◇21.「殺してしまったんだ。大切な人を……」
「ありがとうございました! 運転気をつけてくださいね。またお願いします!」
帽子を取り深く頭を下げて、レギュラーを満タンにした車を見送る。
「あ! やべ」
時計の針はあっと言う間に約束の時間だ。店長に声をかけ上がろうとしたが、アルバイトの後輩が作業に困っている姿に気がつき優はそちらに駆け寄った。そのまま協力し、仕事を片づけていく。
「優さん優さん!」
のちに自身の名を呼ぶ声がぼんやりと耳に届いてきたが、集中している優は気のせいであると捉え、手を休めようとはしない。
「
「おっ、まじだったか」
おずおずとそれが現実であると知らせてきた後輩。優は急いで店長の元へ向かった。
「店長すんません! 聞こえてたんすけど、聞こえてなかったっす!」
「ああー、そういう感じねー。日本語おかしいけどねー」
「ああ、そうっすね」
もう五年の付き合いになる店長と優の会話は非常にライトだが、それは仲のよさを象徴するもの。
「時間過ぎてるし上がって大丈夫。あんがと。あと、来客だよ」
店長が首で示した先には、すっかり元気になっている誠也、そして大人っぽいシックなカラーのワンピースに身を包んだ
「優くん! お疲れ様!」
「おお悪い! 待たせてるよな。ソッコーで着替えるわ!」
「全然。ゆっくりで大丈夫だよ!」
優は店内ブースへ足早に駆け込むと、タイムカードを切り、急いで着替えを済ませた。
再びスタンドに戻ると、店長が声で優を止めてきた。
「明日さ、シフト遅番に変更でいいよ」
「まじっすか。助かります! 朝不得意なんで」
「お前水臭いなぁ、言えよー。彼女出来たならさ」
「はい?」
目的はそっちか。店長がにやにやした顔で仁子を見やるのに、優は溜息をついた。
「彼女じゃないっすよ。ただの友人です」
「は、まじ? 違うの? だってクソ美人だよあの子。今まで見た女の中で歴代一と言っても過言ではないレベル。びびるわー」
「そうは言っても、かなり気の強い女っすよ、アイツは」
「そういうの、嫌いじゃないっ」
「店長の性癖興味ないっす」
「紹介してよー」
「嫌っす」
「ケチケチ。もしやお前が一方的に好きとか?」
「まさか。っつか、多分っすけど」
仁子を一度ちら見してから、優は呟くように続けた。
「あいつ、好きな人いますよ」
店長がごちゃごちゃ何かを言い続けていたが、優は一礼し、二人の元へ小走りで駆け寄った。
「待たせたな! っつか、
「あら、きたら不都合だった?」
「いや、むしろちょっとホッとしたわ」
「え?」
「誠也、ひとりにあんまりさせたくねぇからよ。サンキュー」
「どう、致しまして」
優から礼を言われるとは思っていなかったようだ。仁子は照れ臭そうに、やんわりとした笑みを浮かべた。
「わりぃんだけど、話すの海辺でいいか?」
「もちろん。今日気温も
「そうね。昨日は少し肌寒かったものね」
地元を知り尽くしている優のあとに誠也と仁子はついてくる。漂う潮の香。どこに目線をやっても視界には深い夜の色をした海洋が入り込んでくる。
「いいわね。夜の海、心地いい」
「ねぇー。今日さ、満月だね。見て見てあれ! 海に反射してるよ」
誠也が指差した先には水面に映った綺麗な満月。ゆらゆらと揺れ動きながら儚く光るその様はとても幻想的だ。
「本当。凄く綺麗ね」
「優くん羨ましい。いつもこの景色見てるんだね」
「いいだろ~。ここに住み続けてる唯一の特権だぜ」
砂浜の上に足跡が残っていく。大・中・小とバラバラの大きさは繰り返し、ポコポコと増え続けていく。
「五十嵐くん、仕事場から家は近いの?」
「そうだな。チャリだったら五分くらいで、歩いたら十分ちょい」
「そうなんだ! かなり近いんだね!」
「ああ、近いのはまじで救い。あ、悪い。ちょっと電話」
優はポケットから携帯を取り出すと、サッとその場から離れる。じっとこちらを見つめてくる仁子を誠也が真似る。
