◇11.黄の少女
「はーい! もしもーし」
人で溢れ返る都会の駅の地下道を、
ズボンのポケットに入れているスマートフォンの震えに気がつき画面を確認すると、
「お疲れぇ、どうー?」
『……そっちこそ、どうだ』
「どうもこうも、まだ到着すらしてないよぉ。気が重い」
『……突然なんだが、今日今から、そっちに向かってもいいか?』
「え! すっごい急だね!」
翼からの思わぬ提案に、航の大きめの声を上げた。
タンタンタンと地上へ続く長い階段を上っていく。
『……今、とりあえず、カフェで会うことが出きた』
「えっ! 今一緒なの!?」
『……バイクでツーリングがてらってな。何にせ、流石に切り出せん。何とか、あのよく分からん時計は渡したが』
「ちょっ、渡せたの!? 説明なしにどうやって!? もはや翼くん天才だよ」
『……適当に、仕方なく、流行っていると言ってしまった……』
電話越しにも関わらず、翼との間にどよんと重たい空気が漂ったのを航は感じた。
「う、嘘はぁ、いけないね」
『……嘘ではない。これから流行るだろう、ある意味』
「翼くんこんな時に悪ノリしないで! も~今も色々信じたくない気持ちでいっぱいのまんまなのにっ」
『……今そのメンタルで真正面からひとりで目的に向かっていくと考えてみろ。相当キツイぞ』
航の口からは、溜息が自ずと漏れた。
「それを考えると、確かに合流出来たほうが何かと心強いかもしれないねぇ。じゃぁ、電話切ったら俺ん家の住所メールで送るよ。そこからだと、大体一時間半強かな」
『……分かった、頼む。またあとで』
通話終了ボタンを押し、航は階段を上り切ったところで足を止めた。素早くメールを打ち翼へ送信してから、再び目的地に向かって進み始める。
十分ほど歩き続け、ようやくお洒落でスタイリッシュな外観をした美容専門学校の建物を拝むことが出来た。
中に入ると一番に受付カウンターが目に入り込んできた。にこやかで優し気な中年の女性が、航に向かって丁寧にお辞儀する。
「こんばんは。本日はオープンキャンパスのお問い合わせなどでしょうか」
「あ、えぇっと、すみません。本日こちらに生徒さんでいらっしゃる
ピンポイントで名指して訪ねてくる人間は余程珍しいのだろう。女性の表情が怪訝そうになったのに、航はあわあわと焦り出した。
「あの、決して、怪しい者じゃないんです! こんなご時世ですけど変な人とかじゃなくてぇ! あの、この前、電車で彼女の落とし物を拾いまして、これがこの学校だって分かるものだったのでお届けしたくて伺ったんです!」
航は息を上げたまま、黄色の水玉模様のポーチを鞄から取り出した。それを見た女性の表情は、再び優しくなった。
「そうだったんですか。ただ、梨紗ちゃん、もうこの学校の生徒じゃないのよ。今年の三月で卒業して、四月からネイルサロンで働いているわ。ここにいつ顔を出すか分からないけど、渡しておきますよ? お預かりします」
このままでは会うことが出来なくなってしまうが、それならそれでもういいのではないかと別の自分が悪魔のように語りかけてくる。だが、自身の左腕につく
心の中で首を大きく横に振る。
「あ、あのっ、どうしても、彼女に会って直接渡したいんです! 会いたいんです!」
必死になった航の口からは、とんでもなく恥ずかしい言葉が飛び出していた。
瞬時に胸中には自己嫌悪の感情が飛び込んでくる。火照った顔を隠すように俯くと、女性は、ふふふ、と笑った。
「なるほど~。一目惚れしちゃったのねぇ。あの子、気は強めだけれど、綺麗な顔してるものね。若いっていいわねぇ。そういうことなら……」
正直あの時顔はよく見れていないとは言えず、航は薄ら笑いを浮かべながら頷かざるを得なかった。
目の前で小さなメモ帳を取り出すと、女性はさらさらとそこに文字を記し、ピリッと破って差し出してくれた。
「ここの駅の反対側なのよ、彼女の働いているところ。今日いれか分からないけど、よかったら」
「あ、ありがとうございます!」
自分を不審じゃないと信じてくれた女性に深く感謝し、航はそこから小走りで出ると、再び地下道を潜って駅の反対側へと出た。ネイルサロンは駅からとても近く、分かりやすかったため、すぐに見つけることが出来た。
エレベーターに乗り込み綺麗なビルの五階へと上がると、店のビビッドイエローの扉が目に飛び込んできた。扉は小さな正方形の小窓が五つ縦並びに開いており、店内が見える仕様となっている。
その前で航がどう入るべきかと迷って突っ立っていたのが怪しかったようだ。扉が開くと、目的の梨紗ではないギャルメイクの女性スタッフが声をかけてきた。
「お兄さん、ネイルですかぁ?」
「えっ! あ、ち、違います。」
どう見ても違うだろうとツッコミたいところだったが、航は堪え、その女性に問う。
「今日、如月さんって……」
「あ~! モデルっすか、如月さーん!」
モデルって? 航の話しを最後まで聞かずして謎の言葉を吐き、女性は奥へと入っていった。
少しすると、聞き覚えのあるハスキーボイスが響いてきた。
姿を現したのは間違いなく、あの日電車で遭遇した女性、如月梨紗だった。
今この瞬間、初めてきちんと顔を拝見するが、受付の女性が言っていた通り、気は強そうだが、アジアンビューティな雰囲気漂う綺麗な顔つきをしている。
軽く焼けた健康的な肌の色。マスカラで構築したバッチリ長い睫毛に発色の強いオレンジの濃いリップは印象深い。服装に関してもあの日の格好と似ており、柄物のトップスに黒のスキニーデニムを着用している。
遠慮する素振りなく、しかめっ面をした梨紗にびくつきながらも、航は口を開いた。
「あ、あのぉ」
「あんた誰? あたし、男なんて声かけたっけ? 名刺、持ってる?」
「名刺?」
「うん。あたしの」
「……持ってないです、けど」
「何だよ、モデルじゃねぇじゃん。兄ちゃん何しにきたの? 誰かとあたしを勘違いしてない?」
「あの、そもそも、モデルってなぁに?」
「ネイルの練習させてくれるモデルだよ」
男の自分がモデルなわけないだろう! と先程出てきた女性スタッフに再びツッコミを入れたい気持ちに駆られたが、航は心の中で留めることにした。
「多分、店間違えてるよ。気をつけて帰んな」
「あ、あの!」
店の扉を閉めようとした梨紗を、航は慌てて大きな声で呼び止めた。
「声でっか! 何だよ。てかよく考えたら兄ちゃん、何であたしの名前知ってんだ? もしかしてストーカー?」
「ちっ、違いますよ! あの、これ!」
やっとこさ、鞄の中から脱出する瞬間が、黄色の水玉模様のポーチに訪れた。全く予期していなかった展開だったらしく、梨紗の瞳は大きく見開いている。
「これ! あたしのだ! 何で!? どこで!?」
「この前、電車で君を見かけたんだ。その時に落としていったんだよ」
「まじか! サンキュ! ありがたく受け取っとく! じゃ!」
航からポーチを奪うと、梨紗は再び店の扉を閉めようとしたが、逃がすまいと航はその左腕を掴んだ。
「びっ……まじ何だよさっきから兄ちゃん、挙動不審じゃね?」
「あ、あの!」
明らかに不審がっている梨紗の目を真っ直ぐ見つめると、航は震える口元を開いた。
「今日、よかったら、このあと俺の家に、きませんか!?」
◇◇◇
辺りがとっぷり暗くなった頃、
「お、大丈夫か?」
「ごめんね、お待たせ」
少し離れてどこかへ連絡をしていた誠也が戻ってきた。 夜桜をじっくり見つめていた仁子だったがその声に反応し、三人を振り返った。
「夜だからかしら。昼間よりどうしてもあなた達三人のこと、不気味に感じるの」
「おい、不審者じゃねぇぞ」
「そう感じるのは仕方がないよね。正常な感情さ」
優がブランコを囲っている鉄パイプに腰かけると、輝紀はブランコ本体に腰を下ろし、誠也は立ったまま例のブックを鞄の中から取り出した。ブックの姿を目にした仁子は、こくんっと喉を鳴らした。
「
「うん」
「その本、何? 申しわけないけど、あなたの顔には合わない趣味ね……」
ごもっともな仁子の意見に、誠也は軽く笑った。
「それよりまじでお前度胸ある女だな。普通ついてこねぇよ。疑いまくってる男の集団に。しかもこんな夜だぜ?」
「私ね、幼い頃から知ることだけはとても好きだったの。だからたまに自分に嫌気がさすわ。怖いより、気になるって言う気持ちが
仁子が視線を落とした先は、左腕に巻きついているACだ。
「それが、一体何なのか知りたいって?」
輝紀が微笑みかけると、仁子も同じく微笑みを返した。
「これから分かるよ。優くんもまだ知らないから安心して」
「えっ! そうだったの?」
「そうだぜ。ぶっちゃけ俺も被害者だからな」
「被害者? てことは、私もその被害に巻き込まれるの?」
「優くん変なこと言わないでよ。被害かどうかはちゃんと聞いてから決めてよね」
空いているもうひとつのブランコに誠也は座ると、輝紀へブックを手渡した。輝紀は全員に見えやすいように、ブックを膝の上に乗せ置いた。
「
誠也の手がブックの表紙にかかった。不安や怖さを無意識に感じているようだ。仁子の表情は硬い。
優は頬杖をつくと、眉間に
「未来を護るための
◇Next Start◇第三章:決意、ソシテ真実ハ自分ノ
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