Ⅳ◆出逢いと解れ◆



 ―あいつと俺 中学校二年―



 俺とあいつは同じ公立の中学校に進んだ。


「ねぇねぇ、真也しんやくんって誠也せいやくんの双子の弟なんだよね?」

「うん。そうだよ」

「私、去年誠也くんと同じクラスだったの。凄く大人しい子だよね。だから気がつかなかったの。でもよく見ると顔似てるよね」

「んー、顔はね。他は全くだよ。ねえ?」

「あー、小学校の時からそうだったよな。中身は真逆。兄貴は賢いけどコイツは今と同じでちっさい時もペーペーだったぜ」

「ちょっと! ひどいなぁ、もう!」


 小学校からの馴染みの友達に加え、中学に入ってから新しく出来た友達にも恵まれた学校生活を俺は送っていた。双子はやはり目につくようで、新しく話す人には必ずと言っていいほどその話題を振られていたが、俺は破綻している関係性を隠すために今までとなんら変わらず、あいつの話題に笑顔で答えるよう努めていた。


 中学入学からの一年はあっと言う間に過ぎた。俺は部活には入らず、ほぼ毎日帰宅部の仲間達と放課後の時間を共にしていた。周囲には俺の心に闇が潜んでいるとは全く悟られていなかった自信がある。それくらい、学校では明るく元気なキャラを演じていた。


 家庭環境は変わらず地獄だったが、あのリビング小学六年での出来事があってから元々俺を忌み嫌っていた父親は成績含め何に関しても口を出さなくなったし、母親も咎めてはこなかった。放任主義である俺だけへのやつらの方針に対し、やたらに親から構われると言う友達からは思春期であるからこその羨望の目を向けられたりもした。だけど、その方針の真実は俺と関わりたくないがために造り上げられた故意的なもの。中身を開けば羨まれる要素など、たったひとつ足りとも存在はしていなかった。とにかくこの家にいたくないという感情は俺の中から消えてはくれなかった。 


 そしてあいつも変わることはなかった。中学に入っても図書室に入り浸るスタンスを続けているようで、要するに、ひとりぼっち。もう俺の中からあいつを心配すると言う感情は一切消え失せていたし、むしろ、いい気味だとさえ思うようになっていた。あいつに関する情報は知りたくもないのに友達を介して流れてきてしまう。聞くたびに顔は笑っていたけど心は笑わなかった。


 そんな中、中学二年の梅雨に差しかかった。


 その日、俺は早くに家を出たために傘を持っていず、途中で激しい雨に降られた。ひとまず回避すべく、あの丘の上の公園にある土管の中に潜り込んでいた。濡れた髪と制服をタオルで拭きながら、ふと、チャックの開いた鞄に視線を落とす。忘れようとしていた一枚の紙切れが視界に入ってきてしまい溜息が漏れた。


「……どうしよ」


 タイトルには“家庭訪問について”とコンピューターで打たれた黒文字。ポケットに突っ込んでいたを取り出し、当たり前のようにその先に火をつけた。


「いいや、捨てよ」


 見る間に一本を吸い切ると、俺は用紙をビリビリに破り、その場にばら撒いた。


「雨、やまないなあ」


 始業開始に間に合うことを諦め、ひんやりとしている土管内の壁に背中をどすんと預ける。箱から二本目を取り出し火をつけようとした瞬間だった。


「おはよ~ん!」

「う、わ!」


 土管の出入口に突如現れた人の顔に、俺の心臓は跳ね上がった。そのまま土管の中に入り込んできた緩い笑顔の男。よく見ると着用している学ランの首元に同じ学校の校章がついている。


