※◇16.黒の血溜まり池と助っ人
落ちていくような不思議な感覚の中、
公園。切な気な表情で夕日を見つめる背丈の低い黒髪の男の子。赤色の瞳を持つグレーの毛並みをした子猫。怯える子供達。呆け気味の老人。そして、一冊の本。
ハッとした瞬間、黒色の幕は上がった。戦いの場所に選ばれたのは住宅街であるらしいが、ただの住宅街ではない。
「どうなってんだ」
グレーだ。
辺り一面は濃い灰色で塗りたくられ、家屋も、樹々も、街灯も、人も、あらゆる全てが石のように固まっている。
「気色悪りぃな」
「優くんあれ!」
優の心臓はドクンと激しく波打った。先程脳内を巡っていた光景と、その背格好が結びついていく。
「優くん?」
「……航、俺……」
優の言葉は、左手を高く上げACを必死で叩き何かを示している
視線を揺らがせ、誠也の背後に迫るもの達に目を見張った。聞かずとも、デッドの手下である
「何て、不気味なの……」
ギョロギョロとこちらを獲物の如く品定めしてくるフォロワー達の目の玉に、航の顔は増して青白い。
フォロワー達は容赦なく、誠也の背中目がけて刃を振り上げた。
「誠也!」
優が庇おうと駆け出した瞬間、誠也は鋭い眼差しになり、身体を回転させ、フォロワー達を斬りつけた。
飛び撥ね散らばったのは黒色の血液。目の前で起こった規格外の衝撃に、優は思わず歩みを止めた。
誠也に躊躇いは一切なかった。それどころか、振り下ろされた刃先は、目に見えぬスピードだった。
誠也が優の元へ急ぎ足で寄ってきた。優の右手を素早く掴んだ誠也は、左腕に巻きついている
息つく間もなく衝撃は続く。優の身に纏う服は、誠也と同仕様の赤色の服へと一瞬で変わった。腰にはきちんと鞘まで装備されている。
「もうっ。説明書読んでないでしょう、ユウくん」
「あれ?せ」
「バトルフィールドだから、セイね」
再び迫ったフォロワー達を、誠也は鮮やかに斬り倒した。
「セ、セイ。お前ぜんっぜん迷いねぇじゃねぇか! 一応敵、人間だぜ!?」
「人間じゃないよ。デッドの手下、倒すべきフォロワーだよ」
「っつか、慣れすぎじゃね!? 剣の使いこなしが半端ねぇけど!」
「ユウくんも多分これくらい余裕だよ。武器の出しかた、メニューを立ち上げてスライド、バトルフィールド時のみ使用可のメニュー“
かなりの早口でそう言い残すと、誠也はうじゃうじゃと蠢いているフォロワー達へ臆さず立ち向かっていった。
「うぉっ! びびった!」
高速すぎた誠也の説明に理解が追いついておらず、優は少々もたついたが、何とか剣を取り出すことが出来た。
後ろを振り返ると、怪訝そうな顔をしたままの
「おいっ! とりあえず左腕についてるやつの名前触れ! で、武器! W!」
「危ない!」
航の危険を知らせる声。暗くなった足元に、優は即座に背後を睨んだ。フォロワーが舌舐めずりをしながら、剣を振りかざしている。
「うわっ!」
反射的に剣を交えると、金属音がキィンッと鳴り上がった。受けた反動で反り返った身体を両足を踏ん張り支える。次の瞬間、バネのように身体を起き上がらせ、優はフォロワーを斬り裂いていた。
次々と襲いかかってくるフォロワー達を、優は絶え間なく薙ぎ倒していく。誠也の言っていた通りだ。驚くほど軽やかな剣捌きは、まるで誰か別の人間が操ってくれているかのようだ。
優が出したのは相当雑な指示だったが汲み取っていたようだ。青色の服に身を包み、腰に二つのホルスターを下げた翼と、黄色の服に身を包み、背中に巻きつく補助具から大きな槍を引き抜きつつも、表情は依然として硬いままの航が歩み寄ってきた。
「ここは僕に任せてあっちにいってあげて! 女の子が戦ってる!」
「女って、アイツらきてんのか!」
優は翼と航と顔を見合わせてから、誠也の指示したほうへ走り始めた。
