◇31.護りたいと想うキモチ
濃いめのスカイブルーのラインが入った電車から降車した
「五十嵐先ぱーい! 彼女さんきてまーす!」
あらぬ誤解に「違うわあ!」と叫んだ声が重なった。オレンジの制服を着て、奥でせっせと働いている
「自分で呼べばよかったわ」
「間違いねぇよ。店長ー、休憩もらいます!」
「はいー、いってらー」
その場を二人であとにする。少し歩いて到着したのは普段通りの砂浜。昨日にブラックホールが渦を巻いていたとは思えない。
「ハンカチねぇから、これ」
羽織っていたオレンジ色のジャンパーを脱ぐと、優は昨日と同じように仁子の座る場所を作るため、砂の上に敷いた。
「あ、そう言えばハンカチって……」
「あー、なくなった。どっか飛んでいっちまったんだろうな」
「ごめんなさい。弁償するわ」
「いや、いらねぇよ。大したもんじゃねぇから。ほらよっ」
優がポケットから取り出したのはカフェオレの缶。仁子は軽く投げられたそれをキャッチした。
「ありがとう」
「いえ」
プシュ、タブが開く音。喉が渇いていたようで、優はごくごくと飲み始めた。
「
三角座りをした足の隙間に手を下ろし、顔を膝につけぷるぷると優が肩を震わせている。
「お前さあ、たまに何かおもれぇんだよな」
「どこがよ」
「や、今のまじひでぇ。どの椿なのか全然分っかんねぇんだけど」
声を上げて笑いだした優を、力任せに仁子は平手で殴りつける。ツボにはまってしまったのか変わらず肩を震わす優を無視して、仁子は真面目に話しを続け始めた。
「先輩に聞いたんだけど、あの覚醒した三つの
仁子が“誠也くん”を嫌味っぽく強調すると、優は改めて軽く笑ったのち、真剣な顔つきになった。
「なるほどな。とりあえずクリアはしたってことか。ってか、ブックのそれ……誠也は
「そうみたい」
「まあ、そこに関しては……真也を連れ戻せて、本当によかった」
「うん。本当にね」
「つーか、お前びびらせんなよな」
「何がよ」
「いや、あの顔面血まみれ。まじで死ぬんじゃねぇかと思ったんだからな」
「ああ、あれね」
「ああ、あれねって、とんでもねぇ女だよお前は」
「あの瞬間必死すぎて
「まあ確かに。俺も若干そうなったけどよ、あんま無理やらかすなよな」
「あ!」
仁子の腕は伸び、優の左腕を掴む。食い入るように
「これ、覚醒したからこうなったの?」
「恐らくな」
“
仁子の脳内には浮かび上がる。あの部屋でたったひとり、自分だけが知りえてしまった優の左目に関係しているであろうよくない文字の羅列が。
「……赤」
自らの意識のない中で、漏れる小さな呟き。
「
正常な色をしている優の左目を仁子は見つめた。
「ん? 何だよ」
「私、赤が嫌いなの」
「知ってるけど」
「え? どうして? 私言った?」
「お前さ、初めにこの色決まった時、フォールンに変えれないか聞いてただろ? だからそうなのかって思ってた」
聞いていないようで意外に周囲へ気を回している優に、仁子の鼓動はトクンと音を立てる。
「しっかし、お前とはほんと奇遇っつーか、ぶっちゃけ俺もなんだよな」
「え!? そうなの?」
「うん。しいて言うなら先輩の緑だったらよかったなー。斧もかっけぇし。まあ文句たれてもしょうがねぇけど」
海に沈む夕日を見つめる優の横顔に、仁子の心で、もうひとつの気になっていたことがじたばたとし始める。それは優の流した涙。
「……
躊躇いながらも、それについて仁子が問おうとしたその時だった。
「ヒュ~ヒュ~ッ、ラブラブですな~♪」
颯爽と現れたのは、傘を手にした
「し、白草くん! びっくり! ってかラブラブじゃないわよ!」
「え~そうなの~? 二人お似合いじゃな~い?」
「お似合いじゃないわよ! 誤解しないでよね!」
「も~怖いなあ、おりかっさーは」
「おりかっさーって……」
二十年もの人生の中で、一度も呼ばれたことのない奇妙なあだ名に、仁子は口を閉じ込んでしまった。
「なあお前、きてそうそう申しわけねぇけど、聞きたいことがあったんだ」
「何でしょう~?」
「お前さ、あの空間でフォロワー素手で倒したって言ってたけど、あれ、本当か?」
仁子の片方の眉はピクリと動いた。
「どうしてそう思ったの?」
「いや、普通じゃねぇなって」
「ん~、答えは分からない。俺もどうして自分がこんなに強い設定にされてるのか、分からないんだ」
「ふ~ん……そうかよ」
「
しばしの間――優は口を開いた。
「つーか、リーダーって誰だ」
「君だよ」
「は!? 俺!?」
自らを指し驚く優。
「いえーす」
「いやいや、何勝手に決めてんだよ!」