「あ、ラッキ~、君、同じ学校だよね?」

「あ、うん」

「ちょっと場所が分からなくてさ、連れてって!」

「はい? いや、分かるでしょ」

「分からないんだよ~! とにかくお願い、遅刻しちゃう!」

「え、でも、傘ないし……」

「ふっふ~ん、俺が持っているのさ~」

「いや、それ折り畳じゃん。絶対入れないよ二人は」

「ないよりいいじゃない~、それに、君、雨にやられたからこんなところでおタバコしてたんでしょ~?」

「えっ、あ!」


 強烈なインパクトにやられ、うっかり二本目を手にしたままだった。慌ててそれを仕舞い込もうとしたが、俺の腕を掴んだ男の手は早かった。


「ねえ、それ黙っててあげるから案内して!絶対に誰にも言わないから!」

「ほ、本当……嘘、つかない?」

「つくわけないじゃない、俺は嘘は嫌いなのさっ。あ、それプラスそのライターとおタバコのセットをそこにあるゴミ箱に捨てていくならね~」


 にんまりと笑いながら揺さぶりをかけられた。これは白旗を上げるしかなさそうだ。かなり奇妙なテンションの男、普通の人ならきみ悪がって逃げ出しそうだが、何故だか悪い気がしない。


「……分かった。じゃあ、約束」

「うん! 約束~!」


 差し出された男の小指に、俺は自然と小指を絡めていた。


 土管を出て、言う通りにそれらをゴミ箱に捨てると、男は俺の顔を覗き込んできた。


「でも、助かったよ。それらのお陰で、あの中に君がいることに気がつけたんだから」

「へ?」

「ほろ苦いその香りに誘惑されちゃいました~ん」

「な、何その表現」

「ま、君のしていることは決してよくはないけれど、お礼は言いますっ、ありがとう」

「ふふっ、ねえ、変わってるって言われるでしょう」

「え~、どうして分かったの? 天才?」

「そんなわけないじゃん。俺はペーペーだよ。ってか、早くいかないとじゃないの?」

「あ、そうだった~! レッツゴ~!」


 その男は俺より遥かに足が速かった。幼い頃からずっと運動神経だけはいいと言われてきたのだが、全く太刀打ち出来なかった。


「ちょ、ねえ! 全然傘入れないけど! も~ちょっと!」

「え~!? 何て~!? 君走るの遅いよ~! ってあ、傘壊れた~!」


 男が首をこちらに向けながら走っていると、折りたたみ傘は突風によりひっくり返され、骨組がポキっと折れてしまった。結局ずぶ濡れになりながら、俺とその男は走り続けた。視界が見えなくなるほど雨にはやられたが、腹から笑ったのは本当に久しぶりだった。


 男とは校門で別れ、教室に始業のチャイムが鳴るギリギリで滑り込み、俺は窓際の自分の席へとついた。


「ちょ、しんおっす。お前やばくね? 傘は?」

「おは。ああ、ちょっと、忘れちゃって」

椿つばきくんタオルある?」

「あ、うん。あ、あれ?」


 鞄を探るが見当たらない。土管の中に置き去りにしてしまったようだ。


「あー、うん。大丈夫。自然に乾くでしょ」

「本当に? 保健室に借りにいこうか?」

「いいよいいよ。ありがとう」


 隣の席の親切な女子生徒と会話を交わしていると、担任が扉を開けた。しかしすぐには中に入らず後ろを振り返って何やら話をしている。


「は、え!? は!?」


 担任に続いて入ってきた生徒を見て俺は椅子から立ち上がった。声にならない声を漏らしながら指を差す。あの男だ、土管に忘れたはずの俺のタオルを首に巻いている。


「ん? 椿くん? どうし……あ、人を指してはいけませんよ」

「あっ、すみません……」


 途端、教室中の注目を集めるように男は大きな声で爆笑し始めた。


「な、何笑ってるのさ!」

「だって、おっかし~のって。俺がタオル持ってるからびっくりしちゃったあ?」

「ど、泥棒! か、返してよそれ!」

「え~、君が忘れてるのに気がついたから拾ってきてあげたのに~」

「そんなことよりね、あんたが傘に入れてくれるって言ったのに、入れてくれないからこんなんなっちゃったじゃん!」

「だって君が走るの遅いんだもん、仕方ないじゃない。それにね、結局折れちゃったんだよ傘くんは! 風には勝てなかったの。結果俺も同じように濡れたんだから、いいじゃない」

