◇9.まだ見ぬMemberを求めて
「あ、あの、ほ、本当に、すみませんでした。ご、ごめんなさい」
数日後。五人は
三人の通う大学は
そして、響いた謝罪の声の主は言うまでもなく。
「誠也。もういいから顔上げろよ。変に目立つわ」
いつも通りの控え目な態度で、何度も何度も頭を下げてくる誠也の顔は、この前のとは異なる“恥”という赤らみを持ち、まるで林檎のように染まっている。
「俺達の想像を超える範囲で緊張しちゃってたんだよね? ごめんね、気を全然遣えなくて」
航の優しい言葉にぶんぶんと大きく首を横に振る誠也の向かいで、相変わらずペースを崩さない翼は、ズズッと温うどんを啜り込んだ。
「てめぇはほんっとに空気読めねぇよな!」
「……読めないのではない、読まないんだ」
「まじぶっとばす!」
無言で二百ミリリットルの牛乳パックを差し出してきた翼に優の苛立ちは増す。食ってかかろうとしたが、必死に航が
頭を下げるのをようやく終わりにしてくれた誠也が、ハッと息を呑んだ。彼の視線は捲れている航の左袖に向いている。
「航くん、それー……」
「ん? ああ、これ? 誠也くん、あの日どこまで起きてたっけ? まぁ起きていても意識定まってないよねぇ」
「とりあえず、フォールンが課題を出してきてへそを曲げてしまった感じになったよ。あの三人の女性を
輝紀のひと纏めの説明に、誠也はなるほどとでも言わんばかりの表情で頷いた。
「AC外すって……外す気なんて、フォールンさらさらないはずですよね」
「は!? あの野郎嘘つきやがったってことか!」
「う~ん、何にせよ、課題をクリアしない限りは、何も動かないっていうところかもだね」
あれ以来、左手首に絡みついたままの透明な腕時計。
優はくるくると左手首を捻り、ぶすっとした表情でそれを見つめた。
「嫌なんだけどよ、だんだんコイツが腕についていることに変に慣れてきちまったような感覚が正直ある」
「分かる。悲しいけど俺もかもぉ……お風呂入る時とかに外してもさ、上がると本当に魔法みたいに左腕に装着され直してるよね」
「そうそう。だから一回試しにシャワーする時したまま入ってやったんだよ。壊れねぇかなと思って。したら上がって見たら何でかこれだけ一切水がかかってねぇんだよ。気味悪いったらねぇ」
優と航の会話も微動だにしない翼は温うどんを全て平らげると、牛乳パックにストローをさし口に加え、意識的にちゅーっと音を出して吸い上げる。そして誠也の目をじっと数秒見つめてから、口を開いた。
「……そう言えば、ようやく納得がいったことが一つだけある」
「なぁに?」
「……
「あ! すまなかったね。あの時、その話、途中になってしまっていたね」
「……いえ。だから、名前も、大学が一緒だと言うことも、分かったんですね」
「そう、その通りっ。さすが翼くん。賢くてイケメンなだけあるねっ」
「おいっ、何だそれ! まるで俺がうるさい上にただのバカで、しかもイケメンじゃねぇって遠回しに言ってるみてぇじゃねぇか誠也!」
「ちっ、ちがっ、そんなこと言ってないよ! 誤解だよっ!」
「……少し口を閉じろ五十嵐」
「あ? てめぇにだけは言われたくねぇ!」
「……目立つ」
「は?」
翼の呟きに、優がパッと周囲に目を配ると、学生達がちらちらと、奇妙な動物でも見ているかのような視線をこちらに向けている。
小さく舌打ちし、優は仕方なくガタンッと音を立て、椅子に座り直した。
「っつーか、てめぇが誠也と先輩と同じ大学って言うのも、何か納得いかねぇ」
優が浮いてしまうのも無理はない。
この大学は県内で有数の名門大学であり、高偏差値の人間が集まっている。ぼーっと眺めてみれば、どの学生も賢さが押し出された、おもしろくない同じ顔をしているようにさえ思えてくる。
