四章:Wandering traveler-さすらいの旅人-
◇15.信じる理由
翌日の夜二十一時過ぎ、
「いや、おかしいだろこれ!」
「何がぁ?」
「ここ溜まり場じゃねぇけど! 店長にバレたらキレられるわ!」
優の盛大なるツッコミを華麗にスルーした翼と航。スタンド内ブースのテーブルで向かい合い缶コーヒーを飲みながら、優が広げ置いた三枚の用紙を吟味している。
「店長さん基本緩い感じだし、平気じゃないかな」
「あのな……てか、ちょっと待てよ! 先始められたらわけ分かんなくなんだろ! 昨日の今日で頭の整理ぜんっぜん出来てねぇんだから!」
「……だったらとっとと仕事を片づけろ」
「てめぇのバイクのボディ拭いてやってるんですけどぉ!?」
「……感謝申し上げますけどぉ」
舌打ちをしスタンドに戻りだす優の視界の隅には、心配そうに翼を見る航の姿が入った。
「あのあと、
「……ああ、無事帰ったぞ。家まで送り届けたからな」
「や、そっちじゃなくて、ほら、怖がっていたし、騙しちゃって悪いことしちゃったなぁって」
「……騙したのは航じゃない、俺だ。気負うな。それに意外と大丈夫そうだったぞ。そのまま少し家に上げてもらって話したが」
「え! あっ、あんな時間に!? あ、杏鈴ちゃん実家?」
「……いや、単身」
「ちょ! え!? お、女の子のひとり暮らしの家に上がったの!?」
「……色々と密度の高い時間だったな」
「待って翼くん! まさか変なことしてないよねぇ!?」
「……お前の言う変なことって何だ」
「や、そ、そのほら、ほらっ……ねっ?」
「……お前こそ、あのあと続きでもしたか。フォールンの語りが意外と長かったからな。気を遣ってそそくさと退散したつもりだったが」
「俺の質問スルーしないでもらえるっ!?」
「……どうだった、初体験。よかったか」
「もぉ! ちょっと翼くん悪ノリいい加減にっ……!」
「わぁああぁあ! 優くん! お疲れ様ぁあぁあぁ!」
「航」
名を呼ぶと、航はビクッと肩を揺らした。目がおどおどと泳いでばかりいる。優はオレンジ色のキャップを外すと、にぃっとわざとらしい笑みを浮かべてやった。
「避妊だけは、ちゃんとしろよっ☆」
「優くうぅぅうん! どうしちゃったのぉおぉ! 君は天性のツッコミ気質だったはずでしょぉぉおぉ! 最近おかしい! ってか翼くんのバカ! 誤解されちゃってるじゃん!もうっ!」
優がロッカーを開き着替えを始める横で、わーわーと航が文句をつけるが、翼は至ってクールだ。一方的に熱くなっている航がおもしろくて仕方がないのだろう。航は気がついていないようだが、翼の目尻は微かに下がっている。
「さてと」
翼に対し、悪趣味だな、と内心呆れつつも着替えを済ませた優は席に着き、一枚目の用紙を手に取った。
「ぶっちゃけ集まったけどよ、何から話し合ったらいいのかも分からねぇよな」
「そう、だよねぇ……」
「スケールのでかさが半端ねぇんだよまじ。だいたいクォーツ王国だっけ、歴史の授業で習ったか? 聞いたことねぇよ」
「……貴様が単純にバカだから覚えていないのではないか?」
「はぁ!? じゃぁてめぇは知ってたのかよ!」
「……記憶にございません」
「同じじゃねぇか!」
どこまでもマイペースな翼に長めの溜息を浴びせてから、優は呼吸を整えた。
「ごちゃごちゃ言っても変わんねぇよなー。とりあえず、俺が話すわ。補足がある。っつか腹立つのはあのフォールン。結局俺らに話したのは
「確かに、いわゆるゲームのコンティニュー的な感じだった、かもだよねぇ」
「あの本、中身まっさらかと思ってたけどそうでもなくて、俺達が参加するってことになって、何でか文字が書かれたページが増えたみてぇなんだ。あ、俺達も何だっけ、名前刻まれただろ? だからあの本を開けるようになったらしい」
「……思い返せば
「そ。まぁそれも、
