■Past Side ???■

Ⅰ◆不協和音◆


 ■Past Side SIN■



 ―あいつと俺 小学校一年―



「あら、せいしんも似合ってるわ。今日からピカピカの一年生ね」


 そう言った母親に、俺とはソファの上でピョンピョン跳ねながら、キラキラした笑顔を向けた。


 小学校入学日の早朝。指定の真新しい標準服を纏った背中には艶のあるランドセル。これから始まる楽しい学校生活に、幼いながらに期待を膨らませていた。


「こら、埃たっちゃうでしょ。ご飯もう出来てるから、食べましょう」

「はーい」


 あいつは、こんな幼少期から、“いい子”だった。絵に描いたような、いい子。母親の言うことを聞き食卓椅子へ座りにいこうとするあいつに対し、俺は自由気ままな気分屋。あいつが降ろしたランドセルをじっと見つめて両頬に空気を溜めていた。


「真、どうしたの?」

「やっぱそっちがいー」

「えっ?」

「誠のランドセルの色のがかっこいい! 俺そっちがいい! かえっこしよ~!」


 デパートにいった時に選んだランドセルの色。俺が選んだのは無難な黒で、あいつが選んだのは少し珍しい紺。俺の突発的な我儘は正直よくあることだった。紺のランドセルを抱き締めて足をバタバタとさせる俺の頭上に落とされたのは、父親という雷だった。


「いい加減にしろ! そんな我儘を言うんじゃないよ!」


 厳しい怒鳴り声に、俺の両目はあっと言う間に涙で埋まる。零れないように必死でまばたきをするのを我慢した。父親の言うことは正論。けど、当時の俺にはそれを理解出来るキャパシティなんて存在していなかったんだ。


「……お父さん。僕も、本当はね、黒色がよかったの」


 父親の顔色をガキながらに窺いながら、あいつはを口走った。


「そうなのか誠也せいや?」

「うん」


 嘘、そんな返事。


「だから、真と交換する。いい、でしょう?」


 嘘、交換なんてしたくないくせに。その紺を気に入っていたくせに。


「そうだな。それならそうと早く言いなさい」

「ごめん、なさい」


 嘘、謝る必要なんてない。何で僕が謝らなくちゃいけないんだって思ってるくせに。


 そう、嘘ばっかりだった。


 この時から俺達は、互いに顔・身体・心・空間、何もかもに対しベタベタと“嘘”を塗りたくり合っていた。


「あ、こら! 真、慌てないの! 転んじゃうわよ! 学校は逃げていかないから!」

「も~、お母さん早く早くー!」

「もう、せっかちさんなんだから、ほら、手繋ぎましょ」


 交換したランドセルに上機嫌で、追いついてきた母親と手を繋いで笑いながら前を歩く俺。父親と手を繋いで大人しく後ろを歩くあいつ。


 これからギスギスに軋みまくっていく俺とあいつの関係は、この時既に幕を開けていた。


 

 ◆

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