※◇26.赤を齧った救世主
《かげん?》
《おい、かげんってなんだ》
《てめえ、まさかおれをころさずしてとめるつもりでいるんじゃねえだろうな》
優を庇おうと次々に周囲が攻撃を仕かけるが、Dark Aの防御スピードは早い。
「そのつもりだったら何だよ。文句あっか!?」
Dark Aは優の腹目がけて激しく蹴りを入れる。避け切れず優はもろにそれをくらった。芝に転がり咳き込む優を、容赦なく襲い続けようとするDark Aと剣を交えたのは
《おいおんな! どけ! ころすぞ!》
Dark Aの興奮はピークに到達している。それでも仁子はひるまない。それどころか、果敢に挑発してみせたのだ。
「いい加減にしなさいよ! あなたの正体、分かってるんだから! どうしてこんなことするの!?」
しかし、それは言ってはいけない絶対の禁止ワード。
仁子の台詞に、優は身体を起こしながら息を詰まらせた。そんな優の腹をDark Aは怒り任せにもう一度力強く蹴り飛ばすと、目に留まらぬ早さで伸ばした左手で仁子の頭部を捉えた。頭蓋骨を破壊してやろうと言わんばかりの力を込めている。
《ちょうしにのんじゃねーぞこのアマ!》
仁子の口元からは苦しみの吐息が激しく漏れ始める。
《おとなしくしてりゃぁいのちだけはみのがしてやったものの、ざんねんだったな!》
穢れた手に再び掴み直された脅威の黒剣。その矛先が仁子の左胸部へと突き動く。
「ニン!」
やっとのことで立ち上がれた優が、仁子を助けるべく無我夢中で赤い剣をDark Aに向かって投げ飛ばそうとしたその時だった。
「あーっ! 分かった! そう言うことかよ! あんたの正体って、もしかして、セイの大切な人みたいなノリ?」
空気をはちゃめちゃに突き動かす、クレイジーなハスキーボイス。
黒装束が振り返った視線の先には
Dark Aの左手から解放され、ふらりと芝に倒れ込んだ仁子の顔面はAの血液に染まり上がっている。Dark Aはマントから滴り落ちる血液をこちらの目には分からぬ早さで左手にたっぷりと染み込ませていたのだ。優は剣を鞘に収めながら駆け寄り、仁子の身体を抱え込んだ。
「何してんだよ! バカじゃねぇのか!?」
どろ、どろ、と生々しく仁子の顔中をなぞるように流れるそれを、優は
「……まも、り、たくて」
その言葉に、優の声は声にならない。急に掴まれたために口を閉じ切れなかったせいで入り込んでしまった血液が仁子の口の隙間から流れ出た。並みではない気持ち悪さにもよおしたのか、荒々しく呼吸をしながら血の混ざった胃液を吐き出し始めた仁子の背中を優は擦る。
「や、だって、倒しちゃいけないんだろ!? 連れて帰りたいってよくよく考えれば敵じゃなくね? もろ仲間じゃん。実はそんな悪いヤツじゃねーんじゃねぇの? なあユウ、どうなんだよ?」
梨紗の挑発は続いている。仁子からDark Aの気を逸らすための行動であることは誰もが分かっていたが、このままでは梨紗まで危険な状態になりかねない。
「リーやめて! それ以上喋らないで!」
開こうとした優の口を遮ったのは、航の叫びだった。梨紗のほうへと必死で駆けている。しかし遥かにDark Aの足は早い。止めに入った翼をものともせず投げ飛ばし、切り替えたターゲットへ一直線に向かっていく。
「リーお願い! 逃げて!」
航が闇雲に槍を投げるが及ばない。Dark Aが飛び上がり、梨紗の頭部へ向け黒剣の先端を天にも届く勢いで高々と掲げた。しかし梨紗は動こうとはせず、ただ真っ直ぐにその黒い姿を見つめている。
「やめてぇ!」
バンッ!
航の絶叫と共に響いた銃声。反射的に翼を見るが、その銃口から硝煙はない。
Dark Aが硬直している。
誰もが目を疑った。
黒の左の足元から流れ出る真正の赤い血液。その足を掠めたのは――全員が振り返った金網の外。ガクガク震えながらも青い銃を握り締めている
「……アン!」
航は投げ飛ばした槍を掬い、状況にも関わらず、ぼーっと突っ立ている梨紗の手を今の隙にと掴んで引き寄せると大きな木陰へと駆け込んだ。無駄な抵抗かもしれぬが、いくばくか気持ちはましになる。
「う、てた」
隠れていろと言われたものの、耐えかねたようだ。離れた場所で呆れた顔をしたもののすぐに微笑んだ翼と視線を合わせた杏鈴の顔には笑みが浮かんだ。
《ころす》
しかし安寧は束の間。ダークな呟き。
Dark Aの移り気も甚だしい。金網の向こうにいる杏鈴へ迷いなく向かっていく。翼が走りながら連射するが仕留められない。
仁子の背中を擦り続ける優は、とてもじゃないがこの状態の彼女を放置は出来ない。
「アン! 逃げろ!」
せめてもの嘆願。近づくそのどす黒いオーラに足が竦んでしまったのか、杏鈴は動かない。
諦めず、射撃を続ける翼。だが、Dark Aの手は金網にかかった。身体を反らした杏鈴は、そのまま地べたに倒れ込んでしまった。
「やめろーーーーーー!」
翻った優の雄叫び。DarkAの身体が金網を越えようと浮かび上がりかけた刹那。
ガシャン!