「だって、赤色じゃん。よくある戦隊物のヒーローだって大概リーダーは赤色さ」
「まじ何だよその法則!」
「と言うわけで、リーダーには報告義務があると思いましたので、大切なことを三つ、お話しようと、ここにやってきたので~す」
えっへん、と腰に両手を当てる賢成についていけず、仁子は茫然としてしまう。
「納得したわけじゃねぇけど、聞いてやるよ」
優が身体を賢成のほうへと向ける。賢成は優と仁子を見下ろしたまま、口角の上がった口元を動かし始めた。
「前置き、これは全て、俺の勘です。だから聞いたことを
優と仁子は賢成を見上げたまま頷く。賢成は右手の指を、人差し指を除いて全て折り込んだ。
「ひとつ! 今回は、誰も死なずに無事にこの第一の物語をクリア出来たよね。でも、それは恐らく今回だけの話。これはgameだ。侮っちゃいけない。この先の未来が俺達みたいなちっぽけな若者に委ねられていると言う笑っちゃうような壮大な設定には違いない。だが、最後の物語まで、自分達なりの本気で挑むべし!」
賢成の右手の中指が立ち上がる。
「二つ! 戦うのはフォロワー、
「おい語尾おかしいぞ」
優のツッコミは華麗にスルーし、賢成は三本目、右手の薬指を立ち上げた。
「三つ! さっきも言いましたが、俺は一体何者なんだ! もしやデッド様から指示を受けているスパイなんじゃなかろうか。はたまた
“三”を示していた賢成の手は、パーのかたちに開かれ、静かに身体の横へと下ろされた。
「俺は、奇跡的に出会えた大切なCrystalの仲間達を全力で護ります! 以上!」
賢成の力強い演説が終わると、仁子はくすくすと笑い始めた。
「えーっ! ちょっと~おりかっさ~、何で笑ってんの~!」
「ごめんなさい……ちょっと、どうしてか気持ち悪くて」
「えぇぇー! 感想それ!? ドSすぎでしょ~、嫌いじゃないけど♪」
「ダメ、キモイ、どうしよう……」
腹を抱えて笑う仁子に、バサバサと手をコウモリのように動かして近寄る賢成に、優も声を上げて笑い出した。
「なあっ……白草」
優の呼びかけに、軽く頬を膨らましながら賢成が振り返る。
「報告、承りました。おめぇの言葉を、八割くらいは信じてみようかと思います」
にぃっと歯を見せた優に、賢成はふわりと緩く、らしい敬礼をした。
「いえす! リーダー!」
賢成は、スキップしながら二人の元から離れていく。
「じゃ、俺はいくね~」
「え! 急ね!」
「忙しいやつだな」
「おりかっさーにキモがられたから~帰ってやるも~ん」
「雰囲気によらず、根に持つタイプなのね……」
「冗談だよ~」
コロコロと忙しく表情を変化させる賢成に、二人は笑みを向けた。
「あ、そうだ、もう一個だけ」
「何だよ」
深く、深く、その場で頭を下げた賢成。その姿を際立たせるのは、遠くまで広がっている絵画のような夕焼け空だ。
「
顔を上げた賢成の顔は、
「ありがとう!」
ただ一心に友達の幸せを思う、くすみ汚れのない、はつらつとしていた。どう致しまして、優と仁子の声は再び重なり合った。
賢成がお決まりの「アディオ~ス」を言い残し旅へ出ると、ACの時計針を見た優が慌てて立ち上がった。
「やべっ、休憩終わるわ! 戻らねぇと」
「五十嵐くん」
付着した砂をパタパタと掃う優を、仁子は呼んだ。
「どうした?」
「私ね、未来を変えたい」
夕焼け色を反射する優の瞳が震えた。
「絶対に変えたいの!」
「お、おう」
もちろん
仁子は、その勢いのままに立ち上がる。
「私が護ってあげるわよ!」
二人の間を流れていくさざ波の音。
「あっ……ち、違うわよ。白草くんと同じで、五十嵐くんのことだけじゃなくてみ、みんなよ! 勘違いしないでよねっ!」
顔をくしゃくしゃにして優は笑った。
「そりゃ、頼もしいわ。サンキュ」
仁子は太陽が沈み切らずに照らし続けてくれていることに感謝した。何故か頬が急に熱くて仕方がないから、紅色に染まっていたとしてもばれずに済むから。
「やべ、まじで戻らねぇと」
「あ! ごめんなさい!」
「うわ、お前、俺のジャンパー砂まみれじゃねぇか!」
「は、はあ!? あんたが貸したんじゃない! 私に自ずと!」
「はいはいそうですけど何か!」
「ほら、仕方ないからちゃんと掃ってあげるわよ」
「当たり前だろ!」
砂浜に、大きな足跡と、小さな足跡が残っていく。そんな二人の背中を、密かに空へと昇った優しい色をした月が見送っていた。
Crystal:Episode one
――The moon was bring back the sun.――
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