いくら一般開放されているとは言え、優の金髪に黒メッシュの入ったいかつい風貌は、彼らにとって次元の違う存在なのだろう。
航から大学の話を聞き、キャンパスライフに憧れる気持ちがあったとは言え、あまりにも違うレベルの空気に気づいてしまった優は、ドッと肩が疲れるのを感じ、溜息をついてしまった。
「……貴様、やはりカルシウムが足りていないのだろう。牛乳、仕方ないから奢ってやろうか。仕方ないからな」
「まじでいらねぇわ! 二回も強調すんな!むしろ今すぐビール煽りてぇくれぇだわ!」
「あ、あの!」
おずおずと気まずそうに、誠也が優と翼の間に切り込んだ。
「そろそろ、本題のほうに移らない?」
「うん。課題をクリアすることが、優のカルシウムになるかもしれないしね」
「先輩、まじでやめてください」
「これ、誠也くんどこから入手したの?」
「初めにフォールンと会話した時に航くん達の写真も併せてもらっていたんだ」
「まず何で持ってんだよあの天使、怖いことだらけだわ」
「何で持っているのかは申しわけないけど僕にも分からないや。気になるならフォールンに直接聞くしかないかも。“秘密です”とか言われちゃう可能性もあるんだけどね……」
優がおえっと舌を出すと、
「あ!」
その写真を見て航が手を叩く。何かを思い出したようだ。
「俺、この前、ちょっと嘘をついてしまったかもしれなくて……あの、この子なんですけど」
オレンジブラウンカラーのロングストレートヘア。小麦色の肌に、濃いめのメイク。特に口元の濃厚なオレンジ色のリップは、「私は気が強いです」と、今にも喋り出して主張してきそうな様子だ。
「その子がどうしたの?」
「やぁ、それがぁ、知ってるんだけどぉ、知り合いじゃなくてぇ。何て言えばいいのか……」
「全然理解出来ねぇ。航、詳しく説明しろ」
そう促すと、航は四月一日、優に会うため地元へ向かっていた電車の中で発生した事件について説明した。
「と、言う感じでぇ。これが、まだ、鞄に……」
話を締め括るように、航は未だ鞄の中に潜ませてしまっている黄色の水玉模様のポーチを取り出すと、テーブルの上に置いた。
「……泥棒だな」
「翼くん今の俺の話ちゃんと聞いてた!? 慌てちゃったの! 預けるタイミングを見失っちゃったの! 俺も予想外の展開だったの!」
「何より、その女性、稀に見ぬ強さを持っていると見た……」
航が語ったエピソードは、なかなかない強烈なものだ。少し青ざめた輝紀が、テーブルに肘をつき、口元に親指をあてた。
「つまり、航は痴漢にあってるこの女を見て興奮してポーチを盗んだだけで、直接の知り合いってわけではねぇってことだな」
「優くん!? ちょっとどうしたの! 君は真性のツッコミキャラのハズでしょ!? よりによってこの場面でボケないでっ! しかも今の感じ語弊あるよね! 俺が変な性癖あるみたいな表現になっちゃってるじゃん! 助けようと頑張ったの一応!」
慌てて否定を繰り返す航の横で、誠也がそのポーチをスッと奪い取り、ジーッとチャックを引っ張り始めた。
「うぇっ! ちょっと! 何してるの誠也くん! 人様のものだよ!」
「人様のもの保持してるじゃん航くんも」
「そっ、それはそのっ、だーかーらぁっ!」
航の制止も虚しく、ポーチの中身を覗いた誠也は、にっと小さな笑みを浮かべた。
「やった、ビンゴ。助かったね」
誠也にとって思い通りの何かが、その中には入っていたようだ。
「何だよ誠也、いいもんでもあったのか?」
誠也が手に持ち見せつけてきたもの。それは一本のメイク用の筆だった。
「それが何だよ」
「柄のところに美容学校の名前が入ってるよ。結構有名処じゃない?」
「え!」
