまったとき「お試しで」と言われていたことは、僕にとってはふたりの距離をつめようかと考えたときに、思ったよりも大きなプレッシャーになっていたのだ。

 ……いくじなしと言われてしまえば、返す言葉もないけれど。


「……ほんとは、朝からずっと、こうしようか迷ってました」


 とうこさんがそう言ってちょっと笑う。


「……僕も」


 そう言って、僕はとうこさんの手に指を絡めた。

 僕ととうこさんの距離は、このときはじめて、ゼロになった。

 とうこさんの手のひらは暖かくて、すこしだけしっとりしていた。

 とうこさんの手に触れたまま、僕はふと思う。人と意識的に肌を触れあわせるなんて、いつぶりだろうと。

 ぼんやりと記憶をさかのぼりながら、僕はつないだ右手に感覚を集中させる。

 とうこさんは確かにここにいる。記録に残らなくても、ちゃんと実在している。

 僕はそれを、頭の中に記憶として刻み付けた。


「……会えないの、さびしいですね」


 とうこさんがぽつりと言った。とうこさんは、言葉とは裏腹に、穏やかに微笑んで僕をみていた。


「うん。でも、会えない時間も大事だよ、きっと」

「そうですね。会いたい気持ちも、ちゃんと噛みしめます。帰ってきたら、また遊びに行きましょう」

「もちろん」

「約束ですよ」


 とうこさんはそう言って、僕の小指に、自分の小指を絡めてきた。

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