第8話 選ばなくてもそれは選択

ナレーション(エルローズ):今まで生きてきた全ての常識が覆る。そんな物語の世界のようなこと、私自身に起こる、なんて考えたことも想像したこともなかった。あのままお父さんとお母さんと一緒に暮らして、勉学を終える歳になったらどこかで働いて、縁があったら誰かと家庭を持つ。そんな風に未来を見ていた。………生まれた時から、そんな未来も平和な現実も、いつか壊れる運命だったなんて、知ったところで、誰に怒りや憤りをぶつければいい? 私以上の運命を背負っている人達を目の当たりにして。

お父さんとお母さんが、どうして十二の神聖な花をどこか忌み嫌っていたのか、今ならわかる。当たり前だ。私だって真実を知った今、嫌悪が心の奥に燻っている。十二の神聖な花に選ばれることは名誉で徳の高いこと。その力を授かる代わりに、自分の知らないところで命を削っている人間がいるのに?! ああ……、そっか。勇者や聖女も、所詮は創られた箱庭の中で決まりきった宿命を何も知らずに、知らされずに、甘受しているだけの哀れで愚かな人形。そういうことでしょう?

お父さんとお母さんは、世界の側に捕まっているらしい。むしろ、命の安全は守られているのが幸いだ。殺し合う? 私が? もう一人の帚木と? なんでッ? なんでそんなことをしなくちゃいけないの?! そんなこと望んだことなんて、ただの一度もないのにッッ! ………お父さんとお母さんは、万が一の時の為に、ブレスさんに繋ぎを取っていたんだろう。私の安全場所として。あれから、倒れた私はただただ考え込んだ。これから先、どうしていけばいいのか。私を匿っていることで、ブレスさん達にまで危害が及んだら堪ったもんじゃない。食事も満足に摂れない。ナコは心配そうに、泣きそうな目で私を見ている。



(真夜中、ブレスの邸宅の外にある広大な庭の一角にある花園で、エルローズはポツンと一人、座り込みながらボーッ、と花々を眺めていた)

エルローズ:「(どうしてこの庭に咲いている花達は、薔薇も百合もカトレアも、クロユリ、リンドウ、アリウム………。関係なく栽培してるのかな…?)」

テオ:「どうしたんですか? こんな真夜中に」

エルローズ:(テオの姿をゆっくりと瞳の中に映し)「………どうして、この花園は、種類関係なく花を栽培しているのかな……、と思って…」

テオ:(薔薇に近づいて香りを嗅ぎながら)「咲くために生きる花に罪はないから」

エルローズ:「そう……」

テオ:(エルローズの隣に移動し)「こうして見ると不思議なもんだね…。この花達はお互いに精一杯咲き切って生きるために咲いているのに、自分達は争い合ってる」(エルローズと同じように座り)「……選ばなくてもいいよ」

エルローズ:(テオを見返す)

テオ:「選ばずに、このまま此処でひっそり生きていくのも選択の内だよ」

エルローズ:「どうして………?」

テオ:「ね? どうして自分とブレスさん、クリフトがこの家に居るか、知ってる?」

エルローズ:(首を振る)

テオ:「………伝説上の帚木はね、全て神秘を象徴と加護する者。母性はその名の通り、争いを好まず、かといって、ただ閉じ込められるのも、殺されるのにも抗った。昔の帚木達は、神聖な花と花奴隷の理を壊そうとしたんだよ」

エルローズ:(黙って耳を傾けている)

テオ:「最初の帚木の時は、世界中の誰でも花奴隷という存在を知ってた。知っていて、必要なことだと黙認してた。そのことを帚木が怒り、世界人口の半数が死んだ。それから、花奴隷の存在は秘匿されるようになった。次の帚木は、神聖な花と花奴隷の理を壊す方法を探してた。それが世界側に知られて、勇者や聖女達との戦争になった。花奴隷達は己の命が早く消えてしまおうとも、理の破壊に全てを賭けていた。でもね……、母性の側に付く花奴隷もいたんだよ。片割れとも呼べる存在を殺してまで、得るものは何なのか、ってね。そんなの、神聖は花と花奴隷とまったく変わらないじゃん」(おもむろに羽織っていた上着を脱ぐ)

エルローズ:(見たものに目を大きく見開き、口元に手をあてて、声を押し殺す)

テオ:(右腕は服を脱がない限り、表皮のお陰で義手だとわからない繋ぎ目があり、左腕は手の甲辺りまで包帯で巻かれている)「自分は物心がつかない時に花奴隷に選ばれた。それも最前線で戦うような攻撃型の花の対として。いずれ、左腕も義手になるだろうって言われてる。ブレスさんもそう。唯一の救いは、クリフトが後方支援型の花の対だったことかな。あの子は自分達よりも長く生きれそうだから」(再び上着を羽織る)「自分達以外の花奴隷達は神秘の帚木の傍に居るけど、自分達は此処。母性の帚木の側に居ることを望んだ。単純に帚木の力の由来も嫌だったけど、興味があったから。歴代の母性がどんなことを考えて、どんな風に生きたのか。でも、エルローズには選択する権利がある。どんな選択でも、それは間違いじゃない。自分で選んだことなら」

エルローズ:(眩しそうにテオを見つめ、目から一筋、涙を流す)「………ありがとう」

テオ:(視線を彷徨わせ)「べ、別にお礼を言われることじゃない」



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