筆の柄に視線を合わせると、美容になんてほぼほぼ興味のない優でさえ、女性が痴漢を力強く引きずって降りていった駅の最寄りにある学校だと分かった。アーティスティックなテレビコマーシャルを見かけるたびに、お金のある学校なのだなと感じた記憶がある。
嬉しいのか、悲しいのか、苦しいのか、よく分からない表情を浮かべる航に、誠也はポーチと筆を渡すと、大きく意味有り気に笑顔で頷いた。
「じゃ、航くん、今からそこいってきて」
「え! ついさっきここにきたばっかりなのにぃ!? もう戻らなきゃなの!?」
「突然のドSだな誠也、こわ」
「即行動大切じゃない? そうやって、もたもたしていたからその女性を痴漢からも救えないでポーチもずっと持ち歩いちゃったんじゃない。もしかしたら趣味かもしれないけど」
「だから! 趣味じゃないからぁ! うぁ~、もう分かったよ! 行ったらいいんでしょぉ行ったら! 行きますよ、行ってやりますよぉだ!」
筆を仕舞い込んだポーチを鞄の中に突っ込み、航は勢いのまま立ち上がると、普段より大股気味でその背中をどんどん小さくしていく。
「あ、航くん。話がまとまったら
「へ? 何て!?」
「Callだよ。あ、使い方すらまだなのか。了解。じゃぁいいや、僕から連絡するねー!」
ぶんぶんと手を振る誠也に、航は不服そうに首を傾げたのち、学食をあとにした。
「……Callとは?」
即座に問う翼に、誠也が自身の左袖を捲くった。
「簡単に言うと、電話機能っていう感じかな。ACで通話が出来るんだ。まだgameに参加することが決定していない状態でもこの機能は使うことが出来るよ。こうやって」
誠也が一番左側の側面に着いているポッチを一押しすると、AC上に小さなスクリーンがに立ち上がった。
思わず優は辺りをキョロキョロと見まわしたが、やはり周囲には何も見えていないようだ。向けられている視線は皆無に等しい。
翼が誠也と同じようにスクリーンを浮かび上がらせると、そこには“Call”と文字が大きく表示されていた。
「多分だけど、翼くんはまだこのメニューしかないんだと思う。この文字をタッチすると」
「……なるほど」
“Call”の文字がはけると一番に、優の顔写真が出てきた。
翼が人差し指でスクロールしていくと、誠也→航→輝紀→“
「ACを身につけている人で、さらに顔を合わせて認識した
翼が試しに優の顔をポチっと押すと、表示は“Call”の点滅へと切り替わった。
「うぉっ、びびった!」
ピリリリリと急に音を立てた自身の左腕にビクッと優の肩は跳ねた。袖を捲くると小さなスクリーンが浮かび上がっており、翼の顔写真の下に“Call”と文字が表示されている。
優が翼の顔の辺りを指で押すと、スクリーンはパチンッとしゃぼん玉が弾けたように消えてなくなった。
「……もしもし」
「近すぎてちゃんと話せてんのか分かんねぇわ」
「それはそうだよね」
少し楽し気な様子の翼に、輝紀が軽く笑った。
「っつか、この説明、航明らかに必要だったんじゃ……」
「大丈夫。何とかなるさっ。細かいことは気にしないで、さぁてと」
「誠也あの日の酒まだ残ってる!? ちょっとキャラ変わってないっすか!?」
「キャラ変更と言うより、何だかんだ皆のお陰で普段の誠也くんになってきているのかもしれないね」
輝紀が柔らかく微笑むのを見ると、何故だか優も、自然と笑みを浮かべてしまうのであった。
「……そう言えば、先程のまだこのメニューしかないと言うのはどういうことだ?」
「翼くん達は、gameへの参加の意思が承認されていないから他の機能はまだ使えないし、表示されないんだ」
「つまり、誠也と先輩は参加するってフォールンに返事したってことだよな?」
「……いまいち、違いがよく分からないんだが」
