※◇24.赤の少女が知りえた因果
たくさんの赤い屋根。古民家が可愛らしく並んでいる。意識が色づき始めたと自覚した翼はハッと目を開けた。
尻をついて座っているこの場所は、煉瓦模様の道の上。次に視界に入ったのは、二つの人影、
翼は周囲を舐めるように見回す。道のところどころに花の如く植えられているクォーツ。顔なんてないのに、当たり前だ、と主張してきているように思えるのは気のせいか。いずれにせよ、異様な空気だ。
「ねえヨク、ここってさ、まさかねぇ、嘘だよねぇ」
「……嘘にしたいところだが、残念なことに意識が飛んだにしては俺の記憶はハッキリしているぞ」
どうやら
「……よく分からんが、スクリーンで見た王国内を、ボス戦だから特別に
「え、そんな適当なことある!?」
「……あの
「う~ん、確かに、かも」
立ち上がりながら翼が航とやり取りする傍ら、腰を上げつつ辺りをキョロキョロと見回しているうちに、杏鈴はこの異様な空気感の原因を突き止めた。
「ねえ、ヨク、ワタルくん。住んでる人が、誰もいないね」
まさにその通り。自分達以外、全く
ふいに、翼は気になるものを見つけた。スタスタと歩き始めると、航と杏鈴が慌てて追い駆けてくる。
「ちょっとヨクさーん! そんなむやみに!Dark A飛び出てきたらどうするの!」
「……こない」
「何で言いきれるの!」
「……こっちには、ヤツが興味のある人間がいないと見た」
「え? こっち?」
翼、杏鈴の顔を順に見た航は、口をあんぐりと開いた。
「そういや! ユウ達いないじゃん! やば! はぐれちゃってる!」
「ワタルくん気がつくの遅いね」
「アン気がついてたの!? 言ってよ! 結構今動揺してるよ俺!」
商店街らしきアーケードを潜る。案の定、誰もいない。かつてはきっと、たくさんの人々で活発に栄えていたのだろう。クォーツが端にいくつも咲いている小道を、くねくねと曲がりながらしばらく進んだ。
「うわぁ! 凄い!」
「綺麗ーっ」
望んだのは写真やテレビでしか見たことのないコバルト色の海。真っ青な空の中に浮かんでいる太陽の光がそこに溶け込むさまは、現実の世界に存在しているどんな絶景にも勝る。
「こんなに綺麗な街が、どうしてぇ……」
“崩壊”という単語。
脳内に過らせてはみるが、目の前の景色と見てきた街並みを思うと、どうしても似合わない。違和感は住人がいないことだけで、それ以外はどこもかしこも綺麗な街なのだ。血肉の争いが行われただなんて誰が思おうか、似合わないはまやかしの感情で、認めたくないが本音なのかもしれない。
「あれぇ、おーい、ヨクさん?」
航と杏鈴が海を眺めぼんやりとしている間に、翼は先に歩みを進め、目的の前に辿り着いた。聳え立つ頑丈そうな造りの建物は、大凡四・五階建てと見て取れる。大きな入口の扉は両開きの仕様で、素材はガラスに見えるが、この世界のことだから恐らく透明なクォーツを用いているのだろう。光を反射しプラチナに輝く様子が高級感を演出している。
「も~、ヨク行動早いよぉ~!」
「……おい」
追いついてきた航と杏鈴に、翼はある一点を示した。透けている扉の向こうに見えるのは受付カウンターのようなもの。その前面には、大々的にアルファベットのロゴが刻まれている。
「“
透き通った杏鈴の声はよく響く。
「ナイツって、騎士、だったっけぇ? 意味」
航の理解は正解だ。翼はそのロゴに引き寄せられるように扉を開き、室内へ踏み入った。振り返ると、冷や冷やしながらも、航が続こうとしていて、杏鈴はこの場に残ると意思表示をしていた。
カウンターの前を正面に、右へと通路は広がっている。高さもあるが、奥行きも中々であるようだ。小部屋が現れるたび、躊躇することなく翼はその扉を開く。敵が潜んでいるのではないかと航は警戒しているようで、びくびく肩を揺らしても、翼は扉を開き続けた。
