第16話 対の想い
ナレーション(ベルクザータ):大昔から神秘の帚木の傍に存在した神獣のルイ曰く、ボクは過去の帚木よりも人間としての何かが欠如しているらしい。神秘は母性と違い、悲惨な生い立ちを辿った者ばかりだから、と。「らしい」や「だから」、を使うのは、ボクがそのことに対して自覚がまるでないことと、不便だと感じたことがない故だ。
ボクの両親は二人共花奴隷だった。これはとても稀なことだ。花奴隷は、自分の血を受け継ぐ者を遺そうとはしない。花奴隷の血を受け継いだ者は例外なく同じ花奴隷としての運命を背負わされる為だ。代替わりが早いこともその一因にはあるだろう。けれど、ボクは生まれ、まるで必然の悪戯の如く、【帚木】として生を受けた。ボクには両親の記憶が曖昧にしか存在しない。二つだけ、鮮明に覚えていることは、父と母の死にざまだ。ボクは手を引かれ、走っている最中だったように記憶している。ボクの手を引いていた父が突然苦しみだし、母が手を差し伸べようとした刹那、身体が弾けて、ボクと母は血飛沫を全身に浴びた。呆然とその場に立ち尽くしていた時間はどれくらいだったのだろう。母の耳を裂くような悲鳴が響いた。その後暫くして、母は、ボクを守ろうとするかのように身体が衰弱していくのにも関わらず、ボクを抱き締めたまま亡くなった。
両親が死んだ後、ボクを拾ったのはボクの存在を両親から知らされていた花奴隷の一人。花奴隷は、何故かとても裕福な家庭に生まれたり、後に生活水準が高くなる者達が多い。まるで、命を削る代償だとでも言わんばかりであるが、鼻で笑ってしまう。そんなもの、命を勝手に削り取られていくことに比べたらあまりにも安い代償である。ボクを引き取った両親の友人は、ボクに様々な教育を施してくれた。十歳になる頃には、ボクは人々から「天才」と持て囃される者へと成長していた。けれど、心に変化はなかった。
花奴隷達に心は許せても、自分の全てを話したいとは思わない。例外はルイだけだ。ルイはボクが真実を知る者達から隠れて暮らし始めた頃からずっと傍にいる存在だ。ルイはボクに勉学や護身術以外の様々なことを教えてくれた。人間のこと、世界のこと、帚木のこと、花奴隷のこと、神聖な花のこと、世界の本当の歴史、勉学だけでは補えない、人心を掴む心得………。ルイはボクにとって、育ての親…、というものなのだろう。
古来から【帚木】が生まれる時、帚木の親は一時幻想の世界へ導かれるのだという。そこで、箒に似た大木が、雪のように小さな美しい灯りを零し、その雪が結晶化し、物理的な物に変化した後、赤ん坊の手に収まる。それが【帚木】の誕生を報せ、存在を証明する儀式。ボクもボクの対の親も、そんな夢物語のような出来事を体験し、自分達の子どもの運命を知らされたのだろう。
やがて必ず訪れる対との邂逅にも、ボクの心は揺れ動かなかった。過去の神秘がどんなに対の命を奪うことを良しとせずに行動しようとも、母性は抗い、完全な力を得る為に殺さねばならなかった。ボクは神秘の帚木だけれど、母性が抗う気持ちがわからないわけではない。一生を籠の鳥で過ごしたい人間など、普通の感性を持ってしても存在するわけがない。何とも嫌なサイクルだと思う。ボクが二十歳になる頃には、花奴隷の大半はボクの側につくことを選んだ。やはり例外も存在したけれど。気持ちは理解出来ても、ボクにも選択する権利がある。半身を殺す、ということに僅かばかりの対への憐みはあれ、殺さない、ということを考えたことは一度もなかった。けれど………。
今日、神聖な花が支援する大規模孤児院の創立祭という大層な名目を借りた、お金をかけただけの催事でボクは己の対と邂逅した。最後に踊る相手がお互いだったなんて、笑えるほど運命的な出会いだ。催事会場に入った瞬間から、神聖な花と、ボクの側についてくれている花奴隷以外の花の匂いを嗅ぎ取った時、とても面白いことになるような予感で、久しく心からの微笑を浮かべられた。手を取り合った瞬間に、お互い共に直感した。理屈も根拠もなく、自分の半身であると。
母性の帚木は、想像していた姿とは異なり、幼い容姿に反比例するほどの強い瞳を湛え、【運命】や【宿命】という言葉を本気でせせら笑った。恐ろしい気持ちをひた隠し、毅然とボクを見据える目に今まで感じたことのない高揚を覚えた。催事で神聖な花の側にいる屑の選別をして抹殺する。目的は叶ったが、やはりというか、勇者や聖女に一部、邪魔をされた。予想の範囲内とはいえ、その後英雄のように称えられる勇者や聖女達への花奴隷が抱く気持ちは、暗く渦を巻く。ならば置き土産ぐらいはしたいと思った。ボクの対にも。唇を塞いだ瞬間、驚くほどの甘美に酔いしれるのを必死に押し止めた。次いで感じたのはとてつもないほどの力の奔流。勇者の一人に視線で力をぶつけると、呆気なく死んだ。今までこんなにも簡単に力を使いこなせたことも、力を感じたこともない。勇者の一人が死んだことを告げると、青褪めて涙目になりながらボクの頬を叩いた。その表情にとても満足している自分がいた。無意識にも悟っていたのだろう。自分の潜在的に持つ力を渡して、勇者の命を奪ったことを。
神聖な花の枠が一人消えた。次代が生まれるまでに時間がかかるだろうし、その間はその依り代となる花奴隷の命が削られることはない。今まで温存していた策をだすには絶好の機会である。
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