「うん、そうだよ。参加が承認されてる。他のメニューは僕のACでも今の優くん達の目に映すことは出来ないから、違いを見せるならこれかな」
近づけられた誠也のACを見ると、時計の表面の上部に“
「……“セイ”。フォールンに、そう呼ばれていなかったか?」
「翼くんよく覚えてるね、びっくりする。参加が承認されると
「Adapt Nameって何だ?」
「うーんと、これ以上を今説明してもまた振り出しに戻ったみたいに混乱しちゃうと思うから、課題をクリアして、フォールンに一から全てを聞くのがベストかな」
「それに、どことなく馴染んできてしまっているような気がするけど、優も
輝紀の言葉にハッと我に返った二人は、珍しく何を言うでもなく、顔を見合わせた。
「話を戻すけれど、確か新堂くんも知っている人がいるって言っていたよね」
「そうなの?」
誠也の目には、分かりやすくパアッと光が射す。眩しすぎるその視線を避けながら翼は該当の女性の写真を手に取った。
ふんわりとしたアッシュベージュの髪の毛はくるんっと軽やかに巻かれ、鎖骨の辺りまで下りている。両方の瞳が含んでいる水量の多さが印象深い。
「……ちょっとした、知り合いです」
「ちょっとしたって何だよ」
「……カフェの店員さんだ。俺の行きつけの」
翼が真顔で言うのに対し、思わずぷぷーっと優は噴き出した。
「カフェの店員さんて! お前カフェなんか通ってんの。まじウケるわー。クールな顔に似合わず乙女なんだなっ」
ここぞとばかりにいちゃもんをつける優を、静かに翼は睨んだ。
「翼くんは航くんと違って、この人と話しはすぐに出来る関係なの?」
「……あぁ。そう言えば、ちょうど四月一日、あの日に初めて少し会話を交わした」
「四月一日……。航くんもさっきの痴漢事件の子に出会ったの、四月一日って言ってましたよね」
誠也が輝紀を見やると、同じように少し驚いていたのか、輝紀も誠也の方を向いていた。
「こんなに変にとんとん拍子だと、意思を示した僕達でさえ少し気味が悪くなるね。やはり必然。ただ、そうすると……この子だけ、そう言ったインスピレーションがないと言うことになるよね」
輝紀が残っている最後の一枚の女性の写真に、そっと手を添えた。
ナチュラルブラウンの髪の毛はすっきりとポニーテールに結われている。顔に関して言えば、三人の中では断トツに美しく、非常に端正だ。
「その辺り、何か意味があるんですかね」
「ってか、ここの大学っすよね?この人」
フォールンがあの日に記していた女性についての文字情報が、急に優の脳裏に過ぎった。彼女だけ名前と年齢だけでなく、ここの大学生である旨が表示されていたのだ。
「歳、確か俺らと同じだったような。誠也知り合いじゃねぇの?」
誠也は少し残念そうな面持ちで首を横に振ったが、
「……知っているぞ」
飛んできた翼のカウンターに目を丸くし、それにつられた優と輝紀は肩を揺らした。
「何だよ新堂! こっちも知り合いかよ! そうならもったいぶらねぇで初めからそう言えよな!」
「そうとなれば話しは早いよ。確か彼女、音楽サークルだったよね」
「行って、みましょうか……」
「おいっ、誠也また緊張しだしちまったな」
優は誠也の背中をバシッと強めに叩いた。
「四人もいんだからそんなに固くなんなよっ。それに新堂が知ってんなら声くらいはかけれんだろ。なっ!」
「……向かうぞ」
四人は立ち上がって、食堂をあとにする。キャンパス内をしばらく進むと、目的の棟が見えてきた。入口の扉を引き、階段を三階分上がると、音楽サークルが活動をしている部屋の前に辿り着いた。
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