「……おい」
気に留まったのは、四階の一番奥の部屋。見てきた小部屋と扉のデザインが異なっている。描かれているのは銃を象ったような模様だ。取っ手を強く引くと、何となく他の部屋より重たい気がした。
「な、に、あれぇ」
一見、会議室のような部屋なのかと思った。だが違う。翼も航と同じく、目を見張った。
壁に飾られている、一枚の巨大な絵画。開いてきたどの部屋にもなかったものだ。素人でもこの著者の画力の高さが分かる。一見写真だと思ってしまうほどの才能で描かれているのだから。仮にそう誰かに説明されたらきっと騙されるだろう。
絵を視線でなぞる。男性の集団だ。全員同じ紺色の軍服を着用し、笑顔で敬礼をしている。腰につく二つのホルスターに収まっているのは青色の柄をした銃。
男性達の顔を順に眺めていた航が、控えめだが驚きの声を上げた。
「これ、って……」
航の言葉を遮ったのは、ガラスの激しく割れる爆音だった。
「……何ごとだ」
「うう、耳いった!」
耳をつんざいたその音は、唸るようにあとを引く。三半規管が狂いそうだ。両耳を思わず覆う。
「今の、この建物のガラスかなぁ!?」
「……いや、音量のわりには意外と遠いように感じ……」
塞いだ隙間から聞こえた動物の気高い鳴き声に、翼は部屋の窓を開いた。
覗き込んだ下は中庭だ。そこにポツンと存在している馬小屋に、しめた、と翼の口元は緩む。
「……なるほど。こういう小道具はきちんと用意されているのか。比較的親切だな」
「え? 何が?」
翼は振り向き、両耳から両手を離した航の背中を小突いて部屋を飛び出した。
「うえ! もうヨク〜!」
航を翻弄している自覚はあったが止まれない。
「……アン!」
建物の入口に戻り、杏鈴の背に向かって呼びかけた。振り向いたその顔には動揺が滲んでいる。
「ヨク! 今の音ちょっとまずいかも」
「……何を見た」
息を切らしながら航が隣に並んだ。杏鈴が白い指先で示した方角には、立派なCrystal宮殿がそびえ立っている。
「はっきりとは見えなかったけど、人が落ちていったような気がして……」
間違いない、宮殿内に、
「……急ぐぞ。こっちだ」
翼は、航と杏鈴を建物の裏側へと誘導する。先程見た中庭にある馬小屋の前に到着すると扉を開いた。
「わぁ、凄い」
航が感嘆の声を上げる。姿を現したのは、真っ白な毛並みをした麗しい二頭の馬。国であるのか、この組織であるのかは分からないが所有物であることを示す印に、首元にハートクォーツを下げている。人間の登場に驚いたのか、馬は威勢のよい鳴き声を上げた。
「……航、乗るぞ」
「あ、うん、って、え!?」
翼は手綱を引き、馬を小屋の外へと出してやる。軽く握った右の
「ヨク凄い! 撫でかた知ってるんだね」
「……いや、馬は目がサイドについているだろう。正面が見えずらいから急に前方から撫でると嫌がるんだ。ただそれを何となく覚えていただけ。航も、同じようにしてみろ」
翼にまま従うかたちで、航も同じ手順を施す。すると、もう一頭の馬も慕うように航に擦りよった。それにも杏鈴は驚く。
「ワタルくんも凄い! こんなに初めから懐くものなんだね。何だか二人が飼ってるみたい」
何気ない杏鈴の言葉。翼は航と顔を見合わせる。脳内を過るのは、あの絵画。あの集団に――。
「……アン、一緒に乗るぞ」
翼は小屋の陰に置いてある台を見つけ、先にあぶみに足をかけると馬に跨り手綱を持った。杏鈴もおずおずと台に立ち、翼の手を借りながら馬に乗り上がると、背中から手を回し、抱きついてきた。
「よっし。俺もおっけいだよ! 何だか、サクッと乗れちゃうあたり……」
馬へ跨ることに全く違和感を覚えない点に対し、航はかなり物言いたそうだったが、翼は目で合図をし宮殿を目指して馬を走らせ始めた。
◇◇◆
木漏れ日に