道路の突き当たりを曲がった途端、ブシャッと大きな飛沫が上がる音がした。敵を斬りつける鋭い音は止まず、ひたすらに続いている。
「おっと、ちげぇな。えーと」
音の主は優を振り返り、赤色のスカートを揺らした。手に握られている赤色の柄をした剣の先には真っ赤な薔薇の模様が描かれている。
「今度こそ、ニン子ね」
皮肉を言えるほど、余裕があるらしい。凛とした
仁子の奥のほうには、槍を操っている梨紗の姿が微かに覗く。狙いは特に定めず、思いのままに殺り込めていく戦闘スタイルであるようだ。
ふいに、翼がその場から動き始めた。目を細めて周囲を眺め回し、
航が心配そうに翼のあとを追う。優は任せることにし、フォロワー達との斬り合いを再開した。
「セイに言われたけどよ、ぜってー助けいらねぇだろお前」
仁子は戦闘スピードをきちんと保っている。二人の手により、フォロワー達はどんどんその姿を消していく。
「失礼ね。どう見ても、か弱い女性じゃない?」
「冗談よせよ」
優と仁子は背中合わせになった。二本の剣で畳みかける。一挙に斬り刻んだせいで、大量に黒の血飛沫が上がった。
「ねえ、ユウ」
額に滲んだ汗をサッと拭い、灰色の上に広がった黒色の血液を見つめたまま、仁子は優の目の奥に焦点を合わせてきた。
「何だよ」
「何でか分からないんだけど、ちょっと気持ちいいかも。私、変よね」
普通の感覚ではないと理解した上で仁子は発言していた。敵は人ではない。だが、殺戮しているのに変わりはないのだ。黒色の血液には、普通を狂わせる能力があるのかもしれない。それを眺めるほど、優の感情は仁子に近づく。心に充満する今までに感じたことのないこの感覚を表現するなら、邪悪な爽快感だ。
「認めるのがかなり癪だけどよ、ぶっちゃけ、俺もかもしれねぇ……奇遇だな」
「……奇遇ね」
“奇遇”となる確率は、こんなに高かっただろうか。優は場にそぐわぬと分かっていたが、仁子と堪えるような笑みを浮かべ合ってしまった。
殺り残しているフォロワーが潜んでいないかを確認してから、翼と航を追い始めた。
◇◇◇
「最恐、すぎるんですけど……」
一方の航は、黄色のパンツスーツのようなBを纏い、黄色の柄をした槍でフォロワーを次々に突き上げまくっている梨紗に呆気に取られていた。
この前にあのスクリーンのことを4Dだ5Dだと騒いでいた人間だとは到底思えない。翼の言っていた通りだった。梨紗は何も察せぬアホの振りをしていただけなのだと、この瞬間を持って確信した。
よく目を凝らすと、航のとは違い、梨紗の槍のデザインはとてもユニークだ。矛先が三本に枝分かれしているだけでなく、その三本それぞれに黄色の花の模様が描かれている。
場にいるフォロワー達は、梨紗の手により全て葬られた。手助けするタイミングを掴めず、結果残念な観覧者となってしまった航が無意識に送った拍手は、梨紗の耳に届いたようだ。
「ワタル! 何だいたのかよ! そもそもくんのが遅いんだよ! 乙女をひとりで戦わすなよなっ」
「えっ……」
その言葉に賛同しそこねてしまった航の頭は、梨紗の平手打ちに見舞われた。
「いったぁ! えっと、何だっけ? Adapt Name」
「
「えっと、リーは、どうしてここにいるの?」
「は? どうしてって、この時計に呼ばれたからYesしてきただけだよ」
当然の表情でACを見せつけてきた梨紗に、航はどう返せばいいのか分からなくなり、口を静かに閉じてしまった。すると梨紗は、にやっと笑い、航の背中をポンポンッと叩いてきた。
「正直よく分かんねーけどさ、悪くねーよ。映画の世界の体験も」
バンッ、と聞こえた銃声。発生源はもう少し先のほうからだ。
「結構飽き飽きしてんだ。つまんねぇ現実の世界にはさ」
そう言い動き出した梨紗の目の色は、ほんの少しばかり薄暗く曇ったように感じられたが、航は黙ってあとに続き走り始めた。