「意味分かんない! 何その一緒だからいいじゃんって!」

「だって君、パンツまで濡れちゃってるでしょ~?」

「えっ、ま、まあ、そうだけど……」

「あ、俺はパンツセーフ、よかった~お漏らしは免れたみたい。あ……君は、そうか。お揃いじゃなかったね、残念だ」

「はっ!? 違うわ! 漏らしてないし! 雨だよ雨! 何そのわざとらしい切なげな顔!」


 男の口達者に晒された己の醜態に、俺の顔は熱くなっていく。望んでいないのに俺達の会話はうけたようで、教室は笑いに包まれた。


「よく分からないけど、椿くんもうお友達みたいね。みんなー、彼は今日からこのクラスの仲間になる転入生です。自己紹介してもらってもいい?」

「あ、は~い」


 男は白のチョークを手に取ると、黒板に名を書き始めた。書き終え振り返ると一定した緩い笑顔のまま、深く、綺麗なお辞儀をした。


「おはようございます。初めまして。今日からこのクラスに入らせて頂きます、白草賢成しらくさまさなりです。自称、さすらいの旅人です。よろしくお願いしま~す」



 とことん変わり者を極めていたこの男が旅人だったんだ。


 その明るさとユニークさから旅人は人気者になり、クラスにも学校自体にもすぐに馴染んだ。


「うわ、すげぇな白草!」

「へっへ~ん、そうですかね~♪」

「全教科百点じゃないのもしかして」

「すげぇー! 最強だな」


 変人ぶっているその割に、旅人は賢く器量がよかった。テストでは毎回全科目でほぼ百点を叩き出していたし、運動神経も抜群だった。人との付き合いかたも満遍なくて、適度な距離を理解しながら上手に溶け込んでいた。


なりくん凄いなあ。頭もいいし、運動も出来るし、羨ましいよ」


 正直言いたくはないが、この時の俺は、そんな旅人に憧れの気持ちを抱いていた。


 だから、土管でを共有したことも、同じクラスで一緒に仲よく出来ることも嬉しく思っていた。他の友達とはちょっと違って、特別な友達であると感じていたんだ。


「えー、全然だけどな~。俺は真のほうが羨ましいよ」

「へ!? どこが!? こんな素行不良?」


 旅人は噴き出すように笑ったが、左の人差し指を口に当てると、「しー」っと歯の隙間から声を押し出した。


「あのね、真はね、すっごく笑顔がいいの」

「え……」

「自分で気がついてないでしょ~? みたいなキラッキラした顔で笑うんだよ。眩しくてしょうがない。俺もそんな笑顔で笑える人になりたかったよ」


 旅人にそう認識されていることに内心驚いたが、俺は褒められた喜びを素直に噛み締めた。


「その笑顔は、大切にね」

「……うん、何か、ありがとう」


 旅人には、忘れかけていた本当の笑顔を向けられていたんだと思う。


 だから、いけなかったんだ。


 こいつが現れなければ、俺はこんな人間らしい感情を持ち直すことはなかったのに。



 だからこそ、地獄に陥落させられたんだ。



 ◆



 俺の耳にとんでもない情報が入ってきたのは、木々の葉が赤や黄色に染まり始めた頃だった。



「なぁ、白草とお前の兄貴、めっちゃ仲いいんだな」


 その友達の声を、遮断したくなったのは言うまでもない。


「あぁ、う、うん。そう、みたいだね」


 知らないことはバレてはいけない。いや、バレたくなかっただけだ。自分が惨めな人間だと周囲に知られたくなかった。俺は必死に表情を整えた。


「白草まじですげぇやつだよな。だってお前の兄貴だぜ? 俺達が昔一緒に遊ぼうって仲間に入れようとしてもさ、絶対ノってこなかったじゃん」

「うん、そうだよね」


 何でだよ――。


「まさか、お前の兄貴が友達作るなんてな。や~、人って変われるんだなあ。いや、白草が心を開いてやったって感じか」

「うん、成くんさすがだよね。せいも、凄く喜んでるよ」


 何でなんだよ。


「へえ~よかったな。お前兄貴のぼっち、ずっと心配してたもんな」

「……うん」



 何であいつは、俺から全てを奪っていくんだよ。




 

