※◆17.《おれはねー、さすらいのたびびとさ》



 ◇◇◇



 パチと目を開くと、ゆうつばさわたるは椅子に腰かけていた。

 

「戻ってきたのか。俺達」

「そう、みたいだねぇ」


 見慣れたテーブルに自動販売機。違うところと言えば三枚の用紙が床に散らばっている点だが、先程までいたバトルフィールドはまるで虚像であったかのように、景色は元に戻っている。


「……おい、見ろ」


 翼がブース内の壁掛け時計を指した。針が不可解な位置にある。どうやらバトルフィールドに姿を飛ばしている間、現実の時間は停止するようだ。


「まじか」


 信じ難いことの連続に、優は両手で頭を抱えた。


「纏めるとさぁ、全体的にやっぱりありえなかったよね」

「……もしや今の今まで眠っていたのではないか、俺達」

「そっか! 夢か! 全員同じ夢見ることもあるよねぇきっと!」


 翼と航の無意味な現実逃避の傍らで、優のACアダプトクロックが鳴り響いた。立ち上がったスクリーンには“Call from SEIコールフロムセイ”の表示。場は一気に逃避できない現実へと変えられた。


「もしもし」


 優はその画面に触れ、溜息を漏らすように応答した。


「(優くん、お疲れ様! 今、平気?)」

「おう。航と新堂しんどうも向かいにいるぜ」

「(えっ、本当。それはちょうどよかった)」


 誠也せいやの声は、心なしか嬉しそうだ。


「(ごめんね。至らないところばかりで。初のバトルはどうだった?)」

「どうもこうも、心の整理がつかねぇよ」

「……聞きたいことが山程あるのだが」

「(答えれる範囲でなら)」

「はい! あの、Adaptアダプト:適応がありすぎて頭が混乱してます!」


 誠也には見えぬが、航は小学生のようにピシッと右手を上げて質問をした。


「(ありすぎて。ああ、段階がってことかな。Adaptは三段階種類があるみたい。一回目は選ばれし者としてgameゲームへの参加意思の確認、つまりCrystalクリスタルの世界全体の適応。二回目は五つの面があるって聞いてたと思うんだけど、挑戦する面、つまり築いていく“物語”の適応。そして敵が出現した、もしくはSがきてYesで応答した時のバトルフィールドへの適応ってね。ちなみに戻って気がついたとは思うけど、Adapt中は現世の時間は止まるみたい)」


 スラスラと説明する誠也に、ただただ感心するしかない。


「Sってあれか? 俺ら説明書読んでなくて分かってねぇんだけど、さっきの連絡の略語っぽいよな」

「(優くんまさにその通り。SはSupport Requestサポートリクエストの略語。ちなみにCallコールはCっていう略語になってるよ。Sはそのままの意味だけど、敵が現れた時にだけメニューの中に表示されるようになっていて、Memberメンバーを選んで発信すると応援の要請が飛ぶんだ。CもSもだけどYesかNoのどちらかを押さないと、ずっと呼び出し音が鳴り続いちゃうから注意してね)」

「……今日、SをTo ALLトゥオールで飛ばしてきたのは椿つばきか?」

「(ううん、僕じゃなくて、あ! そう! それ!)」


 翼の問いかけが誠也の何かを強くプッシュしたようだ。


「(今日Sを飛ばしたのはくん!)」


 しん、と場は静まる。


「(あ、えっと、僕は普段もなりくんって呼んでるんだけど、ナリは彼のAdapt Nameアダプトネーム。本名は白草賢成しらくさまさなりくん。さすらいの旅人ですとか言ってた人)」


 そう説明を受けた優、翼、航の表情は、ほぼ同時に引きつった。


「まじかよ! アイツもCrystalに選ばれたやつか!」

「(うん。そう。僕の中学からのお友達なんだ。てか、フォロワー倒してたでしょ)」

「変なやつだから敵であって欲しかったのかもしれねぇ……」

「ねぇ、あのさすらいの旅人ってなぁに? 自称の設定?」

「(……うん、自称、だね……)」


 誠也の哀愁がACを通って伝わってくる。優と航が顔を見合わせ目を細めている脇で、ふいに落ちていた用紙を翼が拾い上げた。その内の一枚の用紙に目を近づけ、訝しげにじっと見つめている。


