◆28.真実を知る義務


 真也しんやの口から語られた、気が狂いそうな過去。


「俺を救ってくれたのはデッド様だった。デッド様は俺に希望と居場所をくれた」


 賢成まさなりを跳ね退け立ち上がり、折れた黒剣こっけんの刃先を真也は拾い上げた。


「俺の話をただ優しく、受け入れるように聞いて下さった。そしてこう言った。“誠也せいやを殺したいという君の本当の願いは叶う”ってね」


 黒剣を強く握った真也の手から流れ出す真っ赤な血液。



「俺は、やつを殺して淀みのない明るい未来を手に入れる!」



 痛みの感覚すら麻痺しているのか、真也は楽しそうに笑っている。


「いやあ、奇襲をかけた時のあいつの怯えた顔、堪らなかったなあ。せめて殺されるなら大切なお友達のほうが逝きやすいかと思って“さすらいの旅人”って名乗ってやったらさ、必死で誰? とか聞いてきやがんの。面白いのなんのって。あの時の顔を思い出すだけでゾクゾクしちゃうね。だから……」


 真也は賢成へと近づいていく。


「早くもう一回あいつのあの顔を拝みたいんだよ。とっとと死ね! 旅人!」

「……分かった」


 賢成はその矛先を手で掴むと、自ら心臓辺りにぐっと寄せた。何てクレイジーなんだ。押し当たるか押し当たらないかの瀬戸際で敢えて食い止める賢成の指の隙間からは真也と同じように血が流れている。


「……おい」

「ナリくん!」

「おいナリ!」


 つばさわたる梨紗りさが加勢しようとしたが、賢成は黙ったまま首を横に振る。心臓に刃先をねじ込んでやろうと真也がぐいぐい押すが、賢成の発揮している力のほうが一枚上手なのだろう。びくとも動かない。


しんに殺されるのは構わないよ」


 澄ました顔をしている賢成に、真也は怒鳴った。


「じゃぁ今すぐこの手の力を緩めて刺殺されろ!」

「そうしたいところなんだけどさ~、未練があっちゃ、気持ちよく死ねないでしょう?」


 まばたきをするのさえ忘れて見開いていた優の乾き切った赤いひとみに、賢成は頷いた。


「本当はセイから話して欲しかったけど止むを得ない。真には、真実を知る権利、いや、義務があると思うんだ。それを知らずして俺もセイも殺しちゃうのはもったいない気がしてならないよ」

「は?」

「真は、洋服のボタンをかけ違えたことってある?」

「この期に及んで全く呑気な野郎だなてめぇは」

「ねえ、とりあえず質問に答えてよ~。|YesかNoの簡単なニ択じゃない」

「……Yes」

「じゃぁさ、そのかけ違えって、どうしたら直せるかな~?」

「ふざけてんのか?」

「いや、大真面目だよ?」


「……やり、直せば、いいのよね?」


 二人の間に割って入ったのは、苦しさ混じりの仁子ひとこの声だった。


「一度、かけ違えたボタンは……全て、外して、そして、もう一度、正しくなるように、かけ直せば……いい。また……かけ違えてしまっても……何度でも……やり直せばいい……」


 仁子に優しく笑むと、賢成は真也へ向き直った。


「も~、せっかちな真が珍しくもたもたするから、ニンちゃんに回答言われちゃったじゃない」

「勝手に答えたのはあのアマだろーが!」

「まぁね~。でも今、真は間違ってかかってしまっていたボタンが一旦全て外れた状態になったんだ。だから俺は、そのボタンを全て正しくなるように嵌め直していこうと思いま~す。それでも真が本当に俺の心臓をぶちのめしたいと感じるのなら、大人しく殺されてあげますよ」

「だらだらまじでなげえな、結局何が言いてぇんだよ! とっとと言え!」


 飛んできた真也の足蹴りを、賢成は胸元への集中を切らすことなく見事にかわした。そして、次に賢成が発した言葉に、真也のひとみは震えを持ったのだ。




「セイは嘘なんかひとつもついちゃいない。ただ、自分を偽り続けていただけなんだ。真、君を護るためだけにね」




 ◆



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