 そして、中三の始業式の日の夜、事件は起きた。




 前日、関心を失っていると見なしていた父親から進路のことをどやされ、激しく揉めた。家を出たいと言う一心からどこかに住み込みで働きたいと希望を口走ったらこぶしで殴られたのだ。父親に殴りかかる俺の様子を、蔑むような目で眺めていたあいつの顔が何度も脳内を過り、気が狂いそうにいらついていた。


 そんな中、旅人とあいつは同じクラスになった。クラス替えの紙が貼り出されている前でやたらと喜ぶあいつは、俺へ当てつけしているように思えてならない。俺は愛想笑いを振りまいて怒りを堪えてその場をあとにした。


 帰りたくない、だけど、帰る場所もそこしか選択出来ない。今日突然家が爆発しないかな、そんなアホらしいことを考えながら、俺は気の進まない足を気力で何とか動かし帰路を辿った。


 玄関に手をかけると鍵がたまたま開いていた。何故か嫌な予感がし、俺は物音を立てぬようそろりと取手を引いた。リビングから響いてきた笑い声。家を間違えたかと思い玄関を見回したが、幻想、幻聴ではないらしい。


 その笑い声の中には、この家の人間ではない声が混じっていた。


 旅人の声。


 俺が本来いるであろうその席に、やつが座っている。


「賢成くん、おもしろいなあ」

「いやいや~、そんなことないですよ~」

「成くん、凄く頭がいいんだよ! テストも毎回ほぼ百点なの!」

「凄いわね。塾に通ってるの?」

「いえ~、通ってないですよ」

「やはり勉学は大事だな。教養を深めると知識が増えて、自然と会話も面白くなるものだ」

「そうなんですかね~、でも、誠は口下手ですよね? 賢いですけど」

「そう、この子昔からそうなのよ。だから今日お友達連れてきたいって言った時は、びっくりしたの。冗談かと思ったら、こんなに素敵なお友達で、嬉しいわ」

「礼儀もいいし、行儀もいいし、うちの子になって欲しいくらいだ」

「も~お父さん、やめてよ。家族になったら成くんとお友達でいられなくなっちゃうじゃん」

「ああ、そうだな。すまないすまない。絵に描いたようないい子だから、ついつい」


 いい人ぶる父親のあいつに対する甘やかすような声色に吐き気がした。


「誠は、ひとりで過ごすことが多い子だったんですよ」

「ええ、聞いてますよ~」

「しつこく何度聞いても、毎回ひとりのほうが楽、付き合いは適度でいいって言うものだから、でもやっぱり本当はそうじゃなかったのね。特定の仲のいいお友達、欲しかったのね」


 現実逃避を続ける母親の嬉しさに上ずった甲高い声に虫酸が走った。


「うん。お友達欲しかった。成くんとお友達になれて、嬉しい」


 そして、全てを嘘で塗り固め続けていたあいつに、心は砕け散った。


 俺は無意識に玄関に立てかけてあった金属バットを手にしていた。そうしてそのまま靴も脱がずに廊下を歩き、リビングの扉のガラスに限界を迎えた怒りをぶつけた。


 パリーン!


 母親が腰を抜かし椅子から崩れ落ちるのを父親が支えた。俺の顔は悪魔のような形相だったに違いない。あいつをギロリと睨みつけると、珍しく目を逸らすことなく、俺を見返してきやがった。



「もう、うんざりだ。俺は出ていく、世話になったな、さようなら」



 誰も何も言いやがらねえ、それが答えだ。バットをその場に捨てると、俺はスタスタと玄関へ向かい始めた。すると、背中に纏わりついてきたのは、あいつが俺の名を呼ぶ声だった。