航が怪訝そうに眉を顰める。
「ブックってコピー出来ちゃうんだね。世間の人には見えないものでしょぉ?」
「あぁ。完全にコンビニの店員に好奇の目で見られたけどな。ただコピー機開け閉めしてる不審者だと思われてたくせぇ。出てきた紙ぱっぱと取って、何でもねぇ顔してダッシュで退散したけどな」
優がおかれたその状況を想像してツボったらしく、航は噴き出した。
「……やはり、俺達には存在しているんだな、あの本は」
翼に無言で頷いてから、優は立ち上がり、自販機にコインを入れた。
「ねぇ、説明してくれたのって
プシュッと炭酸ジュースのプルタブの開く爽快な音。優は航にも頷いてから、ごくごくと喉を鳴らして飲み込んだ。
「誠也も全てを分かってるわけではねぇから探り探りなとこあるみてぇだけどな。その組織図みてぇなヤツだけど、あん時
優は翼と航に見やすいように、一枚目の用紙を再びテーブルの上に置き直した。記されているのは
「ん? 何これ……そーず? でいいのかな。あの本黄ばみあるから、文字見えずらい部分あるね」
読み解こうと、航が用紙を手に取り目を凝らす。
「そう、合ってる。赤が“
「……
「へぇ~って武器!? まさか俺達戦うってこれ使うってことぉ!?」
「そのまさか。いや、まじで無理だからって話だろ」
「怖い怖い、本格的すぎるよ」
「……しかし、gameだろう? それに周囲から見えないのなら、銃刀法違反や殺人容疑で捕まることはないのではないか?」
「翼くん! そういう問題じゃないでしょ!」
「その“見える”・“見えない”の匙加減はよく分かんねぇってさ。gameをやりながら理解していかなきゃいけねぇ部分もあるってよ」
航の手から翼が盗むように用紙を引き抜き、目を通し始めた。
「……アンバランスな構成だな。それにあの天使、収集しなければいけないCrystalの数は十五個と言っていなかったか」
翼の指がAdapt Nameを数えていく。
「……八人しかいないぞ、明らかに足りない」
「それで別の話に繋げられるぜ!」
優が示した二枚目の用紙に、航と翼は視線を落とした。描かれているのは、ダイヤモンドの形をした二種類のCrystalだ。
ひとつは全体的に透明なフォルムで中央に藤紫色の色素が埋め込まれており、その横には“
「これって、もしかして、Crystal……?」
「ビンゴ。ガチなやつ。誠也も疑問視してたけどこの二つは既にあの本に納めてあるんだよ」
「えっ? でも、gameが始まったのは一応昨日だよね?」
「……既にgameは始まっていた、と言うことか」
優は少々首を傾けつつも、頷いた。
「俺達より先に
「それってフォールンに聞けないの? この人達、捻らず考えたら俺達の仲間だよね。しかも緑のあるじゃん。先輩のチームの人とかじゃないのかなぁ」
「バカ。あんな信用ならねぇヤツに聞けるかよ! あの野郎、話に嘘と本当が入り混じりすぎてんだよ! 聞けたとしても俺は聞きたくねぇ!」
「そう、かぁ……そうだよねぇ」
「……透明な心に、寄り添う心か。Crystalには色だけでなく意味もあるようだな」
頭のよい大学に通うだけあり、翼の英語の理解力は高い。文字など全く気にしていなかった優はそれを聞いて、ふ~んと声を漏らした。
「……この二つを抜いて残り十三個か。にしても合わないな」
「ってか、思い出したんだけどさぁ、フォールンのお話の中で、最後のひとつのCrystalはどっか飛んでっちゃったんじゃなかったっけ? しかも発見されなかったんじゃ……」
「あぁ、そういやそんなこと言ってた気ぃすんな。っつか、それじゃぁ永遠に十五個揃えられなくね?」
「……いや、当時見つかっていない、即ち裏を返せば今俺達が見つけれる可能性があると言うことにならないか」
「おめぇたまにはまともな発言出来るんだな」
優と翼が無言でいがみ合う中、航が三枚目の用紙に手を伸ばした。
