Ⅱ◆さくらの花びらは黒に染まる◆


 ―あいつと俺 小学校四年―


 

 物心つくより前から、俺は大人数で騒いだり遊んだりするのが好きな子だったと母親は言っていた。その遺伝子はいくら育とうが、そう簡単に変わるものじゃない。


「おい! しーん!ドッヂしようぜ!」

「うん! するする!」


 小学校に入ってから、五分休みも十分休みも、長休みも昼休みも放課後も、俺は毎日遊び呆けていた。家の中でゲームをするより、専ら外で駆け回るのが好き。ボール遊びにケイドロごっこ、ジャングルジム上り、縄跳び、砂遊び。学年が上がるごとに増える友達と過ごすのが何より楽しかった。


「あ、あれ、真の兄ちゃんじゃね?」


 ふと、友達が示した先は図書室。窓ガラスの向こう側には小さな身体に不釣り合いな大きいテーブル席にひとりで座っているあいつの姿があった。


「うん、そうだよ!」


 俺の姿に気がついたあいつは小さく手を振ってきた。俺がそれに対して何倍も大きく手を振り返すと、あいつは口角を上げて頷き、再び視線を本へと戻した。


「双子って凄いよなー! まじでそっくりだもんな!」

「……へへっ、そうかなっ、へへっ」


 何気ない友達の言葉に、俺は半笑いになったが、幸い乾いているとは察されない。


 友達のことはもちろん好きだった。だが、この頃から俺はあいつと似ていると周りから言われることに、どこか変な感じを覚えるようになっていた。そう言う友達には何の罪もない。ただ、言われる度に違和感が生まれていた。


せい―! 一緒に帰ろー!」


 放課後、俺は図書室の扉を潜り、変わらず黙々と読書をしているあいつを迎えにいった。


「ねえ誠! 聞こえてるー!?」

「わぁっ! びっくりしたあ! 真かあ」


 耳元でわざと叫んでやると、あいつはようやく反応を示した。


 周囲の言うように、顔だけは似ていた。そりゃそうだ。一卵性の双子なのだから。でも、それ以外はどうしてこんなに違うんだと言うほどに不一致。


 社交的な俺に対し、あいつは小さなころから内交的な性格だった。毎日のように服をどろどろに汚して傷をつくって帰る俺とは違い、あいつの服はいつも清潔。本の虫は汗ひとつかかず美しさを保っていた。


 それはそれでよかったんだ。ただ、あいつには友達がいなかった。と言うより、あいつは昔から何故か友達を作ろうとしなかった。

 常に友達と一緒にいることを望む俺からすると、あいつのその感覚はどうしても理解し難くて。いつも窮屈な本に囲まれているだけの部屋でポツンと過ごすあいつを、俺なりに心配していた。


 その日、俺はあいつを公園に誘った。少しばかり坂を上がって辿り着く公園は、小学校に上がる前までは毎日のように母親が遊びに連れてきてくれていた場所だった。


「わあ、久しぶりにきたなあ」


 春の暖かい陽気。歌うように舞う桜の花びらに包まれながら、俺達は二つ並んでいるブランコの前にやってきた。


「やったあ! 空いてる! ラッキー!」

「真、いつも他の子達とブランコの奪い合いしてたよね」

「うん! だってブランコが一番楽しいんだもん」


 ぐいんぐいん、と俺が漕ぎ始めると、あいつは控え目に身体を揺らしながら、くすっと笑った。


「桜が綺麗だね」

「うん! きれー!」

「ねえ、絶対見えてないでしょう。早く漕ぎすぎて。ほら、あっちみてよ」

「見てるよー! ほら!」

「ほら、って。僕の顔じゃん、真が見てるの」


 俺は急に漕ぐのをやめて、あいつの髪の毛にペタリと引っついている一枚の花びらを、そっと取ってやった。


「ほら、見えてるもんっ」

「本当だー、綺麗。しん、凄い。目いいんだね!」


 その花びらを手のひらに乗せてやると、あいつの顔には久しく見ていなかった満面の笑顔が浮かんだんだ。


「昔は、いっぱいここで一緒に遊んでたね」


 そう呟くアイツに、俺の口から遠回しではあったが尋ねたいことが漏れ出した。


「誠は、どうしてお友達作らないの?」


 きょとんとした表情で俺を見返したあいつは、返答に困っている。


「寂しくないの!? いっつもひとりで図書室いてさ!」

「う、ん。別に寂しくない」

「嘘! 絶対誠は嘘ついてる!」

「ついてないよ! 学校の図書室にはお家にないたくさんの本があるから、毎日楽しいよ」


 その声色に、確かに嘘はない様子だった。だけど、納得のいかない俺はあいつを責めた。


「俺には全然楽しそうに見えないもんっ」

「え、そうかなあ」

「そうだよ! 俺には凄く寂しそうに見えるの! 心配してるんだよ!?」


 あいつは軽く驚いたような表情を浮かべたが、少しすると頬の筋肉を緩め、優しく笑んだ。


「ありがとう真。でも僕は平気。それに真が元気に遊ぶのを見てるのが好きだから」


 あいつのこの言葉に嘘はないと、この時の俺は思っていた。


「また、公園、一緒にこようね」



 だけど、騙されていたんだ。



 それに気がつくのは、もう大分先のこと。




 公園でめいっぱい遊んで、珍しくあいつもどろんこになって一緒に帰宅した。


「たっだいまー!」

「だだいま」


 ぽいぽいっとスニーカーを散らかして上がる俺と、きちんと揃えて上がるあいつ。


「も~、真、揃えなよ~」

「へへっ、誠におっまかせ~……!」


 お帰りという言葉の替わりに飛んできたのは平手打ち。想定外の効果音に背後を見ずして、あいつが震えたのが分かった。俺は言葉を失い茫然と立ちはだかった父親と言う高い壁を見上げた。基本は平日五日の勤務だが、この日は休日出勤した代休を取っていたらしく在宅していたのだ。


「こんな時間まで誠也せいやをどこに連れ回してたんだお前は!」


 頬を抑えながら壁かけ時計の針の差す時刻を見て、幼いころより口達者に拍車がかかっていた俺は父親に反論した。


「こんな時間ってまだ五時すぎじゃん! お母さんにはお外明るいからいっぱい遊んできていいよって言ってもらってるもん!」

「それはお前だけの話だろう! 誠也は学校が終わったら寄り道せずに帰ってくる約束をしているんだ! お前が関わるとろくなことがない! いつも汚らしい格好をして! 恥を知りなさい!」


 父親の言っていることが上手く理解出来なかったのを今でも覚えている。


 あいつにはある約束と、俺にはない約束。


「せ、誠……?」


 背中をこれでもかというほど小さく丸めながら、俺の横をあいつが擦るように歩いていく。明らかに俺の顔を見ないようにしていた。


「今度誠也を悪い道に引きこんだら許さないからな! 分かったか!?」



 分からなかった。悪い道って何だ?



 その時の俺には、全く分からなかった。



 ◆

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