第11話

 魔法少女になってから三日目。


 俺は今、購買に来ていた。何故弁当じゃないかというと——家に忘れてきたからだ。


 くそっ、それもこれもマーチの所為だ。アイツが昨日練習のために撮った映像をネットにあげるとか言い始めて、それを止めることに夢中で存在をすっかり忘れていた。アイツに届けさせようと思ったけど、何故か通信に出ないし、色々最悪だ。


「ねぇねぇカエル人間の話聞いた?」


 不意に聞こえてきた単語に、俺はパンを選ぶのをやめて耳を澄ませた。


「うん、なんかまた襲われたみたいだね」


「そうなの、しかも今度は野球部の一年だって、怖いよね」


「ねー、粘液まみれになるとか最悪」


 レジの列に並んでいた女子生徒二人がそんなとりとめのない会話をしていた。俺はそれを聞いて昨夜のことを思い出す。それは昨日、トイレで聞いたカエル人間についてマーチに話した時のことだ——。




「カエル人間?」


「ああ、なんかウチの生徒を襲って粘液まみれにしているらしい」


「……それ、欲求不満な君の妄想じゃないよね?」


「違うわ。それよりどうなんだ?バクだと思うか?」


「んー正直それだけじゃなんとも、それにセンサーにも反応なかったし」


「そういえばバクがいる場所わかるんだよなお前」


「その通り!我が社が開発したバク探知センサーがあれば、100キロ離れた場所であろうとバクを探知することができるんだ!どうだすごいだろう!」


「なるほど、とりあえずお前の力じゃないことはわかった。だとしたらやっぱり見間違いってことか?」


「そうかもね、もしくはその人の顔がカエルにそっくりだったとかね」


「ん~……」


「あの、ところで夕斗さん……」


「なんだ?」


「そろそろ降ろしていただけませんか?首輪とはいえ宙吊りなんでめちゃくちゃ苦しいんですけど……それに僕をカーテンに吊るしても雨は止みませんよ?」




 マーチが言うにはバクではないらしい。でも、妙に気になるっていうか……いやいや、変に首を突っ込むのはやめておこう。俺にはバクを退治して元に戻るっていう使命があるんだ。余計なトラブルに巻き込まれている暇はない!


 さっさとパンを選び、会計を済ませて廊下に出ようとした時、俺の目の前を見知った人が通り過ぎた。


「今の、榊原先輩?」


 廊下に出た俺は先輩が向かった方向を見た。そこにはすでに誰もいなかったが、視線の先にある扉が閉まろうとしているところから察するに、先輩はそっちへと行ったんだとすぐにわかった。


 そういえばここ、俺がマーチと出会った場所じゃないか?ていうことは中庭に向かったってことか?


 俺はドアを開けて外に出たが、すぐ物影に隠れた。何故なら中庭で榊原先輩と女子が二人っきりで会話しているからだ。それもお互いに向き合って――まさか告白!?さ、流石はサッカー部のキャプテン、おモテになられる。


 しばらくすると女子の方が先輩にペコリと頭を下げて、顔を抑えながら走り去って行った。なんだか顔が赤かった気がするけど、もしかしてオーケーしたのか?


「榊原先輩、もしかしてあの子と付き合うんですか?」


「うおっびっくりした!ていうかお前、見てたのか?」


 突然現れた俺に驚きながら、榊原先輩は気恥ずかしそうに頬を掻く。先輩もあんな表情するんだな、しかもイケメンだからそんな仕草も絵になるという……羨ましい限りだ。


「まあ一部始終を……それで、どうなんですか?付き合うんですか?」


「お前はまた変な勘違いを……今の子はサッカー部のマネージャーで、今度部で使う備品を選ぶのに付き合ってほしいって言われたんだよ」


「えっ、それってつまりはデートですよね?」


「そうか?ただ何がいいか相談に乗ってほしいだけだと思うけど」


「何言ってんスか先輩!アンタ中学の時も似たようなことあったの忘れたんですか!」


「アンタってお前……でもあれだって別にデートだったわけじゃないし、深く考え過ぎだろ」


 能天気に笑う先輩に対して、俺は殺意が湧いた。あんなにモテモテなのに気づかないとか、アンタはラノベの主人公か!ああいうのは二次元だけで結構です!ていうかなんで気づかないんだよ!さっきの子だって会話してる間もあんなに頬を染めて楽しそうに話してたのに……!これだから鈍感系は!爆死しろ!