先ほど以上に眉間に皺を寄せている航に、優の心は曇る。無理もない。その用紙は、一見無地に見えるのだから。
「……印刷ミスか?」
「んなわけねぇだろ! これでも頑張って印刷したわ! けど何でか上手く文字が映んなかったんだよ。これは……」
翼のコメントをしっかり拾ってから、優は航の手からその用紙を取ると、ぐしゃぐしゃと激しく丸めた。突然の優の行動に、翼と航は瞳に疑問符を浮かべている。
「こうなってたんだよ」
そう言ってから、優はくしゃくしゃになったその用紙を広げ、テーブル上に放り投げた。
「……意味が分からん。何がしたい。貴様狂ったか」
「てめぇまじいっぺんぶっ飛べ」
「優くん、どう言うこと」
優はテーブルに置いてあるペン立てから赤色の油性ペンを取ると、太い方のキャップを開け文字を書き始めた。そのペン先を目で辿っていた航の顔は、徐々に引きつっていった。
「“
「血文字で刻まれてた」
「……その上ページがぐしゃぐしゃになっていたと言うことか」
「あぁ。ただこのページ、本当は違うCrystalの名前のページだったんじゃないかって誠也がよんでた。実物はところどころ文字みてぇなのがあるような感じ、確かにすんだ。ま、完全判断はしきれねぇけどな」
「デッドが消したってこと……? あっ! そのページがなくなっちゃった最後のひとつのCrystalだったとか?」
「その可能性はありそうだよな」
翼が皺だらけの用紙を手にし、椅子に背を預けて眺めた。
「……しかし、憎しみ感が凄いな。どうやらデッドというヤツ、相当ヤバいとみた。それにコイツから最も恨みを買っていた“
「そっか! “生の心”の人、この中の誰かってことだよねぇ!?」
脳裏には“
「……Alive……」
小さく独言した翼の手から、優は用紙を取り上げた。
「まぁでもよ、人数も現時点では合ってないわけだし、これから新たに
両手を顔の前で組み、そこに顎を乗せ溜息をついた航の隣で、翼がACのボタンを弄り始めた。恐らく説明書を探し出したのだろう。
「それよりお前らは? さっき多少聞いちまったけど随分楽しそうにしてたみてぇじゃねぇか、あんなあとでよ」
「ちょ、それは誤解だから優くん! 俺、ちゃんとまださくらんぼの男の子だからさ!」
「航、それ何か悲しいからやめろ」
あまり名誉でないことを堂々と叫んできた航に、優は何故か虚しさを感じてしまった。
「そう、あのあとはさ……」
■
スクリーンごと優達の姿が消えると、航の部屋は静まり返った。
ぼーっと一点を見つめている
そんな二人の様子を真顔で窺っている翼とは相対的だ。落ち着けない航は、ゴクッと紅茶を一口飲み、覚悟を決めた。
「あ、あの!」
「すっげー!」
「え」
航の声に被さってきたのは、梨紗の叫びだった。キラキラとした極上の笑顔を向けてきた梨紗に、航の口元は引きつった。
メンチを切られ、ハスキーボイスで罵られるとばかり思っていたのだ。だからこそ、どうしてこんなに機嫌よく梨紗が笑っているのか、理解に通じれない上に、恐怖を感じた。
「あ、あの……」
「航ん家最強じゃね!? 消せるシアターとか超画期的じゃんっ。これ見せたかったのかよ。最初っからそう言えよなっ」
梨紗はとんでもなく有難い思考回路の持ち主だった。引きつっていた航の口元は、金縛りからいきなり解放されたように、ぱっくりと開き切ってしまった。
「しかも見たことねぇスリリングな映画! この時計映像に合わせて光ったりって、すっげぇ臨場感出せるんだな!」
どうやらACを映画館で使用する3Dメガネのような道具であると解釈しているらしい。
「あたしこういうの大好きなんだよ! 何か他のやつねぇの!?」
「え、えと、きょ、今日はちょっと、用意がない、かなぁ……なん」
「何だよつまんねぇな! 次は用意しとけよな!」