通話を終え優は二人の元へ戻ると、携帯を仕舞い込んだほうとは別のポケットからハンカチを取り出した。
「ん? なあに?」
「使えよ。そのまま座ったら砂だらけになんだろ」
差し出してやったハンカチを、柄にもなくぽけっとした顔をして見つめている仁子。優は軽く首を傾げる。
「何だか、本当に意外。ハンカチちゃんと持ってるなんて、紳士よね」
「バカにしてんだろ」
「ええ、少し」
「じゃぁ貸してやらねぇ」
「何よそれ。借りる、借りてあげるわよ」
「借りる態度じゃねぇんだけどまじ」
優が手を引くより先に仁子はハンカチを奪うように掴んだ。砂浜に広げ置くと、その上に足を折り込むようにしてしとやかに座った。
「ほんと、きてくれてサンキューな。誠也」
「ううん。こちらこそだよ。何から話そうか」
優が片膝を立てるようにして腰を下ろす。誠也もその場に座ると、鞄の中からブックを取り出し膝の上に乗せた。
「ひとまず、
導くような言葉を最初に発したのは仁子。
「そう。それなんだけど、僕を襲ったあの敵はデッドが形成している
「リーダー格……」
優はあの時の情景を思い浮かべる。
銀色の鉄の仮面で覆い隠した顔。人間のような風貌。黒ずくめの服。そして、
「“
「五十嵐くん、何?」
背中ではためく黒色のマント。そこに大きな血文字で刻まれていた“A”のアルファベット。
「その敵、黒のマントみてぇなの羽織ってたんだけどよ、そこに血文字でアルファベットの“A”が刻まれてた」
知らなかった情報に、誠也の眉がぴくっと分かりやすく動いた。
「血文字の“A”……意味がありそうよね」
仁子がそう呟いた瞬間、誠也がブックの表紙を勢いよく開いた。パァッと溢れた光が引くと、小さな精霊の姿が現れた。
『あっ。ど、どうも~、
「フォールン! もうっ、どこにいたのさぁ!」
久々に拝めたその姿。ぐらぐらと誠也がブックを上下に揺らすと、フォールンは吹き飛ぶまいと身を伏せページにしがみつく。
『セイ様っ! ぐえっ。落ち着いてください』
「落ち着けないよ! 僕大変だったんだよ! 聞きたいこといっぱいあったのに全然出て来てくれないじゃないかぁ!」
『あなた様が大変であったことは存じ上げておりました』
フォールンの言葉に、場は一瞬静まった。
「てめぇ! 知ってたのかよ! ふざけんな!」
「椿くんがどんな怖い思いしたと思ってるのよ!」
誠也からブックを奪い取り、今度は優と仁子が上下左右に動かし始めた。フォールン諸共ちぎってしまう激しさで。
『ちょっと! 破けてしまいます!』
「もういっそこの際破けちまえ!」
『破けてしまったらあなた達の未来は絶望という選択肢しかなくなってしまいますよ!』
今までにないくらい、フォールンは渾身に叫び上げた。優と仁子は誠也の膝の上に素早くブックを置き戻し、大人しく元の場所に座り直した。
『まったく! いい加減にしてください! 話しはきちんと聞きましょうなんて、幼い子供でも理解していることですよ』
虚しくも絶妙なハモった三つの「失礼いたしました」の声にフォールンは呆れていたが、表情を切り替えると小さな手を動かし、ブックのページを一枚ずつ捲り上げ始めた。
『わたくしが皆様にお会いすることが出来なかったのはセイ様への突然の奇襲について
「まじかよ。てめぇもたまには味方みてぇなことするんだな」
『いいえ。わたくしはあくまでも中立でございます。gameがスムーズに進むよう、Organaizerとあなた達の橋渡しをしているだけです』
「はいはい出たよ。強情中立発言」
キッと不機嫌な顔をしてきたフォールンに、優は眉間に有りっ丈寄せた皺をお返しする。
フォールンが手を止めたページには、新たにたっぷり文字が刻まれていた。
「“
誠也と仁子が食い入るように文字を見つめる。