 そんな俺の心の声が届いたのか、何処からか大きな音が聞こえた。これってもしかしなくても……


「なんだ今の音……?」


「すみません先輩、ちょっとトイレ行ってきます!」


「えっ、おい安西!」


 先輩の声を耳にしながら校舎内に戻り、近くの男子トイレに入った。こうも都合よく人がいないのは奇跡だな。首に掛けたアフターグローを表に出して、マーチに通信を繋げる。


「おいマーチ、もしかしてバクが出てきてないか?」


『おお、ナイスタイミングだよ夕斗!そうなんだ、丁度君の学校の近くでバクが現れたんだ!すぐに対処してくれ!』


「了解。昼休みが終わる前に倒さないとな——行くぞ!アフターグロー、セットアップ!」


 まばゆい光に包まれて、俺の体が変化していく。あっという間に景色が戻り、ユウカに姿を変えた。


 よし、それじゃあ早速——


「それでさぁアイツ、が……」


「ん?どうし、たん……」


「あっ……」


 トイレに来た男子生徒たちが、俺の姿を見て入口で固まっている。なんで魔法少女に変身するのに男子トイレに入ったんだ俺は!


「し——しししし失礼しましたああああああああああああああああ!!!」


 俺は空いていたトイレの窓から一目散に飛んで逃げた。後ろから男子生徒たちの声が聞こえてくる、幸いバレたわけじゃないみたいだけど、今度から男子トイレで変身するのはやめよう。


 トイレから飛び出して一分もしない内に現場へ到着した。高い建物が立ち並び、多くの人が行き交うビル街。その内の一つのビルの屋上に、一際目立つ奴がいた。


「これはまた大きな——トンボ?」


 種類はオニヤンマだろうか、緑色のサングラスのような目に黄色と黒の縞々模様の大きなトンボが、屋上から地上を見下ろしている。それ以外は特に何もしてないようだけど……こいつの願いはなんだったんだ?


「まあなんでもいいや、さっさと倒しちゃおう!」


 俺はトンボに向けて杖を構えた。するとバクは俺に気づいたのか、顔を上げて俺のことを真っ直ぐ見つめてきた…………それ以外の行動はしてこない。アイツの顔の直線上に浮いている俺は、言い知れぬ緊張感に思わず唾を飲んだ。


 トンボの目は一見二つの大きなレンズに見えるが、本当は小さな目の集合体である。その小さな目の一つ一つが、俺のことを見ているような気がする……こ、怖くて動けない。


『何してるんだ君は、早く攻撃しなよ』


 緊張感をぶち壊すように、マーチの声が聞こえてくる。


「いや、なんていうか……こんな微動だにしないで見つめられると動けないっていうか、動いたら何かされるような気がして……」


『いや、むしろもうされてるよ君は』


「えっ、どういうこと?」


 マーチの言葉に俺は目線をアフターグローに向けた。


『こいつの願いはおそらく……女性の裸を見ることだ。アイツは今、それを実行している』


「えっ、女性の裸を……?」


 またそんなアホな願いを——いや、だとしたらおかしくないか?その願いを叶えるなら銭湯を襲撃したり学校の更衣室に突撃したりするはずだ。それがなんで町中なんだ?……そういえばこいつ、俺が来る前は地上を見下ろしてたな。


 俺はそのことを思い出して地上を見てみる。下にはバクや俺を見に来た野次馬たちが集まっている。普通なら逃げるものだが、何もしないことに安心して完全に見物客気分になっている。


 もちろん、裸の女性はいない。それはそれで騒ぎになるからな。そして今は俺を見ている、もちろん俺も服を着ている。裸を見ることなんて——


「こいつまさか……透視してる?」


『だろうね、あの複眼は衣服だけを透かすことができる特殊な目なんだと思うよ。服だけに』


「面白くないんだよ!」


 マーチの寒いギャグにツッコミを入れながら、俺は慌てて胸と下半身を隠した。見られている気づいた瞬間全身が熱くなってくる。マーチが言ったことが本当なら動かないのも納得だ。だって動く必要がないんだから!


「こ、こいつぅ……!!燃やす!絶対に燃やしてやる!」


『発言が乙女じゃないよユウカちゃん』


 そんなこと知ったことか!人の裸をジロジロジロジロ熱心に見やがって!男の身としては気持ち悪いことこの上ないわ!まずはその目を使えなくしてやる!