細い視界の中に室内にあるもの達を映していく。本棚、光沢感のある机とその上にランプ。床一面に敷き詰められている赤色に金の模様が入った高級絨毯に目が留まった。毒々しく感じるその色に、仁子の口の中には生唾が反射的に湧く。意識を逸らそうと視線を再び動かすと、木造りに金の取手がついた扉、豪華で頑丈そうな衣装棚。
次に自らがいるふかふかしたベッドに目線を落として、仁子は叫びかけた声を必死で呑み込んだ。かたちはないのにつかえて、胸元を軽く叩く。まさか隣に人が寝転んでいるなんて思いもしなかった。優はすやすやと寝息を立てている。
頬が紅潮していると嫌にでも分かる。落ち着こうと両腕を胸の前でクロスさせ、両肩を交互に
「……よく見ると、意外に綺麗な顔してるのよね」
皮肉そうに、自分にしか聞こえないくらいの声で呟く。起こした身体を再びベッドに預けると、仁子は優の顔をじっと見つめた。
「……睫毛も長い」
我にもなく、仁子の指先は優の目元に伸びる。
「ん……」
すると、ピクッと優の瞼が動いた。超高速で仁子はその手を引っ込めると、もう一度、身体を起こし上げていた。
「おい、ここ、どこだ……」
寝起きであるせいか、優の声は少し掠れている。開いたその左目は、色濃い赤色に光ったままだ。
「お、おお、おはよう」
「あー……おはよ」
その赤い左目は気にかかるが、今の自分の表情を見られたくなくて、仁子はそっぽを向く。優はむっくりと身体を起こすと大きな伸びをした。
「な、何よ」
肩をトントンと叩かれ、反射的に仁子はそちらを向く。優はじっとこちらを見つめていたが、次第に顔を近づけてきた。まさか、これはあのお約束の展開? 恥ずかしさに耐えられず仁子はキュッと目を瞑った。
「ついてんぞ」
感触を感じたのは唇ではなく、右のこめかみ辺り。目を細く開くと、優は糸くずのゴミを手にしていた。異常に早さを増した鼓動がクールダウンし始めると同時、何て紛らわしいんだと、怒りが湧き上がってくる。
そんな仁子の気も知らず、優はベッドから下りると、窓の外に広がる景色を望んだ。
「はーん、すっげぇな。Crystalのあの世界まんまじゃねぇかって、いてっ!」
仁子がぶん投げた枕は、優の背中にヒットした。しかめっ面で優が振り向く。
「何すんだよ!」
「何すんだよってこっちの台詞よ! 何その慣れた感じ! こんなの日常茶飯事みたいな!? 少しくらい可愛く動揺でもしなさいよ!」
「はあ? 意味分かんねぇんだけど。ブラックホールに落ちて、辿りついたら何故かベッドの中でした以上! じゃねぇか!」
ベッドの中、事実であるのだが、もろに言われて仁子は不服ながらたじろいでしまった。案の定、にやにやと優は笑っている。
「つーか、お前こそ何変なこと考えてんだよ。へぇ~意外とそういう感じなんだな~」
「はぁ!? そんなわけないでしょう! 大体誰があんたなんかと! ないない!」
「あーそりゃよかった、俺もねぇわ……」
あまりにも一瞬のこと。赤い左目の奥の色を変えた優は扉の近くまで走ると、鞘から剣を抜き構えた。
足音がする。どんどん、近づいてくる。
仁子もベッドから這い出て剣の柄を握り、応戦態勢を整える。
勢いよく扉は開かれた。
「出てきやがったな! Dark A!」
「ちょちょちょちょ! やめろよ!」
優の声と重なり合ったのは、聞き覚えのあるハスキーボイス。
「おっ……リーじゃねぇか!」
現れたのはDark Aではなく、
「びっくりさせんなよな!」
「悪い悪い! いや~、しっかし広い屋敷だなここは。gameにしてはすっげぇハイクオリティな感じっ。じゃんっ、これ見てっ!」
梨紗が背中に隠していた右腕を、優と仁子に向け差し出した。
「それ、ブックじゃないの!」
その右手に握られていたのはCrystalのブック。だが、黄ばんだ汚れもなく不気味な灰色の手も描かれていない。紛れもなく、それはスクリーンで見たものと同じ綺麗なものだ。
