第9話 新生活

(一ヶ月後、昼の街中)

クリフト:「良かった~。ブレス様のお好きな焼き菓子、あと少しで売り切れるところでした」

エルローズ:「人気のお店みたいだったしね」

クリフト:(笑顔で頷きながら)「そうだ。ブレス様が、昼食は外で食べてきても良い、と仰っていました。少し先に行った道に、僕が好きな定食屋さんがあるんです。行きませんか?」

エルローズ:「いいね」

ナコ:(エルローズの胸元から顔だけ覗かせて)「ナコはエビフライがたべた…」(全部言い終わらない内に、エルローズの手で服の中に押し戻される)

エルローズ:「出てきて喋らない。不自然に見えるでしょうが」

ナコ:(不満たっぷりの声で)「ナコだってそとにいきたいもん」

エルローズ:「それなら尚のこと、大人しくしてて」

クリフト:(クスクスと笑いながら)「エビフライも勿論ありますよ。行きましょう」(先頭を歩きながら案内する)



(街の一角にある、感じの良い定食屋に入る)

クリフト:(店内に入り、空いている席に腰を落ち着け、メニューを開く)「エルシャさんは何を頼まれますか?」

エルローズ:(メニューを見ながら思案顔で)「……この、スペシャル丼ってなに?」

クリフト:「ああ、それは店主さんが面白いからと作ったメニューなんです。大鍋くらいの丼椀にご飯、トンカツ、エビフライ、明太子入り卵焼き等々、とにかくカロリーの高いものをめい一杯のせているんです。宴会などで、面白半分に頼まれるそうなんですが、あまりの量に撃沈する人しかいないんです」

エルローズ:(メニューを戻して、アッサリと)「じゃあ、それにしよう」

クリフト:(口元を引き攣らせ)「………エルシャさんが、容姿にまったくそぐわない食欲量をお持ちだということを失念していました」(項垂れつつ、店員に注文を頼み、店員の驚愕の表情をスルーするように心掛ける)

エルローズ:(店員三人がかりで運ばれてきたスペシャル丼に、まずはエビフライを四本ほど取り、服の中のナコに食べさせて、食事を開始する。周囲から向けられる数多の視線を空気のように感じており、動じない)

クリフト:(卵丼定食を食べながら、ひたすらに周囲の視線をシャットアウトするように心掛けている)

バイス:(店内に入り、厨房の中に居る店主に声をかける)「小父さん、久しぶり~!」

店主:「おお、バイスか。久しぶりだな。また女の子達と遊んででもいたのか?」

エルローズ:(一瞬、ピクリ、と箸を持つ手が止まるが、すぐに食事を再開する)

バイス:「その言い方酷くな~い? お仕事してたの。もうじき俺と同僚達にとっての大きな催事があるから、なかなか時間取れなくて。お陰で、女の子達と遊ぶ暇なんかないよ」(ため息混じりに大きく伸びをする)

店主:(笑いながら)「いつもの注文でいいんだな。特別に茶碗蒸しもサービスしてやる」

バイス:「おお! 小父さん、太っ腹!」(機嫌良く、空いた席を探していると、エルローズの注文したスペシャル丼が目に入り、身体の動きを停止させる)「な、なに?! これスペシャル丼じゃん?! こんな昼の真っ盛りに注文する酔狂な人間がいるの??!」

エルローズ:「………食事中に五月蠅い」

バイス:(スペシャル丼の陰に隠れていたエルローズの姿を認め、更に目を見開く)「え?! こんな華奢な女の子が注文したの??!!」

エルローズ:「………いつもこれぐらい食べるから問題ない」

バイス:(愕然とし)「………痩せの大食いの真価を見てる」

エルローズ:(手元にあった濡れ布巾を、バイスの顔面に直撃させて黙らせる)

クリフト:(エルローズの行動に慌てるが、エルローズの視線を受けて、黙って食事を再開する)



エルローズ・クリフト:「「ごちそうさまでした」」

バイス:「ねえねえ! 君、名前なんて言うの?」

エルローズ:(帰り仕度をしながら)「ナンパはお断り」

バイス:「純粋に興味があるだけだって。見た目はこんな美少女なのに大食いなんてさ、ギャップがあり過ぎじゃん? ね、ね。年齢と名前だけでも教えてよ」

エルローズ:「……エルローズ。十八歳」

バイス:「綺麗な名前だね~! そっか~、十八………。って、えええぇぇぇ~~~~~! 俺よりも年上?!」

エルローズ:(容赦なく拳を繰り出す)

クリフト:(そんなエルローズの様子をハラハラと見つめながら、会計を済ませる)

バイス:(無視をして店から出ようとしているエルローズの手に、メモを握らせる)「これ、俺の番号とアドレス。気が向いたら何時でも連絡して。ね?」

エルローズ:(無言でメモを受け取り、クリフトと共に店を後にする)

バイス:(エルローズが去った後を見つめ)「………あんな女性、初めて出会ったかも」(頬を染めつつ口にする)

店主:(ため息を吐きつつ)「バイス……、お前は好きになった女の子には逃げられる人種だと思うぞ」



エルローズ:(邸宅が近くなってきたところで、バイスから渡された紙を細かく千切り、風に飛ばす)

クリフト:(ギョッ、として)「エ、エルシャさん?!」

エルローズ:「…ナコ、気付いた?」

ナコ:(服の合間から顔を出し)「うん、わかったよ」

クリフト:「? どうしたんです?」

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