第3話 運命のはじまり

(テレビのニュースを見ながら、夫婦がソファで話している)

リュシーナ:「………今度は南東の国々で小さな紛争が起こっているみたいね」

カハール:(心底嫌そうなひょうじょうで)「大方、またまた勇者様や聖女様を投入するんだろう」(そう言いながら妻の膝に頭をのせる)

リュシーナ:(苦笑しつつ、カハールの頭に手をのせる)「仕方がないわよ。それが神聖な花が存在する意味になっているのだから」

カハール:(リュシーナの長い髪を片手でもて遊びながら)「……神話通りの世界だったなら、皆幸せになれるさ」

リュシーナ:「私は幸せよ。こうして在れることが」

カハール:(リュシーナの言葉に目を見開きつつ、微笑み)

エルローズ:(無言でチョコレートを食べている)

カハール:「俺も…、とても幸せだ。リュシーナと出会えた世界に生まれて」

リュシーナ:(笑いながら)「それ、プロポーズの時にも言ってたわね」

カハール:「本当のことだから」(上半身を動かして、リュシーナの顔に自分の顔を近づける)

エルローズ:「………いつまで二人の世界をつくってるんでしょうか? 万年新婚ご夫婦?」(クッキーの袋を開けながら)

リュシーナ・カハール:「「ウワァ?! エルシュ?!」」(二人揃って飛び上がる)

エルローズ:「………今頃気付いたんかい。年がら年中、場所を弁えずにイチャイチャされるのは、子どもとしてとッッッても! 迷惑を被るのですが?」

リュシーナ・カハール:(二人揃ってエルローズに頭を下げる)「「ごめんなさい!」」



ナレーション(エルローズ):私達が生きるこの世界では、大昔から十二の神聖な花が、代々花の依り代として選ばれた者に力を与え、守護している。依り代に選ばれた者は、誰もが憧れる『魔法』というものを扱えるようになる。女性ならば「魔法聖女」。男性ならば「魔法勇者」と呼ばれ、世界の中枢に身をおくのだ。

とは言え、田舎地方で両親とのんびりと暮らしている私、エルローズ・伝承・ベルニアには生涯関係のないことである。唯一の悩みと言えば、所構わず自分達の世界をつくる、万年新婚夫婦の両親である。結婚してから何年になるんだよ? 私十八の誕生日を過ぎたんだけど。

私は幸せだ。そう、幸せだったのだ。だからこそ、気付かなかった。両親がどこか、神聖な花を忌避していること。その理由。人間なのだから、心は様々にあると、そう考えていた。そんな風に考えられることが、私が両親に絶対的に守られている証なのだと、そう思い至った時には、全てが遅かったことに。



(数日後、真夜中、エルローズの自室)

リュシーナ:(エルローズを声を潜めて揺り起こす)「エルシャ! エルシャ! 起きてッ」

エルローズ:(目をこすりながらベッドから起き上がる)「………お母さん? どうしたの?」

リュシーナ:「いいから起きて!」(ベッドからエルローズを起こし、手を引いて別の部屋へと移り、その部屋にある本棚を動かし、隠し扉を開ける)

エルローズ:(目の前の一連のリュシーナの行動に眠気が覚め、目を見開いている。そこでようやく、階上から聞こえる複数の言い争う声に気付く)

リュシーナ:(エルローズの手を引き、隠し扉を潜り、倉庫のような場所に出て、箱の中に仕舞ってあったであろうリュックをエルローズに背負わせる)

エルローズ:(狼狽えながら)「お、お母さん、お父さんは?」

リュシーナ:「お父さんは大丈夫。いい、エルシャ、よく聞いて」(エルローズの肩に両手をおき、顔を覗き込む)「エルシャは、これからこの外に通じているドアから出て、森の方角に向けて走るのよ。後ろは振り返っちゃ駄目。北の森なら、獣が多くでるから、そこまでは追ってはこられないでしょう」

エルローズ:「ま、待って! 何の話をしているのッ!」

リュシーナ:(エルローズの頬を両手で包み、尚も話し続ける)「今は説明している時間がないの。お母さんとお父さんを信じて、貴方は此処から逃げて」

エルローズ:「お、お父さんとお母さんは?! 私だけ理由もわからないのに逃げるって……ッ!」

リュシーナ:(エルローズの額に自分の額を合わせる)「……ずっと、何も知らないままでエルシャにはいてほしかった。そんなこと、いずれは無理だとはどこかでわかっていたのに」

エルローズ:「お母さん…?」

リュシーナ:「…リュックの中に入っているメモの中に、どこに行けばいいのか書いてあるから。そこで、連絡した人が待っているわ。エルシャはその人を信じてついて行って。………これから先、二度と会えなくても、お母さんもお父さんもエルシャを愛しているから。貴方は私達の宝物。それだけは覚えていて」(その言葉を最後に、有無を言わさずドアの外に放り出すようにエルローズを出す)「早く!」

エルローズ:(リュシーナの今まで見たことがないほどに鬼気迫った表情に、触発されたように小走りから全速力で走り出す。家が見える高台まで来た時、振り返ると家の灯りが煌々とし、十数人の人影が争っているのがわかった。逡巡した後、北の森の奥深くへと走っていく)



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