『はい。セイ様を襲った主犯の名称でございます。Dark Aはデッドが組織するDark Mentersの主格、三人のうちのひとりです。使用
的中していた今ここにはいぬ、
『恐らく残りの二人が背負っているアルファベットの文字は“R”と“K”ではないかとOrganaizerが予測されておりました。あくまでも予測なので、もしもどなたかが遭遇された時に他のアルファベットであったその時は申し訳ありません』
「なるほど。“Dark”だからって言うことよね?」
『左様でございます。Dはデットが背負っているハズですので』
誠也はフォールンにうんうんと大きく頷いた。
『本来であれば、これはあなた達が未来を手に入れるための
「つか、進行順序って何だよ。聞いてねぇぞそんなんあるの」
珍しく口を滑らしたのか、優の鋭いツッコミに、フォールンは小さな手で口を覆った。
『大変失礼いたしました。今のはお忘れ願いたい』
「はぁ!? 意味分かんねぇし! 教えろよ!」
『それの詳細に関しては今回のDark Aのように掟破りとなってしまうためお教え出来ません。わたくしとOrganaizer間での把握のみが許されています。何より、全てがgameですから』
「くっそまじ都合よすぎんだよその台詞!」
何と小賢しく憎たらしいことか。フォールンを潰しにかかろうとした優を宥めてきたのは誠也だった。
「そもそも、どうして椿くん狙いなのかしら」
『申し訳ありません。そこは分かり兼ねています。それより、わたくしが気になったのは、Dark Aが“さすらいの旅人”と名乗り上げていたことについてです』
何も知らなかった仁子は、ぎょっと目を丸くした。
「ちょっと、それって、あの
「あの、折笠さん。ごめん、それ、僕の友達なの」
「えっ! そうだったの!?」
「あぁ。折笠まだ知らなかったよな」
「衝撃だわ……」
「そういやそん時思ったんだけどよ。あ、そのストーカー
「そうなの?」
「確証はねぇけど、俺はそう感じた。あの瞬間はまじであの気色わりぃ旅人の声を救いだと思ったな」
「白草くんを名乗っていることに、うしろめたさがあるのかしら」
『そもそも名乗ると言うことは、なんらかのかたちでナリ様と面識があるのではないかとわたくしは思ったのですが、以前に既に戦っているとかそう言ったことはおっしゃっていませんでしたか?』
「あ、面識に値すんのかは分かんねぇけど、その前に起こった初バトルん時、フォロワーの集団に紛れて多分ソイツいたんだよ。ほら、
優の言葉を受け、仁子がハッと息を鳴らし、片手で口元を押さえた。
「もしかして、あの赤い血……?」
さすが、好奇心旺盛だけありよく覚えている。優は仁子の目を見てその通りだと頷いた。
「俺が問いかけても誤魔化すようにしてたけど、ソイツだったとしか考えらんねぇんだよ」
「白草くんにあの時迎い討たれたのが気に入らなかったとか?」
『たったそれだけで偽物を名乗る。ましてやセイ様のご親友であるナリ様を名乗るという悪質な行為に至る理由としては少々弱く感じますね。それ以外にはなさそうですか?』
優と仁子の視線は誠也へと集中する。誠也の口は小さく開かれた。
「う~ん……成くんと二人で話したんだけど、それに関しては“名乗っちゃうってことは俺のファンなのかな~? あはは~”みたいな感じで纏まっちゃった」
再来した一瞬の静寂。
「何でだろ、すっげぇイライラしてきたんだけど。今すぐぶっ飛ばしてぇ」
「私も、どうしてかしら。すごーくもやもやするわ」
ズモモモモと言う効果音が優と仁子の顔に纏わりつく。誠也があわあわと両手を動かし始めた。
「つ、つまり、あの、きっと成くんも面識はないってことだと思うんだけど」
『なるほど、承知致しました。ですが、向こうがあくどい性質であることに変わりはありません。引き続き警戒して下さい。わたくしも新たに分かることがありましたらお知らせ致しますので』