梨紗がポーンと軽く投げてきたそれを、仁子は両手でキャッチした。
「お前それどこから持ってきたんだ」
「よく分かんねーけど、部屋? そこにあのでっけー石もあったけどさすがに持ってこれねーなって」
「でっけー石?」
見向いてきた優に仁子は頷いた。梨紗の言うでっけー石の正体は、きっとあのアイスクォーツ。
「クリオスの部屋もそのまま再現されてるってことなんだな!」
「その部屋にいけば、このgameについて、もっと掴めるかもしれないわ。ねえ、リー、その部屋まで案内して」
「へ? 無理」
「は? 何でだよ」
梨紗はポリッと頭を掻くと、へらりと笑った。
「もう、覚えてない。広すぎて」
優と仁子の「はあ!?」の声は少しもずれずに重なり、部屋中に響き渡った。
「いや、だって、本当に想像以上の広さだぜ!? だからせめてと思ってそれ持ってきたんだよ!」
「つか、それだったらお前よくここに俺達がいるって分かったな」
「いや、分かってねーよ。と、言うよりあたしが目覚めたの、こんな綺麗な部屋じゃなかった。ベッドしかない殺風景なちっさい部屋」
「この宮殿内の部屋のひとつよね?」
「そう。で、探検しよーと思ってうろうろしてて、お前らの声がしたから気がつけただけ」
梨紗が語るその背後で、扉が微かに動いたのを見逃さなかったのは優。
「リー! 伏せろ!」
「へ!?」
優はしゃがみ込んだ梨紗の上を飛び越えると、扉の取っ手を引き、赤い剣を振りかざした。
ガィキン!
「きやがったな! Dark A!」
揉み合うように剣を交え、振り回しを優は繰り返す。仁子が部屋の端により、梨紗が槍を握った刹那。
「あぶねっ!」
「キャア!」
Dark Aの矛先を優は自身の剣で受け止めたが、体勢を崩しそのまま突き飛ばされたDark Aはその隙を逃さない。宙に浮いている優に攻め入った。
ガシャーン!
「ユウ!」
揉み合いながら、優の身体は窓に突っ込んだ。ガラスの破片とDark Aと共に、地上へと落ちていく。
室内のほうへ飛び散ってきた破片のひとつは仁子の左腕も掠めていた。じんわりと滲む血にも構わず、仁子は窓辺に近づく。
「ニン! 落ちつけ! つか足元危ないぞ!」
梨紗の叫びも無視し、窓の下を覗いた仁子は少しばかりホッとした。優は芝の上への着地に無事成功していた。Dark Aとの戦闘を繰り広げ続けている。
梨紗が足元の破片に注意しながら、仁子の隣にやってきた。
「あいつの戦闘能力なら、game上あのくらいのことは平気ってことなんだろーな」
「よかった……本当にびっくりしたわ」
「何より、あれがボスねえ。おもしろそうだから、あたしもいっちょいってみようかなっ」
「リー? ちょ、ちょっと!」
梨紗はバリバリに割れてしまった窓を開けると、躊躇なく飛び降りた。着地した梨紗は振り向いて仁子を見上げると、にかっと笑いながら手を振った。
「あたしも平気だからニンもぜってー平気だぜー! あ、でも降りてくる前に連絡してほしい! ワタルに!」
今更ながらに
仁子は
「……あら?」
ページを捲り進めてみるが、現れるのは白紙ばかり。
「なーんだ。ヒントはないのね」
パラパラパラと素早いスピードでブックの終わりに到達したその時、仁子は違和感を覚え、ブックのお尻のほうからゆっくりとページを捲り直し始めた。
手を止めたページ。そこには茶色のペンで滲んだ文字が書かれている。
「【親愛ナル……】んー……ほとんど読めないわね」
解読は中々に困難だ。しかし、仁子は諦めずそのまま目を走らせる。
「え……」
そして、何とか読み取ることが出来た部分に硬直した。
【ソレハ、特別ナ、能力】
「【未来ヲ見据エル事ガ出来ル
【死ンデシマッタノダ】
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