七章:三ツ巴ノPast

◆27.You dislike me not only but you hate me.


 ズシャンッ!


 人間の腹から発生したとは思えぬグロテスクな音。反射的にMemberメンバー達の視線は黒の剣を探して彷徨ったが、無様に折れたまま芝に転がっていることが確認出来ると少々胸を撫で下ろした。


 Dark Aダークエー、改め“しん”と呼ばれたその少年は逃れようとする意思から力を発揮し、賢成まさなりへ蹴りを食らわせた。賢成の口の端には薄っすらと血が滲んでいるが、本人にとって大したことはないらしい。普段の調子を取り戻し、へらりと笑ってのけている。


「ナリくん、その、真って……」


 引け腰になっているわたるが問いかけると、服にへばりついた芝の葉を払いつつ賢成は起き上がった。



「彼の名前は、椿真也つばきしんや。セイの、双子の弟だ」

「……双子」


 呟いたつばさは警戒心を持って、杏鈴あんずほうへと少しずつ近寄り始めた。気分屋なDark Aのことだから、どこで狙いを賢成から周囲に向けるか分からない。それ故戦えない杏鈴の前をがら空状態にするのはよくない、翼の判断は正解だ。


「はーん。だからか。そりゃぁ殺しちゃあいけねーわな」


 ゆう仁子ひとこがブラックホール内で交わしていた会話の意味がようやく繋がった梨紗りさの表情は、かなりさっぱりとしている。


「……ユウ?」


 嘔吐が収まり正常な呼吸をし始めた仁子の視線を感じたが、優はただ一点、俯いたまま両拳を握り締め震え立つ真也を捉えていた。


「こんなことは今すぐやめよう、真。俺は君を殺すつもりはない。争うつもりもない。君をただ、連れ戻したくてここにきたんだ」

「連れ戻す……? ふざけてんのはてめーだろナリ!」


 顔を上げ、唾を飛ばしながら真也は気性荒く叫んだ。


「誰が戻るかよあんな家!」


 その尋常でない剣幕に、金網の向こうで杏鈴がぶるりと身体を震わす。


「俺はてめえが嫌いなんだよ!」

「嘘。それも嘘だね」


 飛びかかってきた真也を掴み、賢成は背中から地に叩きつける。再び動きを封じるためその上に素早く跨ると、真也の両肩を力ずくで抑え込んだ。



「君は俺が“嫌い”なんじゃない、“大嫌い”なんだ。知ってるよ」



 賢成の表情は突如歪む。真也が大きく開いた口で、賢成の左腕に歯を立てたのだ。


「やめて!」


 杏鈴が金網にガシャンと手をつき金切り声を上げると、翼が真也へ銃口を向けた。


「撃たないで!」


 だが、引き金を押しかけた翼の指は賢成の鋭い視線と声に止められた。溢れ出る生血をだらだらと流しながらも、賢成は落ち着き払っている。


「セイを、俺が奪ったからだよね」

「ちげぇよ! 俺はてめぇの何倍もあいつが嫌いなんだよ! 反吐が出るほどにな!」


 真也の口元が離れ垣間見えた賢成の負傷した箇所はえぐんでいる。血液の流れを目で追う真也の笑い声はさぞ愉快そうだ。


「やめてよ。セイが聞いたら悲しむよ。目を覚まして、真。嘘ばかりつかないで」

「ついてねーって言ってんだろ! そもそも何なんだよ今更連れ戻すってよ! 何があろうと俺はあの家には帰らない! あの家に帰るくらいなら逆に今ここでお前に首でも斬られて殺されたほうがましだ!」

「一体何が君をそこまでさせたんだよ! 仲のいい双子だったんだろう?」


 空気が、凍結する。


 真也は薄ら笑った。


「仲のいい……? どこでそれを思ったんだか。あいつはな、俺を兄弟じゃねぇ、ただのあざけりの対象にしか思ってなかったんだよ!」


 そして優の左目には、“Abandoned見捨てられた”の血文字が浮かび上がっていた。



 

 ◆

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る