奥の突き当たりを左に曲がると、翼の姿が現れた。両手に握られている青い銃口からは、白色の細い煙が昇っている。
翼に庇われた杏鈴が、ぺたんと地べたに力なく座り込んでいる。際どいところまで捲れ上がった青色のスカートから覗く右太腿にはホルスターが巻きついている。
「……大丈夫か?」
「なん、とか……」
翼は銃を持つ手を下ろすと、杏鈴の前で屈んだ。途切れ途切れに言葉を発した杏鈴の潤んだ瞳には、隠しきれない戸惑いの色が浮かんでいる。
背後に再び迫った危機を察知した翼。振り返りもせず漆黒の兵を撃ち殺すと、杏鈴の身体はびくんっ、と小さく跳ねた。
「つ……えっと」
「……
「ヨクは、っていうか、みんなどうしてそんなに上手に戦えるの?」
杏鈴の視線は、楽しそうに槍を振り回している梨紗と、引け気味の腰ながらもフォロワー達に立ち向かう航の姿を捉えている。
「……どういう意味だ」
「わたし、あんな風に動かないよ? 身体」
ホルスターに収まったままの薄い青色の銃に視線を落とした杏鈴の下がった眉を見て、引き抜こうとしたが思うようにいかなかったのだと翼は悟った。この間にも、フォロワー達の数は容赦なく増え続けている。
「おい! お前ら大丈夫か!?」
優と仁子がよきタイミングでこの場に到着してくれた。すぐさまフォロワー達を捌きにかかる。
「……とりあえず、右手にその銃は握っておけ。そして下手に動くな。向かってきた敵だけを狙って撃ってみるしかない」
杏鈴は翼に頷くと、ホルスターから銃を引き抜いた。露わになった銃の側面に彫られている花びらとつるのような模様に翼は軽く目を開いたが、敵のほうへと向き直ると、杏鈴の元を離れて加勢し始めた。
「くそっ! 全然減ってる気がしねぇ!」
額から汗が垂れ流れる。優が斬り刎ね、仁子は連続で斬りつける。梨紗が突き刺し、航は振り回す。
繰り返し攻撃を続け、数体纏めてフォロワー達を消し去ると、黒色の血が大量に広がり、地に池を造った。
口元を曲げてその黒い池を見つめていた航が、ハッと表情を変えたのに、優は気がついた。
「ワタル! どうした!?」
「ねぇ、誰か怪我してない!?」
首肯する者はひとりもいない。道を塞いでいる邪魔なフォロワー達をぶった斬り、航の元へ駆け寄った優は目を見張った。
「はっ!? 血?」
黒色の溜まり池には、正しい人間の血液らしき赤い筋が、ハッキリと滲んでいる。
「おい! 本当に怪我ねぇか!?」
優の怒鳴るような声色に、視線を動かした翼が気がつき叫んだ。
「……
明らかに他とは似つかないスピードで杏鈴に迫る一体のフォロワーの姿。
翼が発砲したが掠らない。杏鈴は両手で銃を握りしめ構えているが、ガタガタと震えているばかりだ。
「ユウ無茶よ! 間に合わないわ!」
仁子の制止も聞かず、優の足は黒の血溜まり池を蹴散らしていた。杏鈴へ向かって全力で駆ける。
その後背で、
「ちょっとお兄さんっ! か~してっ♪」
「へっ!?」
ふんわりとした声の主に、航の槍はスピーディに奪い取られた。
茶色のカウボーイハットに、ウエスタンを少しかじったような青色のマントを羽織った男。
「え!? 早っ!」
誰だと問うよりも、男の速すぎる動きの印象が、梨紗にも先行したようだ。
優は急に頭上が暗くなった違和感に目線を上向けた途端、急停止してしまった。人間が軽々と上を飛び越えていく突然なんて、そうそう起こることではない。
男は杏鈴の目の前に降り立つと、その手から銃を毟るように奪い右手に構えた。秒速で後ろを振り返り発砲すると、左手で槍を力強く振り切った。
フォロワー達は男を標的にし一気に群がり襲いかかった。だが、男は全く怯まない。それどころか目で追えぬ速さで銃と槍を操り、その場にいたフォロワー達を全て滅ぼした。
ひとつの大仕事をこなしたように、ふぅと男は息をつき、頬に付着している黒い血液を拭った。