「本当かよ。分かったらぜってぇ気分で身隠れしたりしねぇで報告しろよな!」
『ユウ様のわたくしに対する嫌悪と疑いは本当に深いですね』
「あぁ。申し訳ねぇけど信じれる要素がなかなか見つからねぇ」
優の
『別に、わたくしは構いません。ただ、
「あっ、フォールンっ!」
捨て台詞を言い残すと、フォールンはいつも通り逃げるようにブックを閉じてしまった。こうなってしまうとまたしばらく姿を現すことはないだろう。
誠也が少し残念そうにしながらブックを鞄の中に仕舞い込むその隣で、仁子が怪訝そうな表情をしている。
「ねえ、今の進行順序のことだけど、まさかこのgame、私達がDark Mentersに勝つか負けるかってあらかじめ決まっているなんてことはないわよね?」
「まさか!」
優が言葉を発する前に、誠也の口から普段は出さないような翻った声が飛び出た。
「ご、ごめん。ついびっくりして……これは未来を護るためのチャンスのはずだし、テレビゲームでイメージすると単純にステージの順番が決まっているっていう意味じゃないかな。ストーリーは僕達の進めかた次第と言うか、戦いかた次第と言うか」
「ふ~ん。ま、どちらにしても結局、多かれ少なかれ弄ばれているように感じるわね」
ザザンと波打つ音が静けさの中を通り抜けていく。優は、仁子と誠也の表情をこっそり視線を揺らして窺う。
「なぁ、誠也」
「ん、何?」
優に向けられた誠也の瞳は、月明かりが反射し艶が増している。心の中で自分の背を押し、遂に優は聞きたかったあのことを切り出す決意をした。
「一個聞きたいことがあるんだけどよ、その前に、俺、誠也があの本を拾った瞬間を見てる」
誠也、仁子の表情は驚きを通過し、戸惑いへと変化していく。
「それって、あの日やっぱり優くん公園にいたの?」
「いや、ちげぇ」
「予知夢を見たとか?」
ほぼ的中だ。優が一度大きく頷くと、発言したくせに仁子は目を丸くした。軽いノリでよくありそうなファンタジー展開をなぞってみただけで、まさか優が首肯するとは思っていなかったのだろう。
「多分、そう。それが予知夢だったのか、ただの夢だったのかその辺はイマイチよく覚えてねぇんだけど。この前、不思議なんだけど記憶が蘇ってさ。フォールンが猫になってお前の元にいったってのも、光景が全部分かるんだ」
「折笠さんはそんな夢、見てないよね?」
「ええ、見てないわ」
「じゃあそれも、優くんに宿っている能力なのかなあ」
「それは今の時点で俺にも分からねぇ。ただその夢を見て俺が思ったのは、誠也は、どうしてあの本とCrystalの存在を信じたんだろうって」
誠也の顔色が変わった。血の気が引いたけど青っぽくなく、赤と混ざったような、複雑な色。
「その光景を自分に置き換えて想像してみるとさ、まじでこんな言いかた悪りぃんだけど俺だったらぜってぇ信じられねぇんだよな。フォールンの話自体聞かないだろうし、意地でもその本をどこかに捨てて帰ってやる! ってなるなって。あの出来事が起こって、ましてやひとりで話を聞いて俺達を探そうってなるって、相当な理由がないとならねぇよなって」
仁子も包むような優しい眼差しを誠也に送る。
「それが正直に気になった。まぁ、言いたくねぇこともあるだろうから、無理にとは言わねぇけどよ」
「僕は」
優の言葉を遮るようにした誠也の伏せ気味な瞳は、顔と同じ色に染まっている。握った両手の拳は両膝の上に置かれ、ぐっと強い力が入っているのが分かる。
「僕は……」
顔を上げた誠也の瞳は覚悟に色を変えていた。分かる。優も今、誠也に問うために自分の心を叩いたから。
「殺してしまったんだ。大切な人を……」
苦し気な誠也の声は潮風に乗り、優と仁子の耳の奥深くを突いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます