※◇14.水晶因果の血を引くgameは始まった


「怖いわ。フォールン」



 仁子ひとこが口にしたのは、当然の感想だった。


「だって、封印されたはずの本が目の前で開いてるのよ? 怖いったらないわ」


 衝撃的すぎて追いついていなかった思考が、急ぎ足で脳内を駆けてくる。


「あなたは、賢い人です」


 フォールンは本の上を歩き、輝紀てるきの右手のひら付近までいくと、まっさらなページを巻頭まで捲っていく。


 現れたのは、血文字のアルファベットだった。


『“Crystal クリスタル gameゲーム  Deadデッド orオア Aliveアライブ”』

「タイトルやべぇけど。しかも生きるか死ぬかって」

『そうです。もはや、“生きたいか死にたいか”と訳して頂くのが正しいかもしれません』


 フォールンを見て、誠也せいやだけが小さく頷いた。


『ご指摘があった通り、封印されたはずのこの本、どうして開いているのでしょうか。答えは簡単です。五百年もの時を越え、封印が解けてしまったのです。誰が何のために? 答えは簡単です。この世を全て支配し崩壊させたい者がこの世を全て支配し崩壊させるためです。何年もの恨みを解き放ち、その者は復活を遂げてしまったのです。“Dead Mental Crystalデッドメンタルクリスタル”、真っ黒な、死の精神を持つ凶悪な人間が……』


 ドクン、とゆうの心臓は大きく波打つ。左目の痛みが復活を遂げてきた。体中をゾクゾクと、嫌な感覚が巡る。


『この招待はOrganaizerオーガナイザー:主催者からの、あなた達が生きながらえるためのプレゼントです。Organaizerは知らせたかったのです。あなた達の心に眠るCrystalを覚醒させ、十五個全てを集めることが出来ればデッドを倒し世界の平和を護れると。言わずともお分かりだとは思いますが、デッドは既に、あなた達が過去の選ばれし者達の血を引いた現在の選ばれし者達であることに気がついております。そんなデッドが早急に取る行動って、何でしょうね』


 ニヤ、と意地悪く、フォールンは薄ら笑いを浮かべた。


「Crystalを奪うために、私達を殺しにくる」


 仁子と視線を合わせたのち、フォールンは続けた。


『動き始めているデッドを放っておけば、近いうちにあの事件を彷彿させる出来事が起こり始めるでしょう。それは瞬く間に世界中に広がり、全てはデッドの手の中に飲み込まれてしまう。彼をもう一度制裁出来るのは、あなた達しかいないのです! そして未来を護るチャンスを与えられているのも、世界中であなた達だけなのです! この話を信じずバカにしデッドの手に揉まれて死を待つのか、チャンスをものにし自分達の手で未来を切り開き生きながらえるのか。さて』


 フォールンの真っ赤なひとみは、真っ直ぐに優を捉えた。



『あなた達は、このgameに参加することを、決意して頂けますか』



 優はバッと、咄嗟に仁子のほうを見向いた。視線を合わせたまま互いに言葉が出ず沈黙していると、フォールンの瞳の色素は変に深みを増した。


『と、言うより、参加以外の選択肢は、初めからございませんがね!』

「うわっ!」


 フォールンがバッと開いた左手のひらから放たれた強い光に、目を伏せた。


「【なっ、何あれぇ!】」

「【……アルファベット?】」

「【こっち向かってくるぜ!?】」


 スクリーンを通って響いてきたのは、航、翼、梨紗の戸惑い声。

 

 光が収まるのを感じ静かに目を開けたが、特に何かが変化したとはパッと見には思えない。


「おい! 今の何だよ!」

「【優くん、ACエーシー見て!】」

「……はっ!? 何だよこれ!」


 航の声を受け、優は自身の左手首に眉を潜めた。透明だったACが真っ赤に染まっている。


 さらに不可解は、時計針の上部に刻まれている大文字のアルファベット。たった先程まで、この位置にこんな文字は存在していなかったと断言出来る。


 後ろを振り向き、わたる達が映っているスクリーンを確認すると、二つの青と二つの黄の光が、ポツン、ポツンと灯っていた。


「まじで一体……」


 優はフォールンへと向き直ったが、言葉を詰まらせてしまった。フォールンの瞳は、恐ろしく冷酷だった。


『セイ様とテルキ様以外の残りの選ばれしみなさまのgameへの参加をたった今、可決致しました。それに伴いACの追加機能もAdaptアダプト:適応しました。あなた達はCrystal Memberとして本に認識されたのです。今各自の左腕ACで輝いている色は、過去の選ばれし者達が所有していたCrystalの色であるとOrganaizerは申しておりました。ちなみにセイ様は赤色、テルキ様は緑色となっております。OrganaizerからのもうひとつのプレゼントがAdapt Nameアダプトネームです。バトルフィールドがAdapt されている時に使用して頂くコードネームで、Organaizer 自らがあなた達の名前を元にこのNameに相応しい読みを考案し、おつけになられました。ACにこのAdapt Nameが刻まれておりますが、これはgame中に使用して頂く大切な機能の一部となります』


 誠也がフォールンに“SEIセイ”と呼びかけられていた理由が、ようやくここで繋がった。


「あ、あの」


 ACを優と同じ赤色に光らせている仁子が、小さく口を開いた。


「ちなみになんだけど、この色って、変更は可能だったりするのかしら」

「へ?」


 予想もしなかった問いに、優は間抜けな声を漏らしてしまった。誠也、輝紀も小首を傾げている。


『申し訳ございません。それは、不可能かと』

「そう……あ、変なこと、言って、ごめんなさい。続けて」


 仁子の言葉の歯切れの悪さと表情の陰りを優は見逃してはいなかったが、今は触れぬほうがいいと判断し、空気を切り替えるべく適当に話題をと、フォールンに喋りかけた。


「ってかよ、俺さ、名前ままじゃね?」


 優のACに刻まれているのは“YUユウ”の文字。“名前を元に”と言うフォールンの情報は早速綻びている。


『それに関しましてはOrganaizerの感性的な部分ですのでご理解下さい。それぞれのAdapt Nameは、あとでみなさまで共有しておいてください』

「ふ~ん。っつか、話し進められてるけどよ、まず持って参加するってひと言も言ってねぇし、納得したわけじゃねぇぞ」


「もう、戻れないよ」


 厳しめのトーンで短くそう言葉を切ったのは誠也だった。優は溜息を漏らす。言い返そうとしたが、フォールンがブックのページを捲り出したのが見え、口をつぐんだ。


 フォールンが手を止めたページに現れたのは、【Episode oneエピソードワン】の黒文字だった。


『わたくしの長い話ももう少しでお終い。あと少しだけ辛抱願います。このgameの世界、つまり、過去のCrystalの因果を引いたgame内に無論、デッドは既に存在しています。Organaizerからの情報によると、デッドは自らが当主を務める漆黒の戦闘組織を形成しているとのことです。組織名は“Dark Mentersダークメンターズ”。デッドの配下には三人の優秀なリーダーが控えており、さらにその配下に、たくさんのfollowerフォロワー:手下を従えている構成です。あなた達はこれから、この組織との戦いを繰り広げていくのです』


「さっきから戦う戦うって言うけどよ、そもそもどうやってだよ。武器も何もねぇぞ」

『ございます。あなた達のACの中に収納されています』

「は!? これに!?」

『ACの機能につきましては説明書も組み込まれておりますので、詳しい説明は割愛させていただきます。あとでお読みになって下さい』


 強く輝き出す【Episode one】の文字。


 それに共鳴するように、ACの光も強さを増す。時計針がぐるぐると高速で反対回りをし始めた。


「今度は何だよ!」

『長らくお付き合い頂きましてありがとうございました。今から、第一の面、“Episode one”をあなた達にAdaptします。築いていく物語は全部で五つ! あなた達は心に眠るCrystalを覚醒させ全て収集し、その力を世界へAdaptし平和を護り抜くのです!』


 光は辺り一面を覆った。


「いっ、五十嵐くん……」


 仁子に名を呼ばれたことで、フォールンがどさくさに紛れてブックを閉じようとしていることに優は気がついた。


「おいフォールン! 勝手にめようとしてんじゃねぇよ!」


 輝紀の膝の上から優はブックを奪い、閉じさせてたまるかと、フォールンと表紙を引っ張り合う。


『勝手ではございませんっ! ちゃんとご挨拶も申し上げましたので』

「てめぇ嘘ばっかつくんじゃねぇよ! 質問タイムなんてちっともありゃしねぇじゃねぇか!」

『あれ? 文句ばかり言うわりにご質問がおありだったとは、失礼致しました』

「ひとつだけでいい、答えろ!」

『何でしょう』

「てめぇは結局何者だ!? 俺達の味方とはどうも思えねぇ!」

「ちょっと優くん! 本が壊れちゃうよ!」


 誠也に腕を引かれ、優とフォールンの格闘は幕閉じした。


『わたくしの名前はフォールン。この本、Crystalに宿った精霊であり、このgameのOrganaizerとあなた達を結ぶ忠実かつ中立な仲介者です』


 二ヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべたフォールン。優を激しい苛立ちが襲った。


「てんめぇ……大体Organaizerって何なんだよ! ソイツはどこににいんだ! あっ!」


 遂に誠也に奪われ、本はフォールンを巻き込んで閉じられた。


 その瞬間、辺りは何の変哲もない静かな夜の公園になった。航達の映っていたスクリーンも消えてなくなり、ACも従来通りの透明に戻っている。


 ただ、ひとつだけ違うのは、刻まれたAdapt Nameが消えていないことだ。


 優がちらりと仁子を見ると、仁子も優のほうを同じように見ていた。優が口角を下げると、仁子もまた同じく口元に「へ」の字を造った。


「何かコメントしたいところなんだけど、上手い言葉が浮かんでこないわ」

「奇遇だな、俺もだわ」

「頭の中が混沌としているけど、ひとつハッキリ分かるのは、生きるか死ぬかのgameが始まってしまったって言うことね」

「改めて聞くとますます信じらんねぇんだけど」


 誠也に視線を向けると、両手で本を抱きかかえたまま、不安気な表情を浮かべている。


椿つばきくんの顔を見ると言いにくいけど、私も今の時点では信じたとは言えないわ」


「真実は……」


 視点は声のしたほうへすぐに動いた。輝紀が真剣な眼差しでこちらを見ている。

 

「真実は、自分の目で確かめる」


 優がコクンと息を呑むと、輝紀の渋い顔は、いつも通りに柔らかくなった。


「それも、悪くないんじゃないかな」


 その輝紀の言葉は、これから起こる全てを受け入れていかなければない決意を表しているかのように響いた。








 ◆





 そして、薄暗い部屋の中で、






「……始まるね」






 小さなスクリーンが閉じたと同時、左手首に巻きつく腕時計に刻まれた名を見つめながら、ひとり呟いた少年がいた。












 ◇Next Start◇第四章:Wandering travelerさすらいの旅人

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