■Past Side NARI takes over Side SEI ■
Ⅸ◆僕が、殺した。僕は......?◆
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◆
その日は成くんに連れられて、真っ赤なりんごを手にしたまま自宅に戻った。見れなかった、父の目も、母の目も。避けるようにして僕は二階の自室へと駆け上がった。いつもそうしていた真を思い出すと、不安定なままの僕の目からは再び涙が溢れた。
警察からのお告げを聞いて絶望した。しかしその絶望の中でも諦めきれなかった僕はひとり捜索を続けたが、真がその姿を現すことはなかった。
僕が真を殺したんだ。僕が殺した僕が殺した僕が僕が僕が……! そう思い自分がのうのうとこの家に生き残っていることを戒めながらも肯定しようとしていたんだ。無様な弱者である自分の存在が憎たらしくてならなかった。
僕がいけなかったんだ。僕が兄としての役目をきちんと果たせるような人間であれば、こんなことにはならなかったんだ。押し込み切ろうとしていた僕の心情を吐露するに導いたのは、成くんだった。
平静を本気で装いギリギリの気持ちを隠しながら登校を続けていた僕は、事件から数週間後、成くんから放課後の誘いを受け、あの丘の上にある公園へと向かっている途中で、滲み出してきた涙を目の中に留められなかった。
公園のブランコに腰かけると、成くんはハンカチを手渡してくれた。
「ごめんね。これだけは先に言っておくけど、無理に聞き出そうとか、そう思ってるわけじゃないからね」
成くんは、本当に優しいんだ。
「ただ、
初めて成くんと会話を交わした瞬間は、もちろん警戒していた。真のことを遠回しに探ろうとしてきたし、よくいる双子の内情を知りたい的なミーハーだと思った。
でも違った。図書室であの本の話題に触れられた瞬間、この人は違う、君の傍に必要な人だよと強く神に訴えかけられている、そんな気がした。
「大丈夫? 今日も涙止まらなくなっちゃったらどうしようね~」
誰よりも温かく微笑みかけてくれる成くん。この人には全てを打ち明けるべきなのではなかろうか、と思ったんだ。
「……成くんが、初めて話しかけてくれた日、僕に傘を貸してくれたでしょう? あの日、叫んでた本のことを覚えてる?」
しゃがれ混じりな僕の声、凄く聞き取りずらかったと思う。
「もちろん、覚えてるよ」
でも成くんは嫌な顔をせず、ひたむきに僕の話に耳を傾けてくれた。
「あんな感じだったの。あの本は二人の男の子が主人公。双子ではないけれど、その二人の性格はまるで、月と太陽のように正反対。初めは凄く仲がよかったけど、次第に互いを羨むようになって擦れ違う。でも、本当は仲よくしたくて、仲直りをするために互いのことを密かに心の中では探り合い続けてる。一度は離れてしまったけれど、最後には本当の気持ちを話し合って笑うんだ。そんなベタな、友情話」
絵具で描かれたような夕暮れの空に、僕は視線を移した。
「僕は、あの本をね、ヒントを得たくて借りたんだ。僕と真の関係性、いや、家族の関係性も含めて修復出来る方法を掴みたかった。でもね、その家族を崩壊に導いた一番の根源は、僕なんだ」
胸が
「僕と真は月と太陽みたいに正反対な人間だけど、小学校の低学年くらいまでは仲よしだった。でも崩れ始めた。僕達のお父さんは、他の家と比較しても厳しくてさ、幼い頃からずっとだった。真はやんちゃだったからその頃から怒られることは多かったんだけど……僕達が大きくなるにつれてお父さんの態度が明らかに真だけに対してどんどんきつくなっていって、僕の中でそのことが凄く気にかかりだしたそんな時だった。夜中に僕はたまたま目が覚めて、喉が渇いていたからリビングに向かったんだ。でも、聞こえてきた会話に、そのまま階段の陰に潜んだ」
「どういう会話だったの?」
「纏めると、成績と態度についてだった。盗み聞きしてたら、お母さんにお父さんは罵声を浴びせたんだ。“真にはお前の遺伝子が多く入ったからだ。だからあんなに出来そこないな子なんだ”って」
成くんが、静かに口を噤んだ。
「その時のお父さんの声のトーン。忘れられない。怖かった。悪魔かと思った。お母さんのすすり泣く声も聞こえた。何よりお母さんは昔からお父さんの言い成りだった。お父さんのことを僕以上に恐れてたと思う。真は、勉強が嫌いでさ、逃げるように毎日外で遊んでて、宿題もあんまりちゃんとしてなかったし、お父さんにも反抗してた。僕は真は普通だと思ってた。僕が子どもにしては静かすぎただけで、他の子は基本的にみんなお友達がいて元気に遊ぶものだって客観的に思ってた。でも、それがお父さんの逆鱗には触れてたみたい。お父さんは勉強をしない人間、出来ない人間に価値はないって昔からよく言ってたから、息子をちゃんと自分にとって、価値のある子に育てられないと、気が済まなかったんだと思う」
フラッシュバックする当時の光景。僕は口内に浮かんできた生唾を飲み込んだ。
「お父さんはその感情のままに、真を机に縛りつけてやるとか、自由を全て奪ってやるとか、今後遊ぶのは一切禁止にしてやるとか、とにかくひたすらにそんな感じのことを言い続けてた。冗談かと思うよね? でも、僕には本気だって分かった。確かに真に非が全くないわけじゃなかったかもしれないけど、お父さんのしようとしていることはあんまりだって。その時の僕は必死で考えた。どうしたら真の笑顔を護れるかって。兄として、何としてでも護りたかった。ただ、僕は器用じゃなくて、しょぼい脳みそで考えついた案はたったひとつしか浮かばなかった」
