※◇25.“A”の血液
あの、赤い左目。彼にだけ見えるナニか――。
姿を消そうと頭を激しく振るが無意味だ。顔が引きつってしまう。
「……嫌よ」
続けざまに思い出されるフォールンの言葉。クリオスが最初に出会った
浮かべれば浮かべるほど逃げ場は失われていく。何を浮かべても、優の赤い左目が、今手元で記されている“死”を示す言葉と繋がってしまうのだ。
仁子は歯を軋ませながら、そのページに手をかけた。
「そんなの、絶対に嫌!」
引き裂いた【死ンデシマッタノダ】の文字。
仁子は粉々にしたそれを、気持ちを抑えたいがため、感情任せにばら撒いた。荒くなっている呼吸を整える。
「もしもし! アン! 無事?」
『(ニンちゃんごめんね! 連絡すればよかった! 今、ヨクとワタルくんと一緒にいて宮殿に向かってる途中なの! 全員無事だよ!)』
「そう、よかった。でも、よくないかも」
『(どうしたの?)』
「
『(え! Dark A!?)』
杏鈴の傍にいる航が恐怖の入り混じった声を上げたのが聞こえた。
「私もこれから応戦する。ユウとリーが先に戦ってる。けど」
仁子はブックを床に置き去りにして立ち上がり、窓辺へもう一度近寄った。戦場の様子に苦しい表情をせずにはいられない。
「Dark Aが興味があるのは、ユウみたい」
あからさまに優狙いで斬りかかっているDark A。サイドから飛びかかる
「ねえ、女の子って、普通男の子に護られたいって思うじゃない? それなのに、護りたいと思ってしまう私って可愛くないし、変よね」
『(……ううん、変じゃない。変じゃないよニンちゃん)』
仁子の声色から何かを感じ取ったらしい。杏鈴の声には少し、涙がかかっていた。
『(急ぐからね)』
「ありがとう、待ってる」
通信を切り、仁子も窓枠に手をかけると、戦場へと降り立った。
「くっそ!」
迫りくるDark Aを迎え討つ優。その攻撃を受けながら、傷つけないようにして戦うことがいかに容易でないことを改めて理解し始めていた。
「うおっ!」
喉元から斬り上げられかけ、思い切り仰け反り芝に転がった優を庇ったのは仁子。Dark Aと剣を交えている。
「ニン!」
優と同等に近い戦闘能力のある仁子は、そのまま激しく斬り合う。その横から梨紗が槍を振り上げ、Dark Aに襲いかかる。しかし、剣を左手で持ったまま、Dark Aは自身の黒いマントに素早く右手をかけると、梨紗に向かって翻した。
「うわっ!」
ぶしゃっ、と梨紗の身体中に赤い血が飛ぶ。
「リー!」
漆黒のマントから赤い液体が飛び出してくるだなんて、梨紗が想像の範囲を超えることに困惑している中、それを超えぬは優だった。
優にだけは、見えるのだ。
ブラックマントに刻まれている“A”の血文字が。
それは溶けるように歪み、ポタ、ポタ、と鮮血を垂れ流している。
「リー! 大丈夫!? キャ!」
仁子は見えぬが理解している。ボス戦にくる前に優が話した内容から、マントのどこかに“A”の文字が刻まれていると。悲鳴を上げつつも、そこから噴出した血液を身体を反らしてかわした。
「やっぱりてめぇだったんだな! あの時いたのは」
仁子がDark Aに押し切られ芝に尻もちをつくと、優は間髪いれず、黒の剣に赤の剣を交えた。
《さぁ、なんのことやら》
Dark Aはようやく閉じ切っていた口を開いた。
「てめぇじゃなかったら他に誰がいるっつんだよ!」
飛散する血液を避け、優は屈んだ手前、Dark Aの足元を狙った。しかし、Dark Aは瞬時に高く飛び上がると、空中でバク転し、優ではなく仁子に斬りかかった。間一髪、仁子は芝の上に腰をついたまま、その攻撃を剣で受け止めた。
《おい、セイはどうした!》
顔を優のほうへ向け、Dark Aは苛立ちの入り混じった声色で叫び上げた。
「残念だがこねぇよ」
《は?》
「お前が殺したがってるのを知ってて連れてくるわけねぇだろーが!」
優の攻撃を身体を仰け反らせて回避したDark A。隙を拾い仁子が斬りつけようとしたが、そちらを見ずしてDarkAはその腹に蹴りを入れた。咽返る仁子に梨紗が駆け寄る。
「てめぇこのやろ!」
キィン! と再び金属音を鳴らし上げ、優はDark Aと押し合う。
《おまえ、ばかだな》
「は?」
《セイになんのギリがある》
優は黒の矛先に左肩を許してしまった。
「うっ!」
「ユウ!」
思わず苦い声が漏れる。梨紗の手を借り、立ち上がった仁子が、痛みを堪えながらも、再びDark Aに向かって走り出した。
《おまえはせんたくをあやまった。セイをここにつれてきさえすれば、おれはそのおんなどもも、もちろんおまえにもこうやって、てをくだすことはしないでやった。どんなにおまえらがきりかかってこようが、やりをふりかざしてこようが、おれのねがいはただひとつ》
優の左目を痛みが駆けた。
《セイをぶっころす。ただそれだけなんだよ!》