喉の乾燥により軽くしゃがれ出してしまった航の声は、話すほど元気になり続けている梨紗のハスキーボイスに押し潰された。
様子をだんまり見守り続けていた翼が、ふいに杏鈴のほうへと身を寄せた。
「……帰るぞ」
「えっ?」
急な耳打ちにに驚いたのか、杏鈴の身体がびくんっと跳ねた。不安心を表すような潤みを持った瞳で、翼をじっと捉えている。
「……本当にすまない。騙すつもりはなかったんだ。あとできちんと話すから、聞いてくれないか?」
「……う、うん。分かった」
翼の真剣な眼差しに、戸惑いながらも杏鈴は頷いた。
スッと立ち上がった二人に、航は目を丸くした。
「ちょ! うぇっ! 帰るの!?」
「……時間も時間だからな。邪魔したな」
「航くん。初対面なのに、突然お邪魔しました」
ぺこんと頭を下げてきた杏鈴に、航は一言謝罪をしようとしたがその声は、
「じゃぁ航、もう少しあたしと遊ぼうぜ!」
案の定、梨紗によって掻き消された。
「遊ぶって……」
「……航、また連絡する」
「ちょっとぉ! 翼くん!」
ガチャンと玄関扉は重たく閉まった。まるで牢獄の中に閉じ込められてしまったような気分だ。
ふいに叩かれた左肩に、航は女性のような悲鳴を上げてしまった。今、航の肩を叩ける人間はたったひとりしかいないのに。梨紗へ抱いている恐怖心は、相当素直な飛び出したがり屋だ。
「そんなびびんなし」
「り、梨紗ちゃんこそ、びっくりさせないでよぉ」
「おっし、あたしも帰るなー」
「は、へ!?」
さっぱりしている性格であるのか、気分がコロコロ変わりやすいのか、単に自分より弱い人間をおちょくるのが好きなだけなのか。定まらない見解に航は混乱しながらも、玄関のほうへ進んでいく梨紗の背に続いた。
「あ、あの、梨紗ちゃっ、駅まで送りま」
「大丈夫。平気!」
パンプスを履いて立ち上がり、くるっと振り返ってきた梨紗は、無邪気であどけない幼女のように、にこっと笑った。
不覚にもそのギャップに胸の高鳴りを感じてしまった航は、自分をぶん殴ってやりたい気持ちに駆られた。
「また遊ぼうなっ、航っ。じゃ!」
そう言い梨紗は、玄関扉を潜っていった。
■
「何か……すげぇな」
一通り航の話しを聞き終えた優は、苦笑いを浮かべてしまった。
「うん、梨紗ちゃんがね」
「強くね?」
「うん、強い」
「何より、とんでもねぇ勘違いしたまんまになってるってことだろ? よろしくねぇな」
「……いや」
優の言葉を遮るように、翼が口を開いた。
「……
航の両目が大きく開いていく。
「……見ていたがあの女、威勢はいいが、頭が悪そうには見えなかったぞ」
「航、早いとこもう一回会って話したほうがいいんじゃねぇか?」
「そ、そうだね。そう、する。うん、そう、する」
苦くしている優の口角はさらに深くなった。ぶつぶつと自分に言い聞かせるように呟き続ける航を気の毒に思うが、これもチームの
「……杏鈴には、一番初めに
「そう、それだ! 言いかたわりぃけど、全ての根源は誠也なんだよ!」
優はテーブルを大きくバンッと一叩きした。
「そもそも俺が納得いってねぇのはさ、誠也がどうしてあの本を当たり前のように受け入れてるのかってことなんだよ! まぁ若干先輩もそうなんだけどさ」
翼と航が顔を見合わせる。
「誠也はあの本を拾った。したらそん中からフォールンが現れた。そこから俺達がされたのと全く同じ説明を誠也がフォールンから受けたって考えた時に、想像したらどうよ」
「普通……怖い」
「……疑うな、今もだが」
「だろ!? 俺だったらゴミ箱にあの本思いっ切り捨てる! 俺達、普通なんだよ! でも誠也は違う。あの天使を信じてる。初めっから信じてんだ。先輩を頼りに俺達を探しにまできたんだぜ? そんで結果、今現時点で分かっている範囲での選ばれし者達全員gameに参加させた。そこまでするってことはよ、何か特別な理由があると思うんだよ!」