夕日が沈んでいき、空の色は変わり始めた。
「それは“僕が真の分までいい子を演じること”。自分がお父さんにとっての“いい子”っていう自覚はその悪魔のような言葉を聞くまではこれっぽっちも思ってなかったんだ。ただ、人が苦手だったし、友達も必須だとは感じていなかったから、やることが勉強しかなかっただけで……不得意ではなかったよ? お父さんのためにしてるとかそんな気持ちは一切なかったけど、そう言うことにするしかないと思った。僕がもっともっと勉強して真の分まで賢くなれば、お父さんにとっての“悪い子”への不満の意識を掻き消せるんじゃないかって。と、言うより僕には他に何もなくて、お父さんに殴りかかる度胸もなくて……そんな行動しか起こせない、びびりなクソ野郎だった。だから僕はお父さんと約束した。学校からは寄り道しないで真っ直ぐ帰って勉強を頑張るって」
「……誠……」
「それが結果、真の心を荒れさせてしまったの。お父さんの様子を窺いながら演じるのを辞めれればよかったんだけど、演じるほどに、お父さんは喜ぶに喜んで、ど壺にはまって抜け出せなくなった。僕と真の間の亀裂はどんどん深く裂けていった。真本人にお父さんのことを相談すればよかったのかもしれない。でも、そんなことを言っていたなんて聞いたら、それはそれで真は深く傷ついたと思うんだ」
スッと僕を慰めるように上がってきてくれたのは、ふんわりとしたお月さま。
「僕が演じ始めてからしばらくはお父さんが真にきつくあたる回数が減ったように感じてたんだけど、ある日を境に、お父さんの前で真の話自体をすることが許されなくなった」
「だから……か」
成くんは真をまるで消し去っているおかしな食卓での会話を振り返っていたんだと思う。
「お父さんとリビングで普通に話をしている時に、僕は何気なく真の名前を口にしたんだ。そうしたら、関わるなって怒鳴られた。家族なのに関わるなって何? 叫び返したかったけど、お父さんがぶるぶる震えながら僕を殴りたいのを我慢しているのを見て、ここで従わなければきっとこのとばっちりは真にいくって思ったんだ。その日以来、真と話さないようにするしかなくなった。目を合わせないようにするしかなくなった。いないように過ごすしかなくなった。真を少しでも傷つけないためにそうする、でも、結果真を傷つけてしまう。護りたいのに、護れない。自分が一体何をしてるのか、何がしたいのかもう全く分からなくなって、爆発しそうだった」
成くんは悲しそうな顔をして、空を見上げた。
「それと並行して、お父さんから私立中学の受験を僕は熱望されていたんだ。普段の勉強だけじゃなくて、休みの日には受験用の勉強をお父さんから教えられた。僕が一生懸命頑張る振りをしてるとお父さんは気をよくしてくれたし、真への気も逸らせていると思っていたから何もなければ受験してた。でも、おかしいって気がついたんだ。お父さんの勧めてくる中学はどこも寮のある、それも地方の中学で家を出なきゃいけないところばかりだった。お父さんのむやみやたらな笑顔から僕は裏を感じ取った。“いい子”の僕をわざわざ追いだして“悪い子”の真に何をするつもりなんだろうって。お父さんは真から自由を奪うことを諦めていなかったんだ。ここから絶対に離れちゃいけない、僕はさらに自分を演じ重ねて何とか怒りに触れないように受験を回避した」
僕が成くんの横顔を見つめると、成くんも空から目線を落としてくれた。
「真の言ってたことは正しいんだ。真は、僕をいい子ぶりっこで、ご機嫌ばかり取る大嘘つきだと思っていたんだよね。でも何も違いない。ほら吹きまくってるくせに、両親に可愛がられてちゃんと存在していて、いらないって言ってたはずの友達まで作ってしかも空気も読まずに家に連れてきた。僕の全てに失望したんだと思う」
膝上で開いていた手は、キュッと丸まり力を持った。
「僕は……僕が、僕が……真を……殺してしまった」
「誠の嘘つき」
普段と違う低くて重たい成くんの声を聞いて僕は硬直した。成くんの視線は冷たい。
「今、一個だけ、本当の嘘をついてる」
「え?」
「空気、読まなかったんじゃないでしょ」
繋がれた成くんの言葉に、僕は嗚咽したんだ。
「俺に、助けて欲しかったんだよね?」
貸してくれたハンカチに強く顔を押しつけていると、成くんの手が僕の背中を撫でてくれた。
「いなくなってしまったけど、もう少し、言葉にして伝え合えていたら、変わってたのかもしれないね」
ハンカチの隙間から覗いた成くんの目元には、切なさが満ちていた。
「誠は嘘つきなんかじゃない。全部、本当だよ」
成くんが、こんな僕の隣に変わらずいてくれていることに、どう感謝を示せば償えるのか今でも分からない。
「誰もそれを分からなかったとしても、俺だけは、ずっと分かってるからね」
安易な言葉では表現出来ないくらい、僕は成くんに救われたんだ。
ただ、それでも真の姿を思わない日が訪れることはなかった。
■Past Side SEI end■
Go to Episode one last chapter!!◇八章:Redノ涙トうさぎノりんご
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