「もう全部消えたかね~。よかったよかった~」
ガラリと雰囲気を変え、緩い表情でにこにこしながら周囲を見渡す男に、優は警戒心を抱きながらも近づいた。
「助かった。礼は言う。けど、お前誰だよって、うおっ!」
男は手にしたままの杏鈴の銃を腰についている空っぽのホルスターに仕舞い、槍を航目がけて放り投げると、優の頬を両手で包み込んだ。
近すぎてこのままでは唇が触れ合ってしまいそうだ。唐突な展開と恐怖に、優の肩は震え出す。
「な、何だよ。離れろよ! 俺そういう趣味ね、ねぇぞっ!」
しばしの間。男は何かを企んでいる子どものように、にんまりと笑んだ。そして、
「綺麗な目、してるんだね~」
そう言うと、ゆっくりと優の両頬から手を引いた。
「は? 何言って……!」
優は反射的に黒の血溜まり池を覗き込んだ。しかし、そこに映った左目はもう赤くは染まっていない。いつの間に元の色を取り戻していたのだろうか。
男の言葉と行動の意味が全く掴めず、眉を潜めて優は目で訴えかけたが、航も翼も同じように眉を寄せて首を傾げただけだった。
そんな中、男が杏鈴に歩み寄っていく。一度腰のホルスターへ収めた銃を手に握ると、微笑みながら杏鈴へと差し出した。
「あの、ありがとうございます。助けて頂いて」
「おさげちゃんだよね?」
「……え?」
杏鈴が男を見つめ、まばたきを繰り返す。杏鈴を見つめ返す男の表情は真剣だ。
「やっと、会えたね。ずっと探してたんだよ」
男の一方的な言葉に、杏鈴は当惑しているようだ。
「えっとー……」
杏鈴が言葉を詰める。すると、男には人影が近づいた。
「ちょっと。あなた何? ハッキリ言うわ。気持ち悪い」
男の肩をグッと掴み、杏鈴から引き離したのは仁子だった。
「ニン、ハッキリ言いすぎだぁ」
航が思わず男をフォローしてしまうほど、仁子の声は冷たく響いた。だが、男はへっちゃらな様子で、へらっと仁子に笑いかけた。
「あっはは~。結構強めですね~、お嬢さん」
「端から見ていたけど、アンはあなたのこと知らないみたいよ。 ストーカー? 変態?」
全く男に手加減しない仁子にツボったらしく、梨紗が空気も読まずに爆笑し始めた。それに合わせ男も軽く笑ったが、その直後には切なそうな表情を浮かべた。
「いや、この子は俺のことを知っているはずさ~。でも、忘れちゃってても、仕方がないか」
杏鈴は視線を外しはしないが、仁子の言う通り、男のことは分からないようだ。険しい顔をしたまま、左手の人差し指を折り込み、唇に当てている。
「っつーか、まじでお前何者だよ。敵でもなければ、味方でもなさそうに見えっけど」
男は優を振り返り、にこっと微笑むと、マントをひらりと
「俺はね~、
しん、と場が静まり返る。絶妙すぎるタイミングで、風がヒューと音を立てて吹き抜けていった。
「やっぱり変態ね!」
杏鈴の手を引き、仁子は可能な限り男から離れ始めた。男に対し、優、翼、航、梨紗はごく自然に武器を構える。
「も~、ちょっと~! 変態じゃないよ~。旅人だって~」
呑気に男がそう返答した瞬間、ぐらっと大きく空間が歪み始めた。
「うおっ!」
地べたに手と膝をつく。酔ってしまいそうな変な揺れかたに、視界が狭まる。
「みんな!」
聞こえた声にハッとした。誠也だ。
「セイ! 何かっ、変なヤツいんだけど!」
定まらない視界の中で、優が声を振り絞ると、誠也は男の姿を捉えたようだ。すると、その両目は真ん丸に広がっていった。
「あーっ! ごめん! 先に言っとけばよかった!その男の人っ……」
誠也の声が途切れていく。
互いの姿が見えなくなる。
周囲の景色が消えていく。
そして、辺り一面は再び真っ暗になった。
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