「理由かぁ。でも何があるんだろ、検討がつかないんだけど」
「……俺達とは違う話をされて
「そんなぁ。もし仮にそうだとしたらさ、全員が仲間とは限らないかもって言うことになっちゃうよねぇ」
航が悲し気に肩を落とした。
「……
「タイミングがなかったんだよ! っつーか言われなくてもそうするわ! 俺だって誠也疑ってんの嫌なんだよ! つかまじでおめぇ他力本願だな!」
「……よくそんな難しい言葉を知っていたな。仕方ない、褒めてやる」
「いっちいち腹立つんだよおめぇは!」
「あ、そ、そ、そういやさぁ! あの子凄く綺麗な子だねぇ、
優と翼のいがみ合いの収拾がつかなくなるのを避けるべく、航が声を張り、全く関係ない話を放り込んできた。
「あー、折笠な……」
「優くんと同じ赤のチームだよね」
「あぁ、まぁ、何だろうな、うん」
少したじろいでしまった優に、航は純粋な眼差しを向けたまま首を傾げている。
Swordsのチームカラー赤は、仁子が遠ざけたいと思っているはずの色。その理由は恐らく――優が二言三言伝えれば、航にはすぐに通じるだろう。
だが、翼には通じない。わざわざ細かい説明をぐだぐだしてまで不確定な考えを開示する必要性は感じない。話したところで、空気を重くするだけだ。
「アイツも、相当強い女だよ」
悩んだ末に、ぽそっとそう言い放った刹那、優は息を呑んだ。
うるさく鳴り響き出したAC。立ち上がっているスクリーンにはメッセージ。
“
「何だこれ……
その文字の下には“Yes”と“No”の選択肢が表示されている。
「……意味は、応援要請」
翼の読解に、航の顔から血の気が引いた。
「応援要請って誰からだよ! っつか
「……どこに入っているのか分からん」
「おめぇそれ早く言えよ!」
三人を攻め立てるように、電子音は鳴りつづける。
すると、
「うっ……!」
優の左目に、大きな激痛が走った。
今までのとは、比べものにならない。
耐えきれず椅子から転がり落ち、思わず左目を覆った。
「……五十嵐?」
左目に映ったのは正常な肌色をした人の手。ぐんぐんこちらに向かって伸びてくる。そして、
――助けてっ!
耳に届いたのは、救いを求める言葉だった。
「……し、五十嵐!」
いつもの翼と違う凄みの利いた声に、優は我に返った。左目の痛みは消えている。だが、じくじくと妙な違和感が残っている。
気づかぬ間に身体は起こし上げられていたらしい。右斜めを向くと、瞳を微動させている航の顔があった。
「優くん大丈夫!?」
「わ……わりぃ……大丈夫。ただ」
「ただ?」
「助けてって、誰かが、言ってんだ」
恐る恐る、優は左目から左手を外した。
「……貴様、それ……」
翼がハッと息を呑んだその表情に、感じた違和感が正しいと分かった。
「優くっ……目ぇ、赤い。やばいよ」
そして、航の言葉は鏡になった。
赤、と言っても、きっとただの赤じゃない。例えるなら皮膚が切れたところから溢れ出したばかりの血の色。二人の反応からして、おぞましさをたっぷり含んだ赤に違いない。
纏わりついている電子音。左右に首を振っても聞こえたままだ。
只事じゃない。認めるしかない。
この左目は、戦いの火蓋が切られたことを示している。
「嫌だけど、仕方ねぇ」
優は立ち上がった。
「真実は、この目で確かめるしかねぇんだ」
航、翼、それぞれと顔を見合わせ頷く。そしてスクリーンに記されている“Yes”の文字に触れた。
ACは赤青黄、それぞれ光を放ち、強く輝く。ぐあっと一瞬、竜巻のような風が起こると、周囲は透明なダイヤモンド型をした無数の小さなCrystalで包まれた。
視界が覆われていく中で、ふわっと浮かび上がる感覚がした。
そして目の前は、真っ暗になった。
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