Ⅶ◆月への安堵と太陽への不安◆



 ―せいしんと俺 中学校二年・秋の終わり―



 誠と初めて会話を交わしてから季節は巡り、風の冷たさが身に沁みるようになった。


 あれから分かったのは、あの雨の日、誠が放課後図書室へ訪れたのは極めて稀だったと言うこと。加えて俺の大胆且つ意味不明なあの行動は意外に功を奏していたと言うこと。


 顔を合わせるために図書室への訪問時間をこまめに変え何度も接触を図るうちに、誠の俺に対する警戒心は案外早く薄れ、どんどん話しをしてくれるようになった。控え目だが穏やかで優しさのある笑顔をたまに見せてくれる誠に、俺は堪らない嬉しさを感じていた。全然懐いてくれなかったペットが、努力の末ようやく自分に可愛く擦り寄ってきてくれるようになった、それと似たような感情。


 誠との距離を近づけることが出来た一番の理由は本だった。誠の読んでいる本は大概俺も読んでいたし、読んだことない本の話にも俺は興味があったから会話も弾んだ。誠は俺に一生懸命オススメの本について語ってくれた。


 そう、察してもらえるかもしれないが、俺と誠の仲は話す回数を重ねるごとに、ごく自然に深まっていったんだ。知らぬ間にとても仲のよい友達へと関係は変化していた。


 ただ、ひとつだけ。誠の口から、真、並びに恐らくそれに関係するであろう家庭の内情については一切語られることはなかった。だからと言って仲よくするのに不満があったわけではもちろんない。単純に、この時の俺の心は真っ二つに割れていた。誠への安堵と、真への不安に。



 俺が誠と廊下や中庭などでも一緒に日常を過ごすようになってから、真の俺へ対する態度に疑問を抱くようになった。周りの人間は誰ひとりとしてその変化に気がついてはいなかったように思う。だが、今までと同じく真の太陽のような笑顔からは冷気が発せられてるように感じられ、俺を凍死させたいとでも言わんばかりに吐き出され続けているように思えてならなかった。


 真とも俺は同じように仲よくしていたつもりだった。教室で目が合えば会話を交わしていたし、にこにこ笑いながらむしろ真のほうからよく話しかけてきていたくらいだ。あのタバコの秘密も誰にも口外していない。


 考えられる原因は言うまでもなく、誠と俺が仲良くしていること、それだけ。


 兄貴を取られたから嫉妬しているのか? いや、そんなくだらないことであんなオーラは出すまい。双子の間で彷徨うの状態は深刻化を極めている。


 ずっと切り出したかった話題を、とうとう俺は誠の前で口にした。


「最近さ~、真の様子って、どう?」


 校門を出て学校から少し遠のいた辺りで、俺は緊張をひた隠しにしながら、いつもの白草賢成くんを築き上げつつ誠に問いかけた。面持ちは少しばかり固くなったように感じたが、誠も何でもない通常の椿誠也を演じながら、俺のほうにしっかり顔を向けた。


「普通だけど、どうかしたの?」

「へえ〜、そうかあ~」

「何か言ってた?」

「や、特に何も。最近、会話減ったかな~みたいな」

「そうなの? ってか、なりくん、真とよく話してたんだね」

「ん~、まあ同じクラスだからね~……」


 探りかたが掴みきれない、気まずい。内心慌ててどうにか次の言葉を繋がなければと開きかけた俺の口は、誠の口元から溢れだしたこと達に静かに塞ぎ込まれた。


「真と僕、全然違うでしょ? 小さい時からずっと真は明るくて、元気で、笑顔がキラキラでみんなの人気者。自慢の弟なんだ。ああ、ちょっとせっかちで、我儘なところもあるけど可愛いって今でも思っちゃう。ブラコン入ってるよね僕。気持ち悪いよね。引いたよね……」


 苦笑いをした誠へ俺は間髪いれず、首を大きく横に振り否定した。


 俺が勘ぐりすぎているのか? 誠の中には真に対する黒い感情は所持されていない。この優しい笑顔が偽りであるはずがない。と、言うより偽りだなんて思いたくない。


「家ではさ、会話ってするの? 学校で二人が話してるの、見たことないからさ」

「学校では昔からそんなに話さなかったな。真にはいっぱい友達がいたし、僕は図書室が大好きだったしね。家ではー、今は思春期真っ盛りだからさ、ちょっと難しい時期かなあ……まあでも、みんな通る道だよね」


 誠がぼんやりとはぐらかしたから、俺はこれ以上真について問うことは出来なかった。


 俺はこの時も気がついてやれなかった。眉を下げて微笑んだ誠が、俺へSOSを訴えていたと言うことに。




 そして、全てを知る日はやってきてしまった。




 あの真の冷ややかなオーラが、俺ではなく、誠に向けられているものだったなんて。



 そして、誠の見せていた全ての笑みが必死のであっただなんて。




 ◆



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