見えなくなった杏鈴の姿。金網を左手のひらで激しく叩き、それを挟んでDark Aと向かい合うさすらいの旅人を待ち詫びていた。その右手に握られているのは、真っ赤に艶めくひとつの果実。
「こんにちは~。君が噂の俺のファンのかた?」
シャク、シャク、とわざとらしく音を立てながら
「うわ~、こわいねえ。強い人は集中的にいたぶられちゃうんだ~、気をつけよ~」
優と仁子を指しているのだろう。賢成は作為的に身震いした。
「あ、じゃあ、質問を変えようかな。君、俺の銃持ってない?」
水色のマントをひらりとさせ少し背伸びをし、賢成はDark Aの背中のほうまで覗き込む。
「ふ~ん。君は黒い剣なのか~。隠してたりはしない? ほら~、ファンって身につけてるものとか、よく欲しがるじゃない」
何の返答も返さない。何の動きも見せない。巨大な鉛と化したかのようなDark Aの背中から発せられるオーラは、どうしてか以前の何倍にも黒を放っているように感じられる。
「この質問もつまらないみたいだね~。じゃあ、これならどう? あのフォロワーは君のお友達だよね。あの人数どうしたの~? 軽く百は超えてたよね? びっくりしちゃったよ」
賢成の腕には小さめだが、ところどころ、真新しい浅い傷が出来ている。
「だけどごめんね~。凄い歓迎してくれちゃって、俺に喜んで突進してくるからさ~。全員素手で投げ飛ばしたら、みーんな、いなくなっちゃった~」
賢成の計り知れない戦闘能力に、Member達は驚きを隠せない。山型をキープしていた賢成の目は次第に変化していく。そしてその顔はズイッと、銀の仮面へ迫った。
「君は俺と会いたくなかった。俺がここにきてしまえば、知られたくないことを晒さなければいけなくなるからね」
ちらりと賢成が優を横目で見てきたが、その視線は間もなく向かいへと戻された。
「そのためにフォロワーを温存し、自らセイに奇襲をかけた。本来の予定ならあそこでセイを殺せているはずだった。だけど思わぬ邪魔が入った。俺が万が一ボスステージへと繋がるブラックホールを潜ってきたとしても、温存していたフォロワー達を全て注ぎ込めば俺を叩きのめせるだろうと君は予測していた。俺がここへこないと知ったみんなの絶望する表情を見て嘲笑いたかったのかな〜? でも、残念だったね。自分でもよく分からないけど、どうやら俺は君の想像、そしてみんなの想像の範囲を遥かに超えて強いらしい」
飛び上がったDark Aの黒のマントは、まるでカラスが羽をはためかせているかのよう。対する賢成の動きも相当だ。空中でDark Aを迎え、黒剣を足で蹴り落とす。Dark Aの肩を掴んで芝の上に降り立つと、その身体を背中から叩きつけた。
賢成は黒剣を左手で拾い上げ、身体を起こそうとしていたDark Aの上に跨り動きを封じ込めると、その矛先を銀の仮面へと垂直に振り切った。
黒の刃は折れ飛ぶ。そして、真っ二つになり卵の殻のように割れ飛んだ銀の仮面の中からは、隠れていた中身が覗いた。
ズキンッ
賢成が首根っこを片手で掴み起こしあげたその正体を見た瞬間、優の左目は強く痛んだ。
「あ、りんご。そう言えば、君へのお土産だったんだ~。ファンなら嬉しいでしょう。齧りかけ、レアだよ~ん、はい」
右手に握ったままのりんごをおちょくるように賢成は突き出す。しかし、瞬時にDark Aの手により叩かれるとそれは芝の上で粉々になってしまった。
「あーあ。乱暴なんだから~」
Dark Aのビジュアル。サラっとした少し長めの茶色髪に可愛らしい
「えっ、セイ?」
木陰から少しずつこちらへと歩みを寄せ出していた航の口から飛び出た名。翼、杏鈴、梨紗も目を大きく見開き、その顔をただただ見つめている。唖然とするのも無理はない。仮面の外れたDark Aの顔つきは、誠也とそっくりなのだから。
「セイ……いや、違うよ。そうだねえ、この子もある意味俺と同じさすらいの旅人なのかもしれないね〜。丸六年もの間、失踪していたんだから」
優の左目ではブラックホールに吸い込まれる直前に見た映像が再び繰り返され始める。
「君はそう言えば、せっかちだったよね。昔から」
賢成はの首に左手を当て力を入れる。逃れてやろうと激しい抵抗を見せるはDark Aの形相は凄まじい。
「フライングするほど殺したくて堪らなかった? セイのこと」
りんごのなくなった右手を左手の上に重ね、強く首元を圧迫していく過程で賢成の瞳孔は開き切った。
「ふざけるのも大概にしろ!」
賢成の顔が、ぐっとDark Aの眼前に寄せられる。
「お前は、本心を隠してる!」
優の左目の中には、ぐるぐると怪しい黒色の渦が現れた。
「本当はセイのことを殺したいなんてこれっぽっちも思ってないはずだ!」
そして賢成は、ひとつの名を喚呼したのだった。
「なぁ、
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