「待ってよ! 真!」


 立ち止り、脅すように俺は振り返った。


「どうして、こんなことするの。やめてよ!」

「調子に乗んなよ、嘘つき」

「え……?」


 俺はあいつの胸倉を掴み、意のままに殴りつけた。


「真也っ……お前、いい加減しないか!」

「いい加減にすんのはどっちだよ!」


 剣幕を効かせて父親に怒鳴り返した。


「お前らはいつもそうだ。いや、もうずっと前からそうだった。俺の存在は消してるんだよ。そりゃそうだよな。こんな出来の悪い息子、生まれなかったことにしてえよな!」

「真……何言ってるの……うっ!」


 涙を浮かべて真っ赤になったあいつの瞳ほど血管にくるものはなかった。再びあいつの胸倉を掴んで俺は眼前で叫んだ。


「てめえは大嘘つきだ! 俺に言ってることとあいつら両親に言ってることが全く違ってんのを俺が知らねえとでも思ってたのかよ! よかったな。俺がいたお陰で普通の息子以上に可愛がられてよ、毎日楽しくて仕方ないだろ。自分のつく嘘に俺が翻弄されて親父に殴られて母親には避けるようにされてるの見て優越感に浸ってるもんな! いつも心の中でせせら嗤ってるもんな! 挙句の果てにダチまで出来て、いらねえっつってたダチまで出来て? 俺が地獄に落ちる姿を見るのを待ち遠しくしてたんだろ!」


 バシンッ!


 俺の左面を、あいつは右手で張った。静まり返った場には母親のすすり泣く声が響く。


「……違うっ……」


 あいつの目からは大粒の涙が溢れていた。


「……違うんだよっ……真……信じてよ……」


 こんな状況で自己防衛を図ってきたあいつには、ただ驚くほかなかった。


 ほらね、そうやってお涙頂戴。安定して逃げようとするんだよ。


「どの口がその台詞言ってんだよ。てめえの虚言癖にはうんざりなんだよ! まじで頭湧いてんだろ、死ね!」


 乱暴にあいつの胸倉を離し、俺は家を飛び出した。



 ◆



 いく当てのない俺は、誰もいないあの公園に辿り着いていた。土管の中ではなく、ふらふらとブランコの柵に手をかけしゃがみ込んだ。


「……あ」


 ポタポタと、満月が泣いているかのように雨が降り始めた。動くこともせず、俺はその涙を浴び続ける。分かってはいたが、案の定、誰も俺を探しにはこなかった。完全に、俺は見捨てられたAbandonedのだ。


「……くそっ」


 雨に混ざって俺の涙は地面へと染み込んでいく。泣きかたも忘れていたはずだった。けど、どうしても、止まらなくて。


「……助けて」


 震える口元から、救いを求める言葉は漏れていた。


「……誰か……助けて……」



《どうしたの?》



 俺は顔を上げた。性別の分からぬ不思議な声だが優しさを含んだ音。振り向くと黒のマントのような服に身を包み、黒の仮面で顔の全てを覆い込んだ人が立っていた。



「……誰……?」



 その人はしゃがむと俺の頬を包み涙を拭ってくれた。表情は分からぬのに神のような温かさで笑ってくれている気がして、俺は嗚咽した。


《我の名は、Dead

「……デッ、ド?」


 同じ国籍ではなさそうな名に、俺は首を傾げた。


《真也くんを助けてあげたくて、ここにきたんだよ》

「ど、どうして、俺の名前知ってるの?」


 黒い下面の下から、ふふっ、と笑いが漏れた。


《それは企業秘密さ。真也くん。辛いことがあるんだね》

「うん……辛い……もう、ずっと辛い……帰りたくないんだ、あの家に!」


 デッドと名乗ったその人は、俺をギュッ、と強く抱き締めてくれた。


《もう安心して。我が、真也くんを救ってあげるから》


 黙ったまま、俺はひたすらに涙を流した。こんな風に、人の温もりを感じたのはだったかもしれない。


「これ何? 砂?」


 差し出されたのは漆黒の砂が入った小さなコルク瓶。


《これはね、Crystalクリスタル

「クリ、スタル?」

《そう、正式にはDead Mental Crystalデッドメンタルクリスタルで造られた粉薬のようなものさ》


 コルクを引っ張り蓋を開けると、デッドはそれを俺の口元へと近づけた。


《これを飲めば楽になれる。君はもう、お家へ帰らなくてよくなるよ》


 漆黒を喉の奥へ滑り込ませたのが合図だったのだろう。


《それじゃあ、いこうか》


 俺の身体は真っ黒だがどこか神秘的な光に包み込まれた。左手首には深い黒色に染まった腕時計が巻きつく。



 そして俺は、公園から神と共に姿を消した。





 ■Past Side SIN end■

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