 俺は今一度バクに向かって杖を構えた、この間にもこいつは俺の裸を見ているだろう………めちゃくちゃ恥ずかしいが、これならアイツは動かない!


「マターアイズ・フュージョニウム!」


 顔を赤くしながら発動した魔法はトンボのレンズを標的に捉えた。光に満たされ変化が起きた途端、今まで大人しかったバクが慌てるように暴れ始めた。


 それもそのはず、俺はアイツの目とビルの窓ガラスを融合させたのだ。こうすれば、アイツのレンズは目としての機能を失う。つまり、何も見えなくなるのだ。我ながらエグイ方法ではあるが……


「人の裸を勝手に見た罰だ!しっかり食らうがいい!」


 俺は一気に地上へと下降し、道路の上に着地した。後ろの歩道で様子を見ていた野次馬たちが、目の前に降りてきたことに興奮して歓声を上げている。俺はそちらに一度だけ笑いかけてから、止まっている車に近づいた。


「すみません、少しお借りします!マターロッド・フュージョニウム!」


 俺が呪文を唱えると同時にトンボが羽を動かし空へと飛び立った。


 だがアイツの視界には何も映っていない。目の前のビルに激突し、方向を変えて飛ぼうとしてまた激突し、周りのビルにぶつかり続けている。


 融合を済ませた俺はトンボを追い越して杖を真上に構えた——いや、これもはや杖じゃない。ただのウォーハンマーだ。


「車のエンジンとパーツで出来た燃える鉄槌!レプシロバーン・ハンマー!」


 ビルに跳弾したように突撃してきたトンボの頭に、ピストンで加熱した鎚を叩きつける。


 その瞬間、バクの頭が爆発し、全身が炎に包まれた。頭脳を失った巨大な虫はそのまま地上に落ち、跡形もなく消え去った。そんな様子を俺は——見ていない。何故なら爆発に巻き込まれてビルに突っ込んでいたからだ。


「…………この技、威力はすごいけど反動もすごい。おまけに手も火傷しそうになったし、次使う時は対策を考えないと」


『君ってほんと、頭は回るのにお馬鹿だよね。そうそう、ホープ・ピースがバクから出てきたから、下に戻って回収しておいてね』


 俺は適当に返事をし、突っ込んだビルの人たちに謝りながら地上に降りた。


 それにしてもこれで三個目か、今のところ一日一つのペースでゲットしてるし、残りの四つを手に入れるのも難しくないかもな。


 地上に降りるとさっきより大きい歓声が俺を出迎えてくれた。社長の言う通り、俺は着実に人々の信頼を勝ち得ているようだ。


 野次馬の皆さんに手を振って応えながら、落ちているホープ・ピースを回収した。よし、記者が来る前に帰ってしまおう!幸いまだそれらしき人たちはいない、いなければインタビューに答える必要もない!そう思って空へ飛び立とうとしたその時だった。


「あの!」


 聞き覚えのある声を耳にして、俺はそちらを向いた。そこには野次馬に混じって俺のことを見ている愛華ちゃんがいた。


 なんでこんなところに!?俺が言うのもなんだけど学校はどうしたの!?突然の登場に頭が回っていない俺に向けて、野次馬の声に負けないように愛華ちゃんは叫んだ。


「一昨日は助けてくれてありがとう!これからも応援してるよ!」


 ど、どうしよう、俺は今、すごいだらしない顔をしている気がする。いつもなら必死に抑え込むところだけど、今の俺は魔法少女ユウカ、それなら隠す必要はない。俺は心の底から湧き上がる幸せな気持ちをそのまま表に出すように笑った。


「うん!ありがとう!」


 自分の声が届いたことを知った愛華ちゃんは、とても嬉しそうに笑った。守りたいこの笑顔とはまさにこのことだ。可愛い、可愛すぎる!!そして、そんな笑顔が俺に向けられる時が来ようとは……我が生涯に一遍の悔いはない!


 俺は幸せな気持ちに満たされながら空へと飛び去った。だが、戻ってくると同時に昼休みが終わり、パンも馬場に捕食されていることを知り、悲しみに暮れることになった…………今日ほど神様は恨んだことはない。

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魔法少女ユウカちゃんの秘密 一二三五六 @12356

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