仁子を蹴り飛ばしたDark Aの持つ黒い剣は優に向けられた。ここで果ててなるものか、優は俯き、その攻撃の重みに歯を食い縛る。
「何で、だよ」
《きらいだからだ》
どの口がそれを、優の中で怒りは燃え上がった。
「取れよ……」
《は?》
「その仮面取って、もっぺん同じこと言ってみろ!」
優に弾き返されたDark Aは、ふわっと上手に着地すると、狂ったように高笑いし始めた。
《いやだ、とるわけないだろう》
何も分からぬ梨紗が、首を傾げる。
「え、どういう意味だ?」
梨紗から視線を向けられた仁子は、依然として固い表情をしたまま、Dark Aを強く睨みつけている。
「ぜってぇ外してやる!」
左肩の痛みをものともせず、優はさらに勢いをつけてDark Aに挑んでいく。
◇◆◆
翼、航、杏鈴は、ようやく宮殿へと辿り着いた。
「ひゃ~! 近くで見ると凄い立派だねぇ。お伽話のお城みたいだ」
ひょいっ、と地に降り立った航は、馬を柱に括りつけると、杏鈴が馬から馬から降りるのをサポートした。翼も同じように馬を柱に括ると、壮大な宮殿を見上げた。
「……あっちか」
聞こえてくる金属音を頼りに、煉瓦造りのトンネル内を進み、宮殿の出入口である門の前まできて足を止めた。大きく、天高くそびえているその両側に広がる頑丈そうな金網の隙間からは、二つの赤、黄、そして黒の色が見える。
「ちょ、ユウ、血出てない?」
航が目を大きくして金網に寄った。確かに、優の赤色のBにはそれとは別の滲みが混ざっているように感じられる。ふと、視線を動かせば、梨紗も相当だ。血液で造られた、まだらな模様は、Bだけでなく顔にまで及んでいる。
「早く加勢しよう!」
航が門に手をかけた。
「あ、あれ?」
だがしかし、がしゃん、がしゃんと抵抗する音が立つだけだ。
「鍵がかかってる」
《おいそこにだれかいんのか!》
はっと息を呑む。その声は、優でも、仁子でも、梨紗でもない。
凄みの利いた、どす黒い一声。
「やばい!」
「……すまないワタル、先に応戦してくれ」
「へ!?」
翼は杏鈴の手を引き、近く足音から逃げるように急いで身を隠した。
《おい!》
がしゃーん、と金網は激しく蹴り上げられた。ビクンと肩を揺らし、航が恐々としながら前を見ると、金網に指を絡ませているDark Aの姿があった。
《んだよ。てめえなんかようなしなんだよ。バーカ!》
「はい!? バカ!?」
その言葉にイラッとスイッチが入ったらしい。航は金網に手をかけると火事場の馬鹿力で一気に登り切り、宮殿内へと入り込んだ。
「ヨ、ヨク、どうしたの?」
再び煉瓦造りのトンネルの中に戻った翼は、戸惑う杏鈴をしゃがませると、その向かいに片足を立てて腰を下ろした。
「……お前はここにいろ」
杏鈴の眉が、ギュッとかたちを変える。
「どうして?」
「……ユウは、直前まで迷っていた」
「え?」
「……ブラックホールに入るその瞬間まで、お前をこのボスステージにこさせるか否かを迷っていたはずだ」
杏鈴は口を噤んだ。
「……はっきり言う。お前が門を潜ったところで、ヤツと戦えるとは到底思えん。ユウが考えているのは、セイを護ることであり、生かすことだ」
翼は杏鈴の目を、真っ直ぐに捉えた。
「……そんな想いのある中で、お前が万が一殺やれてしまったら、堪らんだろう」
うるうると微動する杏鈴の瞳。
「う、いたっ」
そんな杏鈴の左頬を、翼はむにっ、とつまんでやった。
「……そういうことだ。何かあったらすぐに呼べ、いいな」
そう言い残し、翼は門の前へと戻り、金網を越えた。
その背中を見送った杏鈴は、首元からネックレスを徐に取り出すと、ハート型のトップを強く握りしめていた。
◇◆◆
響いた銃声、その銃弾はDark Aの肩を掠めた。
「ヨク!」
優が振り返った先、翼の持つ二つの銃口からは、細い硝煙。
杏鈴の姿がない意図を言われずとも優は理解した。
《またいらねーのがきたな》
Dark Aの体力が全くと言っていいほど衰えを見せないのに、優、仁子、梨紗の体力は確実に奪われている。額から滴る汗の量が尋常ではない。
《まあいい。おまえらみなごろしにしちまえば、いっしゅんでやつをしとめてやれるからな》
Dark Aは、優のほうを向いた。
《だいたいあのときも、てめえがあらわれなければやれてたんだ。じゃまなんだよ!》
「うおっ!」
「きゃっ!」
そう叫ぶと、DarkAは身体を回転させ、マントの文字から溢れ出す赤色の雫を血液大量に撒き散らし始めた。纏っているBが汚れていく。
体力の低下しているMemberを庇おうと翼と航が交互にDark Aに迫る。しかしDark Aは航の槍と黒い剣を交えながら、翼が撃ち込んでくる銃弾を彗星の如く避ける。
「こんなのっ、加減なんて出来ないよ」
何度向かっても芝の上に叩きつけられてしまう航の口から漏れた弱音に、Dark Aは動きを止めた。
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