「おい、どうした」

「……Gunsガンズなんだが」

「は? 貸してみ」


 優は翼から用紙を奪い取り視線を落とす。そこには戦闘前には書き記されていなかった“NARI”という名が、翼と杏鈴あんずのAdapt Nameの下に追加されていた。


 もしやと思い、ACのCall画面を立ち上げる。スライドを続けると賢成の写真が現れたが、ふと、おかしな点に気がついた。


「いや、ちょっと待て。何でアイツがSでTo ALLが使えんだ。俺達と会ったのさっきが初めてだろ?」

「(成くんはフォールンに説明を受けた日に別の場所でみんなと一緒に話を聞いていたの。僕が連絡を単体で飛ばして、成くんは個別のスクリーンからみんなのことを見てたんだ。だからTo ALLが使えたってわけ。あの日は僕が口を挟めそうな空気じゃなかったし……先に紹介出来なくて、驚かせちゃってごめんね)」

「そういや誠也あの日誰かに連絡いれてたもんな! そう言うことだったのか。っつーかGunsって、お前大変だな!」


 優は日頃の仕返しと言わんばかりにププッと音を立ててわざとらしく翼を笑ってやった。ギロ、と優を睨み返してきた翼の隣で、航の表情は新たな疑問に染まった。


「でもさぁ、じゃぁ、何で……」

「(航くん?)」

「その、賢成くん、武器は銃ってことなんだよねぇ?」

「(そうだよ)」

「俺の槍とさ、杏鈴ちゃんの銃を借りて戦ってたんだよね、彼」

「(えっ? 本当に? 何でだろう。ってかそれ、航くんと杏鈴ちゃんの使っちゃったら二人その間自分の身護れないじゃんね! 成くんって昔からスーパー自由な性格でね。出しかたが分からなかったのかなぁ。ちゃんと自分のやつ使うように言っておくねっ!)」

「あ、単純に疑問に思っただけで全然使ってもらうのは構わないよ。むしろ俺が使うより、何倍も戦える感じだったし、賢成くん」

「そう! アイツ気に食わねぇのは気にくわねぇんだけどさ、正直動くスピードとか武器の使いこなしとか、かなりの腕っ節だったんだよ! 異常なくらい」

「(それは、引いている血が関係しているのかもしれない)」

「引いている血?」


 誠也はひと呼吸置き続けた。


「(僕達はそれぞれCrystalに選ばれている。そのCrystalの力を過去に宿していた人達の血を引いているんだ。つまり、その過去の人物達の戦闘能力が、今の僕達の戦闘能力にも関係しているのかなって)」

「そっかぁ。だからあんなに臆することなく女の子でもフォロワーと戦えてたのかぁ」

「なるほどな! 普通のゲームで言えばレベル1みたいな状態のハズなのによ、軽く70レベルくらいはいってたよな」

「うん、間違いないねぇ。それで考えると賢成くんは完全に100越えだよねぇ」

「……過去との因果関係か」


 優と航が会話を交わす中、翼がひとり神妙な面持ちで呟いた。


「どうしたよ」

「……いや、大丈夫だ。続けてくれ」

「(他に聞きたいことはある?)」


 誠也からの問いかけに、優はある気がかりを思い出した。


「そういやよ、先輩いなかったくね?」

「あ! 本当だ!」


 先程の空間で見かけなかった輝紀てるきの姿。


「(先輩は成くん曰く、Sに対してNoの返答があったみたいなんだ。何か理由があるハズだから明日大学で話聞いてみるね。他は大丈夫そうかな?)」

「あ! あの! えっと~」


 航が優と翼に目配せした。察した優は誠也に問いかけようとしたが、



「(……ありがとうね、三人共)」



 聞こえた柔らかすぎる声のトーンに、口を閉じざるを得なくなってしまった。


「えっ、何がぁ?」

「(いや……実は、みんなきてくれないんじゃないかなって、正直ちょっと不安だったんだ。でも、みんながきてくれて凄く嬉しかったよ。これからも、よろしくね)」


 誠也はきっと今、あどけない表情で、にこっと笑っただろう。優は翼と航の目を見て首を横に振った。


「誠也、今日はもうおせぇし、明日また連絡してもいいか?」

「(もちろんだよ)」

「サンキュ。じゃあ、おやすみ」

「(おやすみなさい)」


 誠也との通信が切れた途端、ほぼ同時に三人は大きな溜息を漏らしていた。緊張の糸が解れたせいで、どっと疲れが押し寄せる。


「……聞きずらいな」

「本当に、間違いないねぇ」


 バトルフィールドに飛ぶ前に話していた誠也の“信じる理由”。それについて問い質すのを懸念させるものを、純粋すぎる誠也の雰囲気は多量に含んでいた。


「悪りぃ。自分から言っといて、気まずさ感じちまった」

「何言ってるの優くん。全然だよ」

「ただ、やっぱりそこは聞くべきところだって今日のことが実際に起こって余計に思ったからよ。明日以降、二人で話してみるわ」

「ありがとう優くん」

「……頼んだ」


 力強く頷いた優は、壁掛け時計を見上げ、目を見開いた。


「やっべ! まじ店長にバレたらとんでもねぇわ。そろそろ帰ろうぜ」

「……お前」

「あ?」

「……目は平気なのか」

「そういや! あ、色はもう正常になってるね。優くん、あれ、一体何なの?」


 立ち上がりかけていた優だったが、再び椅子に座り直した。


「正直、俺にもよく分かんねぇんだ。ただ」

「ただ?」

「俺はやっぱり、あの日より前に誠也と会ってる」

「え!」


 痛みと共に蘇った記憶の数々。優はそれを脳内でローリングさせる。


「それも含めて話してみる。いつ発生するか分かんねえから見られたらその時だけど、わざわざ言うことでもねぇからよ、一応他のやつらには言わないでおいて欲しい。恐らく誠也にもさっき聞かれなかったってことは……」


 ふと、気持ち悪いほど近づけられた賢成の顔が過った。その顔面をパタパタと叩き、優は言葉を繋いだ。


「あの空間に着いた時には赤みは引いてたんだろうし、痛みもなくなってたしな」

「……お前、それいつからだ」

「あ~、細かくは覚えてねぇ。けど、ちょいちょい痛い時はある。赤色になったのはさっきが初めてだったけどな」

「痛いって、優くん我慢強すぎるよ。目の痛みって思っている以上にかなり痛いはずだし、本当に無理な時は、ちゃんと言ってね」

「おう。サンキューな」


 優が翼と航に笑んだところでタイミングが揃った。三人はゆっくり椅子から立ち上がると、スタンド内ブースをあとにした。








 ◆◆◆◆◆









 深夜、ぼんやりと誠也は目を覚ました。


 静かな部屋に響いている秒針の音。だるい身体を起こし冷蔵庫へ向かうと、水の入ったペットボトルを取り出した。


 グラスに注ぎ一気に飲み干した瞬間、心臓が飛び跳ねた。


 突然耳に入ってきたのはカラスの鳴き声。

 それも一羽二羽ではない。

 

 時計針は三時を指している。明けがたでもないのに重なり続けるわめくような音に、カーテンを開けた。


 スリッパを履いてベランダに出る。だが、見上げた空はどこまでも深く暗いだけだ。カラスの姿は一羽足りとも見当たらない。


 変だ。


 そう感じたが、思いの外心地よい温度の風に、誠也はそっと両方の瞼を落として両手を広げた。スゥ、スゥと深い呼吸を繰り返す。


 再び両目を開けた誠也は、ひっ、と喉を鳴らした。


 ひらひらとからかうように落ちてきたのは一枚のカラスの羽。


 足元で留まったそれを震える指先で摘み顔を上げた瞬間、ピキ、ピキ、と周囲が灰色に呑まれ始めた。


 ベランダの柵の上に舞い降りてきた黒い影。カラスではない。フォロワーに限りなく近しい風貌だが、それとも違うと分かった。顔の全てが覆われている。それも、銀色の鉄の仮面だ。

 

 心が混乱し始める。ホンモノの人間であるように感じられなくもない。だが、やはり人間とは違う。


 一体、何者だ。


「なっ……なっ……」


 そこから放たれている黒色のオーラが強まった。ぶわっと身体中に鳥肌が立つ。Adapt Nameに触れようとACのほうへ動かした誠也の右腕は、引っこ抜かれてしまいそうなほどの力で敵に掴まれた。


「いっ!」


 そのまま振り回されるように誠也は部屋の中へと押し飛ばされた。痛みを堪えながら身体を起こし、目を見張った。


 敵が手にしているのは、真っ黒に輝く巨大な剣。


《ねぇー! あーそーぼー》


 仮面の下で動かされた口から発されたのは、バーチャルチックな声だった。人であるのか人でないのか分からぬように構築された音。



《おれはねー、さ》



 その音で愉快そうに語られた名に誠也は両目をハッキリと開いたまま、こちらを見下している敵を見上げた。



 落ち着け、コイツが――そんなはず、あるわけない。


 

 狙いを定めた黒い刃先は闇色に光る。



 次の瞬間、剣は殺意を持って、誠也に鋭く振り下ろされた。





 





 ◆Next Start◆第五